第34話 第34話「体外離脱」

健一は途中少し眠れなかったが、朝は爽快でそれほど辛くはなかった。

翌日は、ホテルで朝食と取った後、いよいよ富士山に車で登ることができる五合目を目指す。

五合目に到着して、ここからは徒歩での登山。その前に五合目にあるレストランで軽い食事を取る。

食事の最中美奈子がトイレにいている間、「千恵子ちゃん、昨日変な夢見たんだ。あのホテル幽霊がいたかもしれない」

と千恵子に昨夜の体験をを話す健一。

すると千恵子はうれしそうに

「健一君すごい!明晰夢見て体外離脱までしようとしたんだ」

と言い出した。


「なにそれ?」千恵子からまた聞いたことの無いキーワードが出てきて戸惑う健一を無視したかのように

語りだす千恵子「夢にはいろんな夢があって、極稀に現実と区別つかないような夢を見ることがあるの」

それを明晰夢というんだけど、その時にうまくいけば魂が肉体から抜け出す体外離脱を経験できる

らしいんだって。幽体離脱とも言うらしいけど。」「はあ、魂が抜ける?千恵子ちゃんぜんぜん良くわからないよ」

「いいのよ今はわからなくても。その内わかるから」健一は、千恵子の意味深な言葉にさらに質問を

しようとしたが、美奈子がトイレから戻ってきたので、これ以上は突っ込まなかった。


「はい、これで頂上までの間、各地点の休憩所で焼印を押してもらう、登山の記録よ」と美奈子は木でできた杖を千恵子と健一に渡す。「一応、私は柔道で国体出場経験のある選手でしたので、私が2人を先導します」と、ひときわ体格がしっかりしている美奈子は先頭を切って富士山の頂上を目指して歩き出す。

2人はただそれについていく。



「山の上は空気が薄くて高山病になるかも知れないから無理しないでね」と美奈子はいつの間にか3人の

リーダのような貫禄ある声で、2人に説明する「健一君ごめんね。妹はいつもあんな感じだから」

「いや、大丈夫。妹さん気合入っているね。でもこんな機会で無いと富士山なんて登ろうと思わないから

楽しくなってきた」

富士山の斜面は草木がどんどん無くなって行き、気がつけば土と岩だけのところを歩いている

ただ、他の多くの登山者と一緒に歩いているので迷うこともなければ、不安を感じることもなかった。

こうして、3人は、ゆっくりした足取りで富士山の斜面を登って行き。頂上の山小屋に着いたときには、

夕暮れ時になっていた。「さて、明日はご来光を見ましょう」と言いながら山小屋の食事を取ると、

ほかの登山客と一緒に雑魚寝をして朝を迎える。その時にみんな一斉に起きて、暗い中山小屋を後にして

一緒にご来光を眺める。


そのご来光があがろうとする少し前、千恵子が隣にいた健一に耳元でささやく

「健一君やったよ。昨夜、私も体外離脱できたんだ」

健一は、頭がきょとんとしたが、「詳しくは後でね」と再び耳元のささやきを聞いたら、

ご来光のまばゆい光が登山客を覆いだすのだった。



健一は先ほどまで耳元で囁き、今はご来光を見ながら、かばんから取り出した、

ピンクの熊を取り出して一緒に見ながら無邪気に喜んでいる。

そういう千恵子を見て「ああ、やっぱりいいなあ。千恵子ちゃんと結婚したいなあ」

と始めて「結婚」と言う言葉が健一の脳裏に焼きつくのだった。


ご来光見学の後、富士山の頂上にある郵便局や神社などをまわり、最高峰にも3人で到達した。

この後はそのまま下山し、五合目で車に乗ってそのまま戻って行く。

途中沼津で新鮮な魚を3人で食べた後、夜遅くには都内の千恵子のマンションに戻ることができた。

美奈子は車でそのまま自らの自宅へ帰って行った

残された健一と千恵子はそのまま部屋に入る。「健一君お疲れ様でした」

「ああ、でも千恵子ちゃん。たしかご来光のときに体外離脱ができたとか言ってなかった?」

健一の問いに、待ってたとばかりの表情で「そう、健一君が昨夜そういう経験したと聞いたので、

その時私にも可能性があると感じたの。これは美奈子にも言わない健一君だけにしか言わないことだけど、体外離脱と言うのは、生きていながら魂が肉体から抜けることなんだ。

私、あの富士山の頂上の山小屋でみんなと寝ていたときに本当にそれを体験できたんだ。

富士山に登って頂上で体験できるなんて!そんな素晴らしいことはなかったわ。

で、そのままずっと上空に肉体から離れた魂は上がって行くのよよ。

ああ、その時の星空が本当に鮮明できれいだったなあ。

こことは大違いだわ。でも少しは見えるからいいか」と部屋から見える星を子供のように眺める千恵子。



健一は、千恵子の言っている意味がわからないままも、それ以上千恵子に質問をすることはなかった。

むしろそれ以上に千恵子がとにかく今回の富士山登山が非常に楽しかったことだけは理解し、

山頂で感じた「結婚」を強く意識するようになるのだった。

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