第28話 タイ料理への熱い思い
翌日健一は、予定通り青木と言う人物に会うことにした。
急とはいえ、会社の社長に会うので、もって来た服の中で一番きれいなものを着用しようと探す。
とりあえず襟のついた小奇麗なシャツに身を包み、
トゥクトゥク(原動機付き3輪車のタクシー)に乗ること20分くらいで、
“AOKI FOREIGN TRADE”の事務所がある建物の前に到着した。
場所は、日本人駐在員が多いスクンビット通り。
前回渡航時、初めて健一がタイ料理を食べたお店があるエリアと同じであった、
今回もいろいろなタイ料理レストランに来るために何度か足を運んだのだった。
建物の中に入り、“AOKI FOREIGN TRADE”の文字を発見。
ただ、緊張していたため、非常に早い時間に来てしまった健一は、場所だけを確認すると
別のところで時間をすごすことにした。
「なんか、余計に緊張してきたなあ」健一の胸あたりから心臓の鼓動がするのが聞こえる。
当時はまだ、大学生。就職をせずに院生への道に進むことに決めたため、就職活動とは無縁の状態。
企業への面接は、バイトではあるものの、健一の場合、家庭教師のものだったので、
こういうきっちりした企業への訪問は皆無の状態であった。
別に就職のために来たわけでもないのに
なぜかそんな気持ちが先行して、待っている間でも余計に不安要素が増幅される」
「ちがう!これは面接でもなんでもない!」
必死に言い聞かせてどうにか落ち着きを取り戻そうとする健一。
気がつけば約束の時間に迫っていた。
大きく深呼吸をして、再び青木貿易の入居しているビルの前に到着して
3階にあったのでエレベーターに乗り、3階につくと、向かって左側にある事務所を発見した。
健一は、再度落ち着くために心の中で「神様、私に勇気と自信をお与えください」と、
心の中で祈り、一度深呼吸をしてからドアをノックした。
中で声がしたので「失礼します。大畑と申します。社長にお会いする約束をしてきました!」と
大声で頭を下げて事務所のドアを開けると、スーツ姿の背が高くほっそりとした1人の日本人男性と、
1人のタイ人男性、2人のタイ人女性が中にいた。
日本人男性が笑顔で近づいてきて、1枚の名刺を渡した。
「やあ、あなたが大畑健一君ですね。はじめまして私は青木と申します」
名刺には“青木貿易 社長 青木晃”と日本語で書かれていた。
「は、始めまして大畑健一です。城山源次郎さんから、あ、青木社長さんのことを
昨日聞いてこちらに来ました。
よ、よろしくお願いします」当時まだ学生であった健一は、
ビジネス上の挨拶はほとんどわかっておらず
その上極度の緊張で少し舞い上がってしまい、
途中で何を言っているのかわからなくなっているのだった。
「まあまあ落ち着いて、あなたを呼んだのはこの私です。
それに今回面接とかビジネスの話をするわけでもないんだからね。
さあ、そこに座ってまずはコーヒーでも飲んでください」
健一は、青木の指差したところにあった応接用のソファーに、緊張のためかあわただしく座った。
それを見届けてから青木は、健一の前にゆっくりと座った。タイ人の女性従業員が、
ホットコーヒーを健一と青木の座っている前に渡した。
青木はコーヒーを一口すすってから話し始めた。
「旅でいろいろ回る予定があるのに呼び出したりしてごめんなさいね」
「いえ、そ、そんな僕は自由な旅なので」「いや、実は源次郎さんの店であなたの事を聞いて、
ちょっと懐かしくなってね」
青木は一瞬視線を遠くに送って話を続けた。「私は大学を出てすぐに大手のXX商事に就職して、
5年後に、ここタイ・バンコクに駐在員として赴任しましてね。ここに来てからというもの、
毎日タイの文化をいろいろ勉強しようと努力しました。
特に食べ物とか料理についてはよく調べたんですよ。
だって『食べる』ことは、生きるためには絶対必要なこと。つまり人生の中ですごく大事なことだから。
この国に来た以上、この国のものをできるだけ食べて、慣れていこうと結構努力したんだ」
ようやく落ち着きを取り戻した健一は、すかさず質問をぶつけた。
「青木社長、タイ料理はどのくらい食べられたんですか?」
「うーん、いちいち数えてはいないけど、ほとんどの料理は食べてると思うよ。
バンコクだけでなく、北のチェンマイとか南のプーケット島とかにも行ったりしたからね」
「社長すごいです! でもタイ語を理解するのは大変だったのではなかったのでは?
僕も今、料理本と一緒に毎日タイ料理をいろいろ食べてるんですけど、
タイ文字がわからなくて本当に一苦労です」
そういいながら、健一はいつも持ち歩いている料理のレシピ本を青木に見せた。
「ほお、大畑君頑張っているね。確かにタイ語もタイ文字も難しかったよ。
英語とは違うし、まあ見たことのない文字が並んでいるからね。
私の場合は“業務命令”ということもあったので、必死で覚えたけど、これは正直難しいと思う」
「青木社長!どうやって覚えたのですか?僕もタイ語を勉強したいんですよ。
実は英語は、家庭教師などもしていて、まったく問題なく大丈夫なので困ることは無いのですが、
タイという国・料理についてもっと多くのことを知るにはタイ語を理解しないとだめなんだと思うんです」
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