第27話 国際フリーター
この時点で、さすがに健一には、“料理を自分で作る”と言う発想は無かったが、
写真さえあれば、店で質問をするなどして、食べることも料理名もわかると思ったので、やや高価であったが、この本を購入した。
その結果、健一の勘は見事に当たった。
紹介してもらったレストランで、英語が通じない店に入ったとしても、
写真を見せながらジェスチャーを使えば十分意思を伝えることができるし、
店によっては“困っている外国人旅行者に親切にしてあげよう”と言う気持ちから、必死に料理名を発音で教えてくれる人もいたので、それを写真にカタカナで書いていけば、後で源次郎に説明してもらえると考えたからであった。
こうして毎日のようにバンコク中の店を回り、夜には”居酒屋 源次”に行くという日々が続いた。
数日たったある日の夜、健一はいつものように”居酒屋 源次”の店に入った途端、いつもと違って源次郎のほうから堰を切って話しかけてきた。
「よう、健一君。実は昨日の遅い時間に、君の事で常連さんと話が盛り上がってさ、そのうちの一人がぜひ健一君に会いたいというんだよ。いやまあ勝手に話しちゃって悪かったけどさ」「いえ、僕のことはお構いなく。ところで会いたいという方はどんな方ですか?」
健一が興味深そうに尋ねる。
「うん、青木さんと言う方でな、元々は大手商社に勤めておられたんだが、
3年位前だったかなあ。独立しちゃってさ、今は貿易会社を経営しているんだ。彼もまだ若いけど結構やり手だから将来が楽しみな方だよ。健一君も仲良くなったほうがいいよ」
「ぜひ、その方に一度会いたいと思います。で、僕はどうすればいいんですか?」
すかさず健一が了承する。
「ちょっと待ってね」源次郎はいったん奥に入ってすぐに戻ってくると、一枚の名刺を渡した。健一がそれを眺めると”AOKI FOREIGN TRADE AKIRA AOKI”と書いてあった。「これが青木さんの会社だ。
明日は一日中事務所にいるそうだから直接会社に行くといいよ。もし行く時間を今ここで決めてくれたら、俺のほうから連絡しておくよ」
「はい、わかりました。それでは明日のランチの後、午後にでもお伺いしようと思います。」
健一は、会いたいという社長のことが非常に気になったので、とっさに翌日の予定を変更することにしたのだった。
源次郎と健一のやり取りを隣で聞いていた男が話に割って入ってきた。
「健一君と言いますの?青木の社長さんに会いに行くそうなんやねえ」
野球帽のようなものをかぶっていて、常夏を思わせる服を着ていた男は、
基本的に大声で関西訛りが入っていた。
健一が、恐る恐るうなづくと。
「いや、急に話に入ってすんませんな。青木の社長さんは『スゴイ!』人ですわ。本当に」
男が突然大声を出すので健一は圧倒されたまま、
「あっはい。情報ありがとうございます」と対照的な小声で答えた。
「オーケン!急に話に入ってきちゃ駄目だよ」源次郎が大声で制止する。
「いや、健一君。彼はオーケン・土山と言う男でさ、まあ見ての通り変わった男だけど、根は真面目で面白いやつなんだ。彼とも仲良くするときっといいよ。なんて本人の前で言っちゃったなあ」
「いや、源さんすんまへん。自己紹介しないと。僕はオーケン土山といいます。これが名刺です」と健一に名刺を差し出すオーケン。
名刺には“国際フリーター”と言う肩書きが記されていた。
「は、始めまして。大畑健一と申します。
ごめんなさい。まだ学生なもので、名刺持ってなくて」「いや、そんなん気にせんでも。僕は名刺にも書いてあるように、世界に進出している日系企業の仕事を主に契約でやってますねん。ここバンコクをはじめシンガポールや香港、台湾、そうベトナムにも行ってるなあ」オーケンの話にただ聞く一方の健一であったが、ようやく質問をした。
「でも、オーケンさん。そんなにいろいろな国に、行かれていて言葉とかは大丈夫ですか?」
健一の質問を聞いて、“待ってました”とばかりに嬉しそうなオーケン。「そりゃ、英語、フランス語、タイ語、中国広東語、ベトナム語くらいはペラペラなんで、問題ないんですわ。
企業さんも僕見たいなんを重宝してくれて、そりゃそうやろな。
社員と違って不要になればすぐにクビを切れるからなあ」
「すごいですね、オーケンさん。僕は英語だけで、タイ語すら全然わからなくて。でも不安とかは無いんですか?」
「アハハハハッハアハ!そんなん気にしたらこんな仕事勤まりませんで。まあ成るようになるよ。君もせっかくの人生楽しんだほうがええよ。しかし、せっかくのご縁や、ビール奢らせて」
「え?いいんですか??」
「かまへんがな、健一君。というより、将来君のほうが大物になるような予感するなあ。
今のうちに仲良くしとかんと。いやこれは冗談やハハハッハハハ!」
こうして、健一は国際フリーターのオーケン土山とも仲良くなり、この後も何度か源次でお会いするのだった。
「オーケンと言う人も凄かったなあ。もっと源さんところのお客さんと仲良くなろう。でも、明日の青木さんは、社長さんかあ。今からなんとなく緊張してきたぞ」健一は、期待と不安を胸に、青木との面会を心待ちにいつもより早く床につくのだった。
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