第17話 アジアの時代

翌日健一は、予定通り “アジア料理研究会 ”の事務所に向かった。

いったいどんな人がやっているのか、興味津々であった。

現地に到着してわかったことであったが、

実は事務所と言ってもマンションの一室であった。

入口のドアのブザーを鳴らすと中から角刈りでサングラスをかけた

小柄な一人の若い男が出てきた。

「始めまして昨日電話した大畑と申します」健一がすかさず挨拶をすると、

「おお、あなたですか、狭いですがどうぞ」と中に案内してくれた。

「とりあえずどうぞ」とサングラスの男は健一をソファーに案内する」

とりあえず健一がソファーに腰掛けると、

「ちょっと2・3分待ってください」と言って

男はソファーの後ろにあるデスクから電話をかけて誰かに何かの指示した後、

引き出しから何かの資料を取り出す。


「なんだろう、あのサングラスといい、怪しい組織だったらいやだなあ」

初めての場所でやや緊張気味の健一の脳裏にはついつい悪い方向に

考えが及ぶ。

男は戻ってくると、健一の前に立ち

「始めまして、私はアジア料理研究会の代表をしています“和本得男”と

申します」と言うと、名刺を健一に差し出した。

「ごめんなさい、僕はまだ大学院生なので名刺は作っていません。

大畑健一と申します」

少しあわて気味に立ち上がって挨拶をすると、

「いえ、実は私もまだ大学院生なんですよ。△△大学で食を研究しています」


和本も自分と同じ大学院生とわかると少し安心した健一は

落ち着きを取り戻し、「あっ△△ですか、僕は○○大学で、

中国史を研究しています」と自己紹介をした。

「えっ?中国の研究を。それなのになぜタイ料理が詳しいのですか??」

驚きの余り、顔をやや歪めながら、

和本のサングラスの奥の目が不審そうに見つめるのがわかる。


健一はいったん深呼吸をしてから、

これまでのいきさつを丁寧に説明していくと、

うなづきながら和本の目が少しずつ緩む。

「なるほどー人生は面白いですね。わかりました。

では大畑さんとゆっくり話をしたいと思いますので、

このすぐそこのお店でコーヒーでも飲みながら話をしましょう」


男はそういって健一をマンションの1Fにある喫茶店に案内した。

「事務所は、私の自宅をかねてますから、

打ち合わせとかではこの喫茶店を使うんですよ」といいながら

一元は店のマスターに「マスター。お願いします」と親しげに声をかけると。

健一との約束がわかってたためか、すぐにコーヒーがテーブルに運ばれた。

「いや、先ほど喫茶店のマスターに注文しておいたんです。

ここのコーヒーはハンドドリップで入れるので、

非常においしいですから「ぜひとも」と思いましてね。

大畑さんコーヒーは、大丈夫ですよね」

健一は「ハイ」と小さくうなずくと

和本は、用意しておいた資料を健一に手渡した後、

コーヒーを軽く口につけてから静かに研究会のいきさつを語り始めた。

「実はこのアジア料理研究会を立ち上げたのは昨年なんですよ。

もともとは、△△大学でのサークル活動だったんです。

今年は1984年。ちょうどオリンピックの年ですが、

次のオリンピックが88年に韓国のソウルで行われることになったように、

これからはアジア各国がどんどん発展していくでしょう。

21世紀は“アジアの世紀”になると確信しているんですよ」

和本の語りには徐々に熱を帯びてくる。

「その前提としてそれらの国の文化を知る一環として、“食 ”を

知ることが重要だと思い、研究会を立ち上げたのですが、

所詮一大学では、やることが限られるんですね。

当初から大学の近くにあるインド料理屋さんと意気投合し、

インド料理の研究会はそこで活発にやっているんですが、

他のアジアの国々だと、どうしても中華料理屋さんくらしか

わからないんですよ。

だから、“アジア”と言うにはあまりにも範囲が狭すぎて

つまらなかったんです。

そこで、他の大学や社会人の皆さんにも声をかけて、

多くの賛同者を集めることにしました。

おかげさまで現在は会員数が100名近くになり、

実は大畑さんの○○大学の会員も何名かいます。

恐らくそのメンバーが自主的に配ってくれたチラシを

あなたは見られたのだと思います」健一はただ静かに和本の話に耳を傾ける。

「そういうより幅広い草の根運動を起こして一年が経過しました。

その間、韓国料理とかフィリピン料理に精通している人たちと

出会うことができました。

そして今度はタイ料理!

大畑さん、ぜひ私とアジア料理を日本中に広める活動を

しようじゃないですか!!

あなたはタイ料理を担当してください。

当会は、今のところ東京都内だけの活動ですが、

いずれは日本全国に活動を広めていくつもりです」

和本の語りが最大限にヒートアップしたのを受けるかのように、

健一も大きくうなずく。

「和本さん、わかりました。僕でよければぜひ参加させてください」

「おお、そうですか、これは話が早い!では、

とりあえず一度タイ料理研究会を開催してみましょう。

人集めや開催場所はこちらで用意しますから、

大畑さんは企画と研究内容と日程を決めてください」

と言った後、和本は健一と握手をするのだった。

こうして、健一は、和本が始めたアジア料理研究会に、参加することにした。

ちなみに和本から聞いた話では、電話を取った受付の女性は、

同棲中の恋人だということであった。

また、和本は健一より年が一つ上であったが、

角刈りにサングラスに加えその動作そのものの。

落ち着き具合は、健一より一回り以上年上のようにであった。

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