第15話 食べるべき人を失った料理

千恵子の遺体が火葬されて、全てが終わった。

翌日は1日家で何もせずに静かにすごし、

その翌日の朝に店に戻ると、あの日の夜、電話を受けて慌てで出かけた為に、

フライパンの中に作ったままのパッタイが、

ミイラのようにカチカチに干からびたまま放置されていた。

その食べるべき人が消えてしまったパッタイを見て、

再び健一の目に再び涙がこぼれ落ちる。



千恵子との最初のデートで事実上、

相思相愛状態に付き合うようになった2人。

毎週日曜日に会う約束をしたが、月曜日からその日が来るのが

待ち遠しくて仕方がなかった。

「今度は、タイ料理を作って持っていこう」と

次のデート先に千恵子のためにタイ料理の弁当を作る健一。

千恵子と駅で待ち合わせて向かった先は鎌倉。

大仏で有名なところであるが、この時は千恵子のリクエストであった。

「健一君。大仏ってやっぱり大きいね」

「たしかに、でも千恵子ちゃんは珍しいところが好きだね」

いつしか、お互いを「さん」づけから「君」、「ちゃん」づけで

呼び合うほど中のよい二人。常に手を握って行動していた。

「健一君。私たちはクリスチャンかもしれないけど、

ほかの宗教のものに目をそらしてはいけないと思うの。

あなたと会うまでの話だけど、台湾のときも台北の郊外にある指南宮とかいう

道教の大きなお寺とかに行ったわ。

だからこういう大仏とか仏教のところにいきたいけど、

今までなかなか一緒に言ってくれる人がいなくてね。

教会の人は不思議そうな顔をするし、

一緒に暮らしてる妹もあきれた表情してたわ。

だから、健一君と出会ったときにはうれしかったなあ。

こうやって一緒に見にこれる相手がいるのは一人じゃつまらないから・・・」


千恵子の語りにゆっくりうなづきながら、

「それは良かった。千恵子ちゃん僕も嫌いではないよ。

だって、この前も話したけど、僕はタイという国が好きで、

現地に住んでいる人の知り合いも結構いるけど、向こうは日本以上の仏教国。

だって仏像は全部金ぴかで、座っている仏像だけでなく涅槃ねはん像とか

いろんな仏像がいるんだ。寺院の形も違うね。

とにかく日本と違って派手なんだ」


「へえ、そうか健一君はタイ詳しいもんね。確かタイの仏教は

小乗だっけ。日本の大乗とは違うんだよね」

「ああ・・・うーん」基本的にマニアックな性格の千恵子のやはり

マニアックな質問に思わず戸惑う健一。

「僕もそのあたりになると曖昧なんだ。

そうだ、今度親友の井本を紹介しよう。彼こそ仏教を専門に研究それも

タイの・・・そう彼は上座仏教とか言ってたけど、

まあ一度彼と一緒に話をしようそのときに詳しく質問したらいいよ」

と照れ笑いする健一。

「いいよ、そのときが楽しみね」千恵子もうれしそうに笑う。

「そうだ、今日のお昼は外で食べよう。そのタイ料理作ってきたんだ」と

健一は千恵子に説明する。


二人はちょっとしたハイキングコースを歩いて

源氏山公園というところにやってきた。

「はいどうぞ。タイのやきそばパッタイです」と

健一が朝早起きして作った焼きそばを千恵子に見せる。


「うわーありがとう。本当は私のほうがこういうデートのお弁当を

女である私が作らなきゃダメなんだけれど・・・・。

でも、タイの焼きそばって平たい麺なのね。きしめんみたい」

健一は笑いながら「それは本物のきしめん。

タイの食材とかなかなか日本では手に入らなくて、

日本で代用する方法を教えてもらったんだ。だからイメージだけどね」

「そうかあ、一度いってみたいなあ。健一君と一緒にタイに」

「うん、千恵子ちゃん行こう。いつになるかわからないけど、

今から一緒に貯金したら行けるよ。どうしても話だけではわからないから、

日本料理の源次郎さんとかあと、そのお店の常連のお客さんとも

仲良くなってるから、そうそう千恵子ちゃんと台北で出会う前に、

そこで宴会をしたんだね。あの時はお店で

タイ料理始めて作らせてもらったから舞い上がって、

ついついお酒も進んでしまい・・・」

「うふっ。それで台北で2日酔いを醒ますために茶芸館にいたわけね?」

千恵子の思わぬ突っ込みに思わず軽く舌を出す健一。


「そう、だから君と出会えたんだけどね。

でも、そういう人たち以外にも、ぜひ案内したい場所があるんだ。

そこは、チャイナタウンの近くだけど、そこもだけどその先にある。

チャオプラヤー川のほとり。

あそこにいくと、灼熱のタイの暑さを風が癒してくれて、

そして川の流れを眺めていると、今までのことを振り返って

これからのことについて暑く考えることができるんだ。

また夕日もきれいだしね」

「へえ、絶対にいきたいねタイに。ようし明日からちょっとずつ

貯金しようかなあ」

千恵子は健一の作ったパッタイを食べながら無邪気な表情になっている

それを見る健一の表情も自然に緩んでいく。

「なんかこんな話をしてたら、ここが鎌倉ではなくてタイに着たみたい」

と喜ぶ「あ、そうそうこの子も」と千恵子はかばんからピンクの熊

を取り出した。

初デートのときに健一が千恵子にプレゼントしたものであった。



「それ、偶然見つけたけど気に入ってくれてよかった」

「だって、これ見ていると健一君を思い出せるんだもん。

本当は、魂の入っていない単なる綿と布地だけど、

多分健一君の魂の一部が入っている気がするんだ」

といいながら、ピンクの熊を健一の間に置く千恵子であった。

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