第47話 夢の研究と体外離脱

昨年末付けで。大串とグループを組んでいた油場は、年明け早々名古屋に帰ったので、

3人体制となったが、山本も一人で仕事ができるようになっていたので、影響がなく、

東京事務所の体制は磐石なものになりつつあった。


しかし、そろそろ冬の寒さも落ち着いた3月ごろになると

健一は突然不思議な夢を見始めるのだった。

どこか見知らぬ街中を一人で歩いていると、目の前に見た事のある

長い黒髪を結んでいてピンクの髪留めをしている女性の後姿が見え始めた。「あっ千恵子!」

健一が大声で呼び止めようとするが、女性はそのまま、まっすぐ歩いていく。

健一が追いつこうと早足になるが、相手も同じような速度で動くので、いっこうに追いつかない。

「この先、また奈落の底?でもたぶんこれ夢だから恐れない」といいながら、

そのまま追いかけると、女性はある食堂の中へ入っていった。健一も、そのまま中に入ると、

クロック(タイのカレーの素となるペーストなどを叩く道具)を使って

叩いている大きな音が鳴り響き、唐辛子の刺激的な空気に覆われ、南国の熱気が漂うような気がした。

「ん?これはタイ料理店??」健一は厨房のほうを覗くと、

そこには自分自身が鍋を振るっている姿が映っているのだった。

その瞬間、目が覚めるのだった。


「あれ?千恵子が何故タイ料理店?確か井本が “リンネ”とか言ってたけど、

やっぱり違ったな。俺の所に来たのは?何かを伝えるために天使としてやってきたのだろうか?」

健一は、聖書のある一節を思い出した。

”この人たちは、もはや死ぬことがない。天使に等しい者であり、

復活にあずかる者として、神の子だからである”


しかし、一応気になった健一は、朝一番に親友の井本幸男に連絡を入れた。

「ん、にゃんだ大畑!朝早くから?今日の大学の講義は午後からだというのに」

眠そうな声で井本が電話に出てきた。

「井本!お前の言っていた“リンネ”と言うやつは嘘のようだな。昨夜夢に千恵子が出てきたぞ」

朝から大声で、かつ早口の健一に井本は不機嫌な口調になる。

「おい!何を言っているんだ?リンネ??輪廻転生りんねてんしょうのことか??」

「そうだ、嘘じゃないか!やっぱり千恵子は死後神の国で、天使になったんだ」

「ああ!、大畑落ち着け。輪廻転生は考え方の一つであって科学的に証明されているわけではない。

天使もそうだろ!そんなことよりお前の記憶の思い出に千恵子さんがいてもいいじゃないか!

恐らくお前が前向きな人生を送れるようになったので、

安心して夢に出てきたんじゃないか」井本の説明になんとなく理解できた健一。

「あ~そうか、そういう考えもあるのか。すまなかったなあ朝から。では」と言うと

あっさりと電話を切るのだった。


井本は苦笑しながら「こうだと思ったら、すぐに行動に出るのはあいつらしいな。

まあ、でもこれで元気な大畑に戻ったようだからいいだろう。

厨房で鍋を振っているとか言っていたなあ。

そのうち、タイ料理のほうにも再び気持ちが戻るかもな」



千恵子が登場した不思議な夢のことが気になり親友の井本に電話して

井本の話になんとなく納得した健一「そうかあ、思い出ね」

健一は気を良くして、いつものように出社するのだった。

しかし、不思議な事に、この夢を見始めてから10日間の間に、

5回も同じ夢を見るので少しずつ気になり、「井本は科学的にとかわけのわからないこと

を言っていたが、こんなに出てくるのは、やはり知恵子は天使になったんだ。

しかしこれは何のメッセージなのだろうか?」と考え始めた。

「いやでも・・・毎日のように食材店やレストランを回っているから、

仕事が夢にまで出てきているのかも」とすぐに自分自身に言い聞かせた。


この頃になると、少しずつであるが取引先も増えて来ていて。

最初のうちは一緒にコンビで回っていた山本明子もこのころには一人で活動できるように

なっていた。その関係で都内各地にタイ料理店やタイマッサージの店が少しずつ増え始め、

それらのお店に調味料などを販売する機会も増え始めてきたために、このような夢を見るのだと

考えたが、それ以降も最初の頻度ほどではなく、少し内容が変わっているものの似たような

夢を見続けると、気になって仕方が無い。

「どういうことなのだろう。肝心の井本に言ってもたぶん笑われるだけだし、福井のおばさんや青木社長、大串や山本ちゃんに話しても絶


対理解できないだろうし困ったなあ」

と一人悩む健一。見ると泰男が何かイタズラをしたのか、本棚の本が全部下に落ちていた。

「泰男だな。そろそろこんなことができるほど成長して来てるのか」と少し笑いながら、

本を元にしまっていく。その中である本が目に留まる「『夢の本』ああ、そうか夢のことならこの本だ」

そういうと、後片付けをそこそこに、健一は御殿場で購入したその本を悔いるように眺める。

しかし、具体的な今回の夢について何かの記載があるわけでもなく、結論が出ない。

「うーんだめかあ。ん?体外離脱かあ・・・・」健一はこのキーワード御殿場のときにも

気になって真剣に呼んだのを思い出す。

明晰夢の見方体外離脱の仕方・・・そうそう千恵子がこれができたとかいってたなあ?

ん??ひょっとしてこれができたら、死んで天使となった千恵子とコンタクトが取れるかもしれない!」


そう考えた健一は、明晰夢の見方と体外離脱の仕方をメモに取り、

翌日図書館に行ってで関連する本を探し出す。

その本の中には具体的な実践方法が記載されたものもあったので

その分をコピーをとり、その日の夜から一人実践してみることにした。

「天使の千恵子、待っていろよ。俺が体外離脱したら会えるはずだ。

そしたら夢の理由を直接問いただしてやる」

健一はそう信じて毎日のように実践するが、何日たっても

一向に体外離脱も明晰夢も見ることができず、一人で焦ってしまい、

それまでの夢も見ることなく、逆に不眠症に陥ってしまうのだった。

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