第50話 魂同士の再会

青木の意外な話はともかく、もっとも困難だったと思われた青木からの同意を得た健一は、

家に戻って、普段一人ではあまり飲まない酒を静かに飲んでいた。

「千恵子、ついに思い切った事やってしまったよ。お前が天使で出てきたからだよ。

でも、もう一度チャンスを頂いた。独立なんて無謀なことせずに今度はお店の

従業員として一から修行しなおすよ」


翌日は休みだったので、昼過ぎに起きた健一は一人であるところに向かった。

それは横浜。千恵子と始めてデートした山下公園。今回もピンクの熊を持参して

まさしく待ち合わせた場所にいた。


「あれから7年かあ。横浜で千恵子と始めてデートした場所。ここに来ると思い出す。

出会ってから6年間だけの短い付き合いだったけど、本当に楽しかった。

会えなくなったとわかった直後はもう絶望のどん底だったけど、

いろいろあって一年経ってまた新しい人生が始まったようだ。

この近くだったなあ。これを千恵子に買ってあげたんだ。

このピンクの熊の事を「千恵子」と思っているから、これからも天国で見守ってくれよ」

そういいながら、熊のぬいぐるみを海のほうに向ける健一。

この時には悲しさも寂しさもほとんどなくなっていた。

むしろ海からの潮風が心地よく感じるのだった。

「あの海の向こうには、タイがある。またみんなと現地で源さんたちと

再会できるようにがんばろう」



この日の夜、健一は眠っていたがいつもと様子が違うことに気づいた。

耳元で不思議な音が連続して鳴り響いたたかと思えばと、金縛りのような感覚が全身を走る

すると体が浮いた感じがして、シーソーに引かているように体が激しく前後に動いている感覚を覚える。

「こ・これは、富士山で感じたのと同じ?体外離脱とか、千恵子がいっていた奴なのか?

本で書いてあったのも同じだ・・・・。」



「そうよ健一」健一が聞いたことのある女性の声を方を向くと急激に体が上昇した感覚になる。

その速度が落ち着くとそこには横浜ではじめてデートした時と同じ格好の千恵子がいた。

「ち・千恵子・・・天使の?」

「天使・・・そうね。人によっては守護霊と言うかもしれないけど。

健一は今、体外離脱つまり幽体離脱して肉体から魂が抜けた状態なの。

これで私も健一とコンタクトが取れるわ」


「どういうこと?君は死んでからはどうなっているの?実際に神様と会ったの??」

必死に真相を探ろうとする健一。しかし千恵子は対照的に静かに首を振る。

「残念ながらこの話は絶対に言えないの。言ってしまうともう2度と健一と会えないから」と

千恵子は、少し悲しそうな表情をした。

「ごめん。もう聞かない。でも突然いなくなってしまって本当にさびしかった。

みんなも一緒で悲しかったよ」と今度は健一のほうが悲しそうな表情をする。

「ごめんなさい。これは本当に突然起こったことだったから。

でも、たぶんそれが私の与えられた運命だったのよ。

私とあなたは同じ魂の片割れ同士。私は子供の頃から和歌山の新宮という所でブランコを一人で

漕ぎながら、いつかその片割れと会える日を待ち望んでいた。やがて東京に来て大人になり、

そしてあなたと出会えた。それからの数年間は本当に楽しかったわ。まさかの子供も生めたしね」


健一は目に涙を浮かべながら「でもさびしいよ。無理とはわかっているけど、戻ってきてほしい」

千恵子は顔を左右に振りながら、「人間としては戻れないけど、これからも霊としては

あなたのそばにいられそう。だから一時にあなたが私のことを思い出したくないとか言った時には

本当に悲しかった。

その上、あれだけ目指していたタイ料理の店を辞めて、突然青木さんの会社にも行くんだから・・・」

千恵子の目にも涙があふれる。

「ああ、それは悪かった。立ち直らなければならないと焦っていたんだ。

でもこれから一人でどう生きていいのか正直わからない。泰男のこととかもあるし」

「それは大丈夫。与えられた運命のとおり生きて。私がまた夢でアドバイスできると思う。

それから泰男のことは本当に残念だけど、あの子の人生はあなたに任せるわ。

それよりも、やっぱり私はタイ料理を作る料理人の健一に戻って欲しかった」

「だからしばらくの間あの夢が」と健一が言うと千恵子は小さくうなづいた。

「でもわかったよ。だから決断したんだ。もう青木さんの同意を得て会社は辞める。

霊としてたまにこうやって夢で会えるのなら一人でがんばって行ける気がする。

千恵子これからもよろしくな」


健一はそういうと、うれしそうな表情の千恵子に近づき自然に抱き合っていた。

肉体がないのに肉体があるかのような不思議と懐かしい感覚が全身に甦って来る。



「健一、そろそろ時間だわ。また今度会いましょう」

「そんな、できれば俺もそっちに連れて行ってくれ」「ダメ!それだけは、じゃあね」

そう言った千恵子はそのまま消えてしまった。


その瞬間。何か急速に下に落ちるような衝撃を感じたかと思うと、

健一は目が覚める。「ああ、夢だけどいつもとは違う。これが千恵子が富士山の山上で

体験した体外離脱というものか・・魂が肉体から抜けるって本当にあるんだ」


そういいながら、目にたまっている涙を拭く。

「千恵子はやっぱりそばにいてくれるんだ。なかなか会えないけど

会えるということがわかったからがんばろう。

その間は泰男と、この子だ」とピンクの熊のぬいぐるみを抱きかかえる健一であった。

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