第16話 人生の岐路

お昼ごはんを食べて一息ついた後、2人は江ノ電に乗って江ノ島に向かう。

江ノ電の車窓を子供のようにはしゃぎながら見ている千恵子。

その千恵子を見ながらうれしそうに微笑む健一。



江ノ島に到着して海岸をゆっくりと散歩。

そのまま海を見ていたら気がつけば夕暮れが迫ってきた。

「今日も楽しかった。健一君と出会ってから人生が本当に変わったみたい。

人生ってこんなに楽しかったんだね」

「そうなの?学生のころとかの思い出はないの?

まさかイジメとかあったの??」

健一の問いに静かに首を横に振りながら

「うーん。まあそんなひどいイジメはなかったけどね。

不思議な子供とは思われたみたいね。みんなとは考え方や発想が特別とかね。

だから友達は少なかったなあ。いつも学校の窓とか眺めながら

いろいろ想像するのが好きだったから」


健一は、千恵子の表情が一瞬暗くなるのを見逃さない。

「千恵子ちゃん。もう過去の話はやめよう。

過去のこと考えても何の意味もない。それより今からを楽しもうよ。」

「わかってる。大丈夫!健一君がいるから」

千恵子の表情に明るさが戻り少し安心する健一。

「そうだ!ちょっと待って。まだ就職していないから収入は少ないけど、

時給の高いバイトをするなりして、がんばってお金に少し余裕ができたら

どこか安いアパート探してみるよ。そしたら、毎日一緒に住めるね」

健一の提案に、千恵子の表情は今まで見たことがない嬉しそうに

瞳を潤わせながら、

「キャーありがとう健一君。一緒に住めるなんてうれしいわ!」

といきなり健一に抱きすがる千恵子。気がつけばお互いの顔が正面に。

互いに目を合わせると、そのまま何のためらいもなく、

目をつぶって二人の唇はそのままお互い

が吸い寄せられるように静かにくっつくのだった。


「鎌倉でデートをしたときに持っていった、代用品の“モドキ”と違って、

これは正真正銘のパッタイ。千恵子も好きだったのに・・・。

どうして突然消えて、天国なんかに勝手に行ってしまったんだ!」

葬儀などが全て終わり、泰男を福井真里のの元に預け、

一人になった事もあって後片付けもままならず、

静かな店内で大声で泣き叫ぶ健一。

どのくらいの時間が流れたのかわからない。突然ドアの叩く音。

涙を拭きながら健一が向かうと、そこにはアジア食文化協会の和本得男と

タイ食文化研究会の野崎龍平の姿があった。


健一と、和本との最初の出会いは、台湾で千恵子と出会い日本に

戻ってからすぐに、

2人が付き合いだして横浜や鎌倉などで日々デートを楽しんだころから、

さらに半年ほど経過した1984年の晩秋の事であった。

健一が大学から帰ろうとしたところ、

大学の門の前でチラシを配っている人を見つけ、それを受け取り何気なく

眺めていると、そのチラシには、”時代はアジア 食文化を体現しないか!

アジア料理研究会”と書かれていた。

良く見ると、特定の大学のものではないようで、各地の大学生・社会人などを

幅広い人たちに声をかけているようであった。

チラシの真ん中から下には今後の研究スケジュールが書いてあり、

「韓国食文化研究」「定例 インド料理研究」「中国台湾料理食事会」と

言った文言が並んでいたが、残念ながらタイ料理の物が見つからず、

健一は思わずため息をついた。


「タイ料理の研究会とかは無いのかなあ?予定がもっと先なのだろうか??

一回問い合わせてみよう」

そう思うと、健一はいつものようにすぐに行動にでた。

あわただしく家に戻ると、チラシに書いてあった連絡先に電話を入れた。

「はい、アジア料理研究会です」「あのー、チラシを見て電話したのですが、

質問がいろいろありまして」「担当に代わります。少々お待ちください」

最初に出た女性の方は受付の方だったのだろうか?それほど間を置かずに、

今度は男性の声が聞こえた。

「はい、お電話代わりました」「実はチラシを見て電話したのですが、

タイ料理の研究会とかはやっていないのでしょうか?」

「ええ、今のところは予定がないのですが、あなたはタイ料理が

好きなんですか?」「そうなんですよ、タイに3回ほど行って、

現地でタイ料理も習ったので、日本で情報交換できないかと

思った物ですから」


すると電話の声が急に大きく早口になった。

「ちょっと待ってください!あなたはタイ料理詳しそうですね。

突然ですが、ぜひ一度お会いできないでしょうか?」

一瞬、健一は相手の言っている意味がわからなかったが、

すぐに「ええ、僕でよろしければ。今持っているチラシを見ると大学との

通学経路にあるので、そちらの事務所にお伺いいたしますが、

いつ頃がよろしいでしょうか?」

「これはこれは、わざわざ事務所まで来てくださるとは・・・

ありがとうございます。

今週は週末以外、夕方まで事務所にいますので、いつでも大丈夫ですよ」

「では、明日の午後1時にお伺いします」

電話を終えた健一は、なにやらは新しい動きになる予感がして、

嬉しさをかみ締めるのだった。

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