第6話 人生を変えた微笑の国

「どうやらこれはチャオプラヤー川だな」そういいながら川を見つめる。

でも急激に都市化が進んでいる弊害があるのか、

ちょっと「ごみ」なども浮かんでいてやや悪臭もする。

でも、その悪臭は日本のものと明らかに違い常夏の不思議な熱風と混ざる。

風が吹くと、臭いよりも灼熱の熱さを少しやわらげてくれるようで、

なぜか嫌な気がしない。

健一にとっては日本での悩み事を忘れるにはちょうどよかったのであった。

ということで、しばらくの間、川の流れを見つめる健一

「とりあえず思い切ってここまで来て良かった。まだ結論は出ていないけど

滞在中なんとなく出るような気がする」健一は一人でそうつぶやくのだった。

チャプラヤー川に夕日が沈んでいく。この日特に予定のない健一はこの夕日が

沈むまで涼しい風を感じながらただ時間をすごすのであった。


次の日から、毎日、休む暇も無くバンコクの市街を歩き回ることにした。

2日目は午前中から中華街から昨日眺めていたチャオプラヤー

川沿いに運行している水上バス「チャオプラヤーエクスプレス」に

乗り込み向かった先はタイ王宮。


ここで王宮や「ワットプラケオ」というエメラルド寺院やその隣にある

「ワットポー」と呼ばれる寺院で、巨大な涅槃仏を見学した後は

タイ古式マッサージを体験。

さらに川の対岸にある「暁の寺(ワットアルン)」

といった有名どころを順次見学する。

その後は健一もバックパックの旅ではあったが、

あえて宿泊先にしなかった、バックパッカーの聖地とも言われている

「カオサン通り」にも遊びに行く。


暑いので日本のような速度ではなかなか歩くことができなかったので

2日目はこのあたりであっという間に過ぎていった。

それ以降は意外に広いバンコクの各エリアを散歩しながら日々を過ごす。

タイ式ボクシング“ムエタイ”の試合を見学したり、スクンビット通り

といわれる日本人駐在員の町。

歓楽街に並ぶ屋台のナイトマーケットに出向いたり。

中華街の先にある、「パフラット」と呼ばれるインド人街にも出向いて

お店や街の雰囲気を見学した。

それから、数日たってからは、宿の近くにあるバンコク中央駅から

タイの鉄道に乗り、古都アユタヤにも向かった。


ここは、バンコクから約一時間ほどの距離にあり、駅に到着してからは

レンタルサイクルを借りて遺跡公園を見学した。

「ここは昔、山田長政の日本人町もあったんだよね。でも戦いに敗れて

破壊された都のあとだから、歴史の遺跡だけど見ていてちょっと

痛々しいなあ。でも今は静かな時間が流れている。

ただここは、バンコク以上に暑い気がするけど」

健一は出発前に大学の図書館であらかじめ調べておいた

これらタイの歴史を思い出しながら、実際に見ている遺跡群を眺めながら

いろいろと思いをめぐらせていた。

そしてこの日の夜は、宿のあるエリア中華街に出向いて中国料理を食べた。

こうして7日間の日数も気がつけばあっという間に過ぎていくのだった。


この間、健一は日本にいたときの悩みなど完全に忘れて、

ひたすらタイを堪能する事ができるのだった。

しかし、ただ一つ経験していないものに“タイ料理”があるのだった。

実は健一は辛い料理に対してある種のトラウマがあった。

小学生の頃に誤って、生の唐辛子をそのまま食べてしまい、

火を噴くような口の状態に

1時間近くも泣け叫びながら苦しんだ経験があった。

“タイ料理=辛い料理”というイメージが強く、

タイに来て、現地の文化を十分すぎるほど体験したのにもかかわらず、

タイ料理だけは食べずに、現地の日本料理店や中国料理店あるいは

西洋料理の出すお店だけでのみ食事をとるようにしていた。

街歩きとところどころに、タイの屋台があり、

タイ料理をすぐにでも注文できそうな雰囲気でもあるのだが

それでも、現地の人たちが注文したり食べているのを見るだけに

とどめており、見事なまでにタイ料理を完全に避けていた。


その健一が特に気に入った店は、ベトナム戦争以降、

アメリカ人の遊び場所として発展しつつあった、

“バッポン通り”や日本人達の夜の街として発展していく 

“タニヤ通り”などの歓楽街に面した大通りである

“シーロム通り”から一本北側の小さな通り沿いに、

ある“居酒屋 源次”という名前の日本料理店。


当時、タイのバンコクでは日本料理店=高級店”のイメージがまだ

強かった時代であったが、”源次”では、比較的低価格で食べることが

できる数少ないお店であった。

定番の寿司やてんぷらのようなものがある傍ら、他店には余り無い、

コロッケやハンバーグのような洋食系のものがあったり、

あるいは、カレーライスやラーメンなども置いていて、

健一のような観光客というより、日本人駐在員の普段使いのお店として

の人気も高かった。

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