第18話 初めての共同作業

和本の「熱い語り」を聞いた健一は、

「熱い語り」をそのままお土産に持って帰ったかのように、

元気が出たようであったが、それ以上に忙しく大きな目標を目指して

日々頑張っている和本がうらやましく思った。


本業の研究のほうが最近行き詰まり気味で、

将来の目標も白紙同然の状態である健一としては、

和本と組んで新しいことを始める事で、

目的意識を持って日々行動できる気がしたのだった。

健一は、早速千恵子に連絡した。

「千恵子ちゃん。平日だけど一度時間取れないかなあ」

千恵子の同意を経て千恵子の住んでいるマンションの近くの

ファミレスに入る2人。


「どうしたの健一君。平日に・・でも会えるのは嬉しいけど」

「実は、この前面白い人にあってね。ぜひ協力してほしいんだ」と

健一はアジア料理研究会というチラシを偶然に目をして、

和本と会って彼の目指していることに共感を覚えたことを千恵子に語る。

千恵子はうなづきながら。

「それ面白そうね。私にできることならいくらでも協力する」と

即座に同意を得た。


その後健一はペンと紙をメモ用紙を取り出して、千恵子に会う前に

自分で考えていた事を説明した。

「ふーん。タイ料理研究会・・・でもそんなに興味持つ人いるのかなあ」と

やや疑問な顔をする千恵子。

「そうだね。でも初めてだからやってみないとわからないし、

集客は和本さんがしてくれるよ」と言う健一であったが千恵子の表情は

変わらない。これには健一も沈黙せざるを得ない。

千恵子がこのときも持ってきていた。ピンクの熊を見ながら

「あの熊ちゃんが何かヒントくれないかなあ」と小さくつぶやく。

2・3分静かな時間が過ぎる。

「あ、あれよいい事思いついた」突然千恵子が大声を上げる。

「え、何?」「ほらあれよ」と千恵子が指差したのは、

ファミレスで別のお客さんが注文したパスタ。

「あのパスタが??」不審な表情の健一をよそに

「あのパスタを見て思い出したのよ。健一君が作るタイの焼きそばを」


「ああ、パッタイのことか。でもそれで?」

「実は、パッタイを食べながらふとあのきしめんの麺が、

昔一人で香港に行ったときに食べた麺にも似ているなと思って、

一度調べたことがあったのよ。

そしたら香港の平たい麺はタイの平たい米の麺のルーツのようなものと

言うのがわかったのよ」

千恵子の言おうとしていることがなんとなくわかった健一。

「千恵子ちゃん、さすが。いつの間にそんなの調べてたの。

それは十分考えられるよ。香港があるあの地域は潮州と呼ばれる地域で

あのあたりや福建省あたりからは多くの中国人たちが東南アジアに

渡っていったんだよね。

確か明が滅んで清になったとかそういう混乱のときだったかな?

タイもその中国系の人たちの末裔の人が多くて、

現地のチャイナタウンは中国以上に中華の雰囲気が出ているから

いつもあそこに行くのが好きなんだけど・・・・。

そうか!そのときに料理の文化も入っているから、そういう説明を

中国料理とか中国好きの人を呼んで説明したら面白いということだね」


千恵子は嬉しそうに「そのとおり!健一君すごいね。

すぐに私の考えていることがわかるなんてやっぱり魂はもともと同じ

だったのよ」といつものように千恵子がスピリチャルな事を言い始める。

「うん、ああそれはわかった。ではそれで行きましょう。

来週からデートが図書館めぐりとかになりそうだけど

ちょっとだけ付き合ってくれる」「もちろん♪」と千恵子も即答。


翌週から2人は、第一回タイ料理研究会開催のための資料を集めに没頭。

この打ち合わせから2ヵ月ほど後の1985年の2月に第一回目の研究会

が開催された。

研究会は事前の告知もうまく行き、2人が狙った中国料理好きも集まり、

予想を大きく超えた人数で研究会は盛り上がった。


これ以降はテーマを変えながら、どんどん大きな活発な活動と

なっていくのだった。

2回目以降は、料理ではなく食文化そのものの研究会のほうが

視野が広まると言う千恵子の意見を採用し、

タイ食文化研究会(Thai Food Culture Research Association

:TFCRA)と名を変えて実施。当初は2・3ヶ月くらいのペースで

行われたが、1年半くらいが経過してから、この会合に参加していた

健一と同じ大学の後輩たちも変わりに取り仕切るようになって、

そのころには毎月のように開催されるようになった。


ところで、最初の会合が終わって、2人で簡単な打ち上げを行ったが、

初めての「共同作業」に2人の愛はさらに高まる結果となった事は

いうまでもなかった。

以降、5月に開催された第2回の料理研究会も成功を収め、

頻繁に打ち合わせしないといけないという口実を設けて、

6月には健一は実家に通いながら千恵子のマンションに頻繁に

出入りするようになり、2人でプチ同棲を開始しはじめた。


奇しくも4月から千恵子の妹美奈子が就職した

会社の独身寮に引越しした事も幸いしたのだった。


和本の顔を見ながら、千恵子との楽しい「共同作業」の思い出に浸って

しまった健一が我に返る。


「ああ!和本さん、残念ながら千恵子は事故で帰らぬ人となってしまい、

気持ちの整理がまだついておらず、店の再開のめどは立っていません。

ただ、和本さんとの出会いで、僕が始めてただ一人で

タイ料理を楽しむという事から一歩進んでいろんな人に文化とともに

広めるという次のステップに進むことができました。

本当にありがとうございます」

といいながら、和本に向かって静かに頭を下げる健一。

「そう、あの活動は千恵子も本当に嬉しそうだったなあ」

といいながら健一はすぐそばにあったピンクの熊に視線をそらすのだった。

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