第14話 ピンクの熊に宿るもの

「そうだ、中華街でおいしいものを食べよう」と、

健一そして千恵子の好きな中華街に向かい、レストランで中華を食べる2人。

その後はもう付き合いだして、しばらくしたカップルのようにお互いが

親密な雰囲気でデートを楽しむのだった。

「健一さん、今日は楽しかった。来週また会おうね」

「もちろん。本当は毎日でも会いたいくらいだね」

と目を合わせながら微笑む二人。

「そうだ、ちょっと待って」と、健一はすぐ近くのおもちゃ屋に入って、

あるものを購入して千恵子に渡す。

「2人が出会った記念にプレゼントと思って、さっき千恵子さん

熊のぬいぐるみが好きとかいっていたから」健一の行動に思わず「恐縮」

の視線を送る千恵子。「ええ?でも、この髪飾りも貰ったたのに」

「あれは、茶芸館のお礼。今回のはパートナーとしてのプレゼント」

告白もしていないのに、すでにお互い完全に恋人同士になっている

2人にとっては、パートナーと言うことは

当然のように認識していた。

健一から渡された袋を開ける千恵子

「いやーん。かわいい!ありがとう。健一さん」と千恵子が見て喜んだのは

ちょうど両方の手のひらに乗るくらいの大きさの

ピンクの熊のぬいぐるみであった。


「神様、運命の出会いを感謝します。」千恵子と別れた直後、

健一は一人心の中でそう祈ったが、実は千恵子も同じように祈っていたことを

後で知るのだった。

ちなみに健一も千恵子も同じ英国系の教会に属していたこともわかり

今後ますます運命の出会いをした2人の間は親密になって行き

最終的に結婚に至るのだった。


千恵子との出会いを懐かしむ健一をよそに、

千恵子の葬儀は、元々千恵子が所属し、

結婚時に健一も移籍した教会で行われた。

しかし、健一はその一部始終を見るゆとりなど全く無かった。

ただ、教会に響き渡ったパイプオルガンの演奏だけは脳裏に焼きついた。

千恵子は、月に一度のペースでオルガニストとして

礼拝時の演奏を担当していた。

いつもその前の日は、真顔になって楽譜を見つめていて

結婚前から持っていたオルガンで真剣に演奏の練習をしていたが、

そのためか非常に機嫌が悪くて、健一は話しかけることもできなかった。

しかし、当日の千恵子の晴れ晴れしい表情での演奏は、

健一の心をいつも以上に豊かにさせ、正しく天の神様の元に響いている・・

そんな印象が強くて仕方がなかった。


でも、もうそれも聞くことができない。この日の演奏はただ健一を

失意のどん底に突き落とすだけの存在でしかならなかった。

「健一義兄さん」ふと千恵子に似た声がしたかと思うと、

健一の前には千恵子の妹美奈子がいた。千恵子と違い美奈子は 

柔道の選手として国体やインターハイに出場した経験を持っているため、

体格は背も高く筋肉質の体であった。

数年前に両親をなくした千恵子の唯一の肉親であったが、

今回のことで美奈子は姉も失い。健一以上に落ち込んでいた。


「美奈子ちゃん。今回は僕がすべて悪かったんです」

申し訳なさそうに健一は頭を美奈子に下げる。

美奈子は慌てながら「いえいえ、そんなことはないのです。事故は偶然

というより、健一義兄さんに出会えて、姉は本当に幸せだったと思います」

千恵子より3つ下で健一より1つ下の美奈子であったが、

現在都内にある上場企業の主任としてバリバリ働いているだけに、

対応が健一たちよりもはるかに大人に見える。

「姉は、常日頃から義兄さんのことをすごく自慢げに話していました。

生まれて初めて私のことがわかってくれる人に出会えたと」

健一は、美奈子の表情を見ながら真顔になる。


「私たち姉妹は、私が物心ついた時に、父が突然行方不明になりました。

だから、母が一人で育ててくれたのですが、無理が祟ったのか、

私が18のときに他界してしまいました・

その後、姉と2人だけの生活となりましたが、大学を中退して就職してくれた

姉のおかげで私は国立の大学を卒業し、都内の上場企業に

就職することができました。

姉は、すごくがんばっていたのですが、

生まれながらちょっと変わった性格で、よく空想の世界に

入っていたそうです。だから母も手を焼いたそうです。

学校でもそのことが原因で・・・・」


「いじめにあったという話は聞いていなかったなあ。

一人で本を読んでいたとかは言ってたけど」健一は、

今まで聞いたことのない話に少し驚く。

「そういっていましたか、実は結構いじめはあったようです。

私たちにも言わなかったけれど多分結構大変だったと。

でも無事に卒業してますし、仕事にも問題はなかったようです。

でも、孤独だったんだと思います。

だから健一義兄さんが登場した時、私も初めて見るような

うれしそうな姉の姿を見ることができたんです・・・・・」

ここまで言い切って慌ててハンカチを出して目をぬぐう美奈子に、

改めて千恵子のことを思い出して健一も思わず涙ぐむ。

「み・美奈子ちゃんありがとう。千恵子は僕と同じ魂とか言ってました。

科学的にはわからないけれど、僕はそれを信じています。

だから今でもすぐ近くにいるのでこれからも彼女のことを忘れずに

生きていこうと思います」と頭を下げる。


「うーん、千恵子のいうようにこの中に魂がか・・・・・」

美奈子が健一の元を離れた後

かばんの中にひそかに入れていたピンクの熊をまじまじと眺めるのだった。

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