第31話 人生の再出発
「え??」突然の展開に、健一と福井は驚きを隠せないい。
青木はゆっくりとした口調で説明をする。
「いや、今回こちらに来たのは、健一君の料理をいただく事は、
もちろん楽しみでした。ただ、実はもう一つお願いがあったんですよ。
私の会社は、名古屋が本社ですが、これはやっぱり何かと不便でね。
そこで、今年首都の東京にも事務所を構えることにしたんですよ。
かといって、私がいつも東京にいるわけにも行かない。
本社にも行かないといけないし、頻繁にバンコクにも行くからね。
だから、顔の広い健一君にお願いし、信頼できる良い人が、タイ食文化研究会(TFCRA)あたりにいないかと相談しようと思っていたのです。
ところが、健一君がこのお店を閉店することになり、どこか就職先を探しているという。
それならば、ぜひ健一君に、わが社に就職してもらって、この東京の事務所の常駐の任務をお願いしたいと思ったのです。もし健一君自身が来てくれるのでしたら、私としてはこれ以上にない人材と思っています。
タイについて渡航経験も豊富で料理のことも詳しい。さらに英語だけでなくタイ語も多少なりともしゃべれる。
それ以上に、あなたのことを私なりに知っていますから、何の問題もない。
健一君、こちらからお願いします」
「青木さん、それはすごいわね。健一君のことを知っている社長さんなら私も安心だわ」福井は非常に嬉しそうであったが、対照的に健一はあまりうれしそうではなかった。「青木さん、非常にうれしいのですが、タイ料理やタイのことを仕事にするのは
今、気持ちのうえで出来なくて・・・」
しかし青木は、首を横に振り、「いや、今はその気持ちわかるけど、そのうち気持ちも変わると思うよ。
それに貿易業は飲食業とは違う。それにわが社も今はタイが中心ですが、将来的には他のアジアの国々にも
拠点を持とうと考えているところなんですよ。
そうなれば他国のものを扱うことになる。
だから気もまぎれると思うし、それよりも君の力を借りて一緒に
この会社を大きくしようじゃないか!」
青木にそこまで言われると、今までお世話になっている手前上、断りきれない健一。
「わ・わかりました。僕も泰男のために働かなくてはなりません。よろしくお願いします」と、健一は硬い表情のまま頭を下げた。
青木はそれを聞いた瞬間、健一が今まで見たことのないうれしそうな表情になり、
「ありがとう!一緒に頑張ろう!!」と、両手を差し出して握手を求めるのであった。
そばで聞いていた福井も安堵の表情になり、「青木さんどうぞよろしくお願いします。
私はほとんど健一君や泰男ちゃんの親代わりのようなものですから。これで本当に安心しました」「あ、青木社長!もし許されるのなら一つだけ条件があります。出来ればですが」健一が突然条件をつけてきた事で、青木の表情が一瞬こわばった。
「実は、僕の後輩である大串なのですが、彼も一緒に雇ってもらえないでしょうか?」
健一が、一緒に青木貿易に雇って欲しい人物は、大学の後輩の大串洋次のことであった。
大串は、タイ食文化研究会(TFCRA)を健一に代わって取り仕切る様になった野崎龍次と同期で、
当初は、野崎同様に一緒に活動をしていたが、
活動に全精力を注いでいる野崎とは対照的に、大串は将来就職を考えつつ、
どちらかといえば、だらだらとTFCRAの手伝いをやっているにすぎなかった。
大串の動きに健一は、兼ねてから気になっていたが、
しばらくは自分自身のことで手一杯だったので、どうすることも出来なかったのであった。
事情を察知した青木晃は、大声で笑いながら
「ハッハハア!いやあ問題ないよ、健一君の勧めてくれる人なら大丈夫でしょう。
事務所には健一君を含めてもう一人はほしいと思っていたから。そう確か大串君も千恵子さんとの新婚旅行のときに、
バンコクに来ていたねえ。むしろ信頼の置ける先輩後輩で頑張ってもらえるほうが会社としても私としてもうれしいよ」
「ありがとうございます。大串ともどもよろしくお願いします。で、これからどうすれば良いでしょうか?」
初めて嬉しそうな表情になる健一。
「うん、とりあえず7月から東京事務所を開設するので、今月末からのゴールデンウィークが明けてから
7月の東京事務所開設までの間、名古屋の本社に来てもらって、研修を受けてもらいます。
その間は本社近くのマンションの一室を寮として使ってもらいます」
健一は青木と福井に頭を下げ、「青木社長わかりました。福井のおばさん、
そういうことなので、いつも迷惑をおかけしていますが泰男のことをよろしくお願いします」
「よかったわね、健一君。新しい仕事頑張ってね」
福井もうれしそうだった。
こうして、1年近く続けた“曼谷食堂”を4月末で正式に閉店した健一は、
青木の会社で新たな人生を送る事になった。
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