第36話 英国渡航の思い出
2日目からので研修内容は、貿易業務の実務的な話から始まり、主に座学が中心であったが、2日に1度くらいの割合で港湾エリアにある倉庫の見学や関係者への挨拶。
地元の得意先への挨拶回りなど、健一にとって今までとは仕事内容が全く異なっていた。
それとは別に20歳代ということもあり、社会人としての礼儀・作法などなども改めて教わり、毎日が新鮮で非常に楽しい気分であった。また休日になると、気晴らしに名古屋市内をはじめ愛知県内各地を大串と2人で観光をしながらすごす事が増えてきた。
あるとき大串が、他の観光客を見ながら「回りはカップルか家族連れがほとんどですね。いつも思うのですが、別に先輩が悪いというわけでなく、やはりこういうところに遊びに行くのは、男2人じゃつまらないですね。」
笑いながらしゃべる大串の横で話を聞いていた健一は、徐々に、大串の声が遠のき、自らの意識の中で千恵子と最も幸せな日の事がよみがえってくるのだった。
4年前の1986年の7月。無事に長男泰男が誕生し、健一・千恵子3人の共同生活が落ち着き始めた。
翌87年6月には、正式に2人の挙式が教会で行われた。当初は小規模で、双方の家族だけで行う予定であったが、
アジア食文化協会(AFCA)の和本得男や野崎龍平、大串らタイ食文化研究会(TFCRA)のメンバーも多数駆けつけ、
また福井真理の姿もそこにあるのだった。
その2ヵ月後の8月に、健一と千恵子は泰男を、母・京子に預けて新婚旅行へ旅発った。
しかし、2人は、出発の1月くらい前まで、どの国に行くかで悩んでいた。
健一にとっては、どうしても城山源次郎や青木らタイ・バンコクでお世話になった方々に千恵子を紹介したかったので、
バンコクには絶対行きたかった。しかし、千恵子の希望は、「バンコクはもちろん行きたいけれど、せっかくの新婚旅行だから
まだ行った事のないヨーロッパに言ってみたいわ」と言う希望。
苦渋の結果、バンコク経由ヨーロッパ行きを計画。バンコクの滞在は2日間に絞られてしまった。
ヨーロッパのどの国に回ろうか、少し迷ったが、イギリスに行くことに決まったのには余り時間がかからなかった。
これは、英語であれば健一は問題なくしゃべることができただけでなく、
所属する教会は英国系ということも大きな理由であり、その事には千恵子もあっさり賛同してくれた。
直行便もあるのに帰りにバンコクに立ち寄るため、あえて経由便を使用。
そのため行きは20時間近くかけて英国の首都ロンドンに到着した。
さらに国内線を乗り継いで、イングランド地方の北部で、スコットランド地方に近いところにあるマンチェスターの町に降り立った時には、2人とも身体のあちらこちらにコリと痛みが走ってしまった。
しかし、英語が話せる健一にとって、行動にはなんら支障はなかった。
若干英国式の英語は、健一が普段使い慣れている米国の物と違うものの、それほど意識することも無かった。
むしろギャップを感じたのは、その町並みのほうで、童話の世界に紛れ込んだかのような中・近世くらいの時代を
思わせる石畳や伝統的な建物の数々を見ると、日本・中国やタイとのあまりもの違いを感じるのだった。
特に、マンチェスターから列車で1時間ほど移動した、“チェスター”と言う町は、中世の古い町並みが見事に残っていて、
国・文化が違うものの、かつて歴史を研究していた健一にとっては、非常に興味深い物であった。
途中で休憩しようと喫茶店のようなところに入ると大抵そこは、英国式のパブ(ビールの飲める店)であった。
ここでは“エール”と称される、冷えていないビールを販売していた。
「これがタイだと氷を入れてくれるんだけどね」健一がぶつぶつ言う傍らで、
千恵子は「でも日本のビールとかと違って、味が濃いから、なんとなくワインとか日本酒のように少しずつ
味わって飲むのがいいのかも」と味はまんざらでもないような表情で楽しんでいた。
とはいえ、結局2人が滞在中最も心が落ち着いたのは、「チャイナタウン」の存在であった。
1歩中に入るだけで、急に“中国”に紛れ込んだかのような錯覚に陥った。漢字のひしめく街中に、
少し懐かしくなっていた中華料理の香りは、思わず食欲がそそられる。
何も考えずに、チャイナタウンにある店に入ると”揚州チャーハン”を注文して、食事をしてしまうほどであった。
その後2人はマンチェスターからは列車でロンドンに入った。ロンドンでもウエストミンスター寺院(教会)や
ロンドン塔、バッキンガム宮殿、タワーブリッジなどのテムズ川のほとりの周辺をゆっくりと歩く。
「私たちには泰男がいるけど、それとは別に2人の魂が入ったこの子もお忘れなく」と千恵子はテムズ川から見えるビッグベン背景にいつものようにピンクの熊と一緒に健一に撮影してもらう。
「うーんいい思い出だわ。これからの生活は大変だけど、今回の旅だけは忘れないようにしようね」と穏やかな表情でそう語る千恵子を引き寄せながら耳元で「そうだね」とささやく健一。
テムズ川のやや強い風が心地よく感じる瞬間であった。
その後は、やはりここでもチャイナタウンに行って一息をついていたりしていた。
翌日は、大英博物館で一日を過ごした後、ロンドンの市街地をのんびりと歩いている途中、偶然にも一軒のあるお店を見つけると思わず立ち止まってしまった。
その店は正面に大きなタイ国旗をぶら下げていた、どうやら
タイ・フードレストランのようであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます