第33話 姉妹と富士山へ
健一のスナック訪問の2日後5月の連休が明けた朝、
泰男を東京の福井真里の元に残して、
健一と後輩の大串洋次は着慣れないスーツに身を包んで
新幹線で東京から名古屋に向かった。
「大畑先輩。僕を紹介して下さってありがとうございます。
タイ食文化研究会(TFCRA)のほうは、野崎が完全に取り仕切っていて、
だんだん居場所がなくなってどうしようかと思っていたところでしたので」
健一より、一回りも大柄な大串はそういって嬉しそうに礼を言う。
「いやいや、大串。今回の立場は同じようなものだよ。俺は多分、人生ちょっと急ぎすぎたんだよな。
今日から新しい気持ちで青木社長のお世話になるんだ。研修を終えたら、一緒に東京事務所盛り上げよう」
健一は、そういいながら名古屋に向けて走行している新幹線から見る車窓を眺めると、高速で過ぎ去る風景が、過去の思い出をどんどん振り切って、新しい人生に向かっているような気がしてならないのだった。
「あっ先輩!富士山が見えます。うわぁきれいな富士山
私いつも富士山の前を通っても雨が降ったり、曇ったりでいつも輪郭しか見てませんでした。
こんな立派な如何にも「富士山」初めてです。先輩これは幸先いいですよ名古屋楽しみだ!」大串がうれしそうに語るのを聞きながら健一も富士山のほうを見る。
富士山を見ながら健一はかつて千恵子のとっぴな要望で富士山に登ったことを思い出す。
あれは泰男が身ごもる半年ほど前になるだろうか?1985年の夏の始まったころ。
健一が千恵子の住んでいるマンションに半同棲状態だったころ
千恵子が突然「富士山に登りたい」と言い出した。
「ええ、千恵子ちゃん何で突然富士山に?ようやく一緒に住めるようになって
こうやって落ち着いたというのに、別に旅をしなくてもいつも一緒だよ」
驚いた表情の健一に千恵子は笑いながら、
「だって、富士山に登るのは生涯の夢だったんだ。このまま結婚することになって
子供ができたらもういけなくなるのではと思ってね。こうやって健一君という
パートナーもできたことだから一緒に登れば日本一の山も一生の思い出として登れるかなっと思って」千恵子の意図がわかった健一は、「わかった。では来週行こう。今からなら休みの調整ができるはずだ」
「いや、その別に急がなくていいのよ」健一の即座の行動に逆に慌てる千恵子。
「いや、『善は急げ』というではないか。そうそうちょうどこの時期は休みが取りやすい。
千恵子ちゃん行こう富士山に!では、今から図書館で調べてくるね」とあわただしく出かける健一。
「もう、健一君って思ったら本当に行動が早いんだから」と千恵子も嬉しそうであった。
そして、5日後の金曜日の夕方に出発。健一が自宅から荷物をまとめて千恵子のマンションに来ると
意外な人物が一緒にいた。それは妹の美奈子であった。
「あああ、妹さん。すみませんお姉さんとちょっと富士山に。
あ、まあお姉さんの要望でしてね・・留守番よろしくお願いします」
まだ、千恵子の妹美奈子とは面識がほとんど無い健一はちょっと動揺した。
「ああ、健一君。実は今回美奈子も同行するのよ」「健一さんよろしくお願いします」「え?何で??」まさか千恵子の妹が同行すると思っていなかった健一は、さらに驚く。
「今回の富士山は私も行きたかったんだけど、美奈子も行きたかったんだって。
姉妹2人で行っても良かったんだけど、日本一の山だし、
何かあったらいやだから男の人がいたら安心と思ってたのよ。
だから健一君が一緒に登ってくれるということなので、美奈子にも声かけたの」
「ああ、そういうことでしたか。はい、わかりましたでは3人でいきましょう」
動揺が続いたままであったが、健一は了承する。
「今回は私の車がありますので、健一さんは後ろに姉ちゃんは助手席に」
と美奈子の車に乗り込むと、そのまま美奈子の運転で富士山を目指す旅が始まった。
途中のドライブインで夕食をとった後、
夜遅くにに富士山の入口ともいえる静岡の富士宮市内にある
ビジネスホテルで一泊した。
この日は千恵子の妹美奈子もいたので、姉妹2人で一部屋。
健一は一人の部屋で、静かにホテルの部屋のテレビを何気なく見ていたが、
やがて睡魔が襲いそのまま眠る。
ところがこの日の夜、健一はおかしな現象を感じた。
耳鳴りのような不思議な音が耳元で聞こてえたかと思うと、
体中にバイブレーションのような振動が体を覆う。
すると今度は体が硬直したような気がして行き、さら宙に浮いた感覚がする。
その体があたかもシーソーのように急激に前後に動く感じがしたのだった。
気持ち悪くなった健一は、わけもわからず首を振ると目が覚めた。
「何だろう。金縛りなのか?富士山の近くだからって、まさかこのホテルに幽霊がいるのか??」
健一はその後気持ち悪くなり、なかなか眠つけなかった。
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