第39話 名古屋滞在

GW明けから、名古屋にて青木貿易の研修を受けていた

大畑健一と大串洋次。

研修は6月下旬ででほぼ終わり、後はOJTのような形で部長の中堀と

共に行動することで経験をつむような日々に変わっていた。

7月になり、バンコクから帰国した社長の青木が社長室に2人を呼んだ。

「お疲れ様。中堀から聞いたけど研修は順調だったそうだね。

さて、東京事務所は7月20日開設することが決まった。

そこでこの名古屋本社の研修は7月15日で終了とし、5日間ほど

2人のリラックスのための休暇にしようと思っています」


「15日でいよいよ名古屋も終わりかあ」社長室から退出した大串がつぶやく。

「ということは、次の日曜日が最後の休みか」健一もつぶやいた。


「最後の休みの日か、いくらこの会社で働くにせよ、基本は東京勤務。

最後に名古屋の町を目につけておこう」

そう考えた健一は、最後の日は一人で名古屋の町を歩くことにした。

厳密には勝手に千恵子の魂が宿っていると思っているピンクの熊を携えていた。


「見るのは2度目だけど」と健一が最初に向かったのが名古屋城。

前回は大串と来たが、さほど歴史とかそういうものに興味の薄い大串とだったので、

じっくりと見ることができなかった分。今回はじっくりと城の中を見渡して行く。


その後の昼食は、食べ収めに名古屋名物をと味噌カツときしめんのセットを注文した。

「きしめんかあ、千恵子に作ったパッタイを思い出すなあ」

そういいながら、かばんのふたをあけて中に入っているピンクの熊を見る健一。

店の人に見られまいとこっそりと取り出して

そのころのことを懐かしんだ。


午後は、初めて行くところで徳川美術館。ここでも健一は別に仕事でもないのに

一つ一つの展示物を丁寧に見て回るのだった。

夕方になり、向かったのは大須と言うところ。大須観音で有名なところでもあるが

むしろ、その周りの商店街の雰囲気が好きで、

健一が2ヶ月あまりの名古屋滞在中最も良く来た場所であった。


「宗教は違うけど最後に見ておこう」と大須観音の境内に入る健一。

すると、突然健一めがけて何かの布が飛んできた。

それは健一の肩に留まった。、健一が手にとって見るとハンカチのようであった。

「すみませーん。風で飛んでしまって」と女性の声。健一が振り向くと、

どこかで見たことのある小さな女性「あ、あのうスナックの方では?」

「あ、大畑先輩のご主人?」そう健一が名古屋に来る前に千恵子が働いていた

スナックで働いていた女性明子であった。

「お名前がわからなくて失礼。しかし、このようなところで奇遇ですね。観光ですか?」


健一の問いに「ああ、私は山本明子と申します。ちょうどお店の方が改装することになって、

3日休みになるので、2泊3日で旅に来ていたのです」

「大畑さんは?」「いえ、私は今仕事の研修で名古屋に来ているんです。

今日は休日なので一人で散歩していました。

そうか、あの時は明子さんとかにこの話はしてませんでしたね」

健一は、スナックにいたときはまだ千恵子への思いを強く引きずっていたのか、

それ以外の話は東京ではほとんど出来ていなかった。

名古屋に来てからあの事件以前のような社会復帰ができるようになっていた。

「大畑さん。せっかくお会いしましたので、差し支えなければ一緒に食事でもどうですか?」

「はあ、明子さんは一人旅なんですか?」健一の問いに小さくうなづく山本明子。

何か健一を見て嬉しそうであった。


という事で、近くのお店に入る2人であったが、そこは大衆居酒屋であった。

「明子さん。こんな大衆的なお店が好きなんですか?」

「ええ、私結構庶民派なんです」といって豪快にビールを飲む明子

健一は、そういう明子に圧倒されながらも、スナックのときと違いりラックしている

明子に千恵子のことを聞いてみるのだった。

「そう、大畑先輩は私の憧れでした。私スナックの前で今年の1月から働いていた

銚子屋のアルバイトはではレジがどうしても旨く出来なくて、

でも先輩は丁寧に根気強く教えてくれました。

もう少しでというところで、突然ああいうことになり、

私もショックで、以前以上に失敗ばかりで怒られてばかり・・。

もう嫌になって辞めました。


私、こう見えてもまだこの春に大学出たばかりの22歳なんです。

でも能力が足りないのか、がんばったけど卒業まで就職先が見つからなかったんです。

でもあきらめずに、良い就職先が見つかるまでスナックで働いてるんですけど、あまりあの仕事もねぇ」と酔いが回ったのか、

明子はスナックのママのことや常連客のことに対して愚痴をこぼす。

「そうなんですか、ああいう仕事も大変なんでしょうね。良い就職先が見つかればいいですね」

健一はそういいながら明子の愚痴を聞く役に回るのだった。


「ありがとうございます。大畑さんのおかげで、私の気持ちがすっきりしました!

安心して東京に戻れます」

「いえいえ、私も今月の中旬には東京に戻ります。新しい事務所が落ち着いたらお店に行きますね」

こういってうれしそうな笑顔で手を振る明子を健一は見送った。


「なんだか、千恵子と出会ったときを思い出すなあ」とつぶやく健一。

「いや、でも千恵子のときとは違うなあ。

千恵子のときのようなあの一緒にいることへの安心感じゃない。

どちらかといえば弟しかいない俺にとってはかわいい妹のようなものかな。

東京に戻って事務所が落ち着いたら、大串とまたスナックに立ち寄ってやろうか」


ややほろ酔い加減の健一はそう独り言をつぶやきながら、

夜の名古屋の街を帰路に向けて歩いて行くのだった。

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