第四十三話 未来桃太郎 三
ついに人間界を離れ、この任務の終了を迎えることとなった。
無事に界門を通り、境界性通路に入った、第二十三小隊の面々。
「めまいがしそうだな―――、相変わらず、ここは」
リョクチュウが目を細めながら歩いている。
「しかし、やっと帰れるぜ」
バスタムはそう言う。
なんとなく目を細める瞼に力が入る。
これから俺たちは、故郷に、魔界に帰還する。
光の乱反射は初回よりも慣れたものの、面倒である。
俺はといえば、人間界から帰還するのが―――寂しいという気持ちがあった。
シャコツコウが、俺をじっと見ていることに気が付いた。
彼は尋ねてくる。
「どうした―――気分が悪いのか」
「ん、いいや」
「人間界は、汚染されたといっていた。気になっている。影響を受けないか」
「………」
そういえばそんな話はあった。
俺の感覚としては、そんなことはないが。
それよりも俺の身体に、心をえぐったのは人間界の真実だった。
虚無という、攻撃に似た―――なにか。
「今のところ、身体に異常はないけれど」
ケイカンが言う。
その片腕にはまだ包帯が捲かれていた。
「―――いやいや、お前が言うなよ、腕は大丈夫か?」
「ん、平気よ」
腕を振っている。
あまり動かすなよ。
「そもそも人間界の大気自体が、魔界とは異なるからな―――」
「ああ、そりゃあそうだ」
もっと言えば、鬼と人間では体質がまるで違う。
「瘴気は一定量摂取していた。魔界の食料も取った―――」
「島から一度帰ったとき、身体検査があっただろう」
魔界での検査。
その後、ウレックと合流した。
俺はあの白い鬼を見る。
人間と会話してから、その表情はあまりよくない。
悩んでいるように見える。
………あの老人たちと接して、何の感情も動かないというのは変か。
「とにかく、検査で正常だと判断され、次の任務、日本本土上陸も任された。影響がないと判断されたなら、まだいい」
元々界門適性試験に合格したのが俺たちだった。
環境が多少変わろうが、デリケートにやられたりしないのだ。
そうだといいのだが。
「これからどうなる」
人間界は―――人間と争うかは別として、地下区画に攻め入る?
上が判断するかもしれないが。
「魔界のための軍鬼だ―――人間界が駄目なら、ルミリオの討伐か」
「………新しい任務ですか」
「では、隊長―――そうなるとこの部隊は、その新兵器―――魔石刀、でしたか。それを
「そうなるな………いや、任務だけではないかもしれない」
「と、言いますと?」
「第二十四小隊が、その有害魔獣の任務だ。我々の隊は一度解体され、そちらに吸収される形になるかもしれん」
「………我々の隊が、なくなる」
そう思うと、なんだか―――さらに虚無を増す。
「ルミリオと、暴動の鎮圧と」
シトリンが言う。
付け足してきた。
「そっちは勘弁だな―――」
「いいじゃねえか、どんぱち、派手にやれるなら」
「お前はいいよなバスタム」
「なんだよ、馬鹿にしてんのか?俺は暴れ足りねえぜ?」
「それもやるしかかないか―――」
「人間界に行く界門も、不安定になることがあるしな。それでいい」
界門の不安定が、時期や、突発的ななにかで起こったのならば、帰れない等のリスクを背負うよりも、魔界で活動した方がいい。
今後は人間界に行くことはないのだろう。
そう思うと。
「隊長、境界性通路って一本しか出せないんですか?」
シトリンが言った。
「大まかにはな、専門でないから知らん」
リョクチュウが、少しの間をおいて、呟いた。
「二本目が、作れなかった、ということは―――」
「はあ」
小さい声なので、俺からはよく聞き取れなかった。
日本?
日本がなんだって?
「あの時、作れなかったのは―――界門がつながらなかったとき、実はほかのところでつないでいた―――なんてことは」
今度は聞き取れた。
だが、聞き取れたところで、よくわからなかった。
ええと―――
「あの第三界門、大都市の近くのでは無理だったことか?」
「一時的な不調ではなく、理由があったのでは」
「そんなこと―――別のトコでつないだって、司令部がそんなことをするなら」
あの、薄黒い眼晶装をかけた女性を思い出す。
彼女がそんなことをするのだろうか。
「彼女がそんなことをするとは思えん―――私は聞かされていない」
隊長は言う。
俺も同感だ。任務に支障が出ることを自分でやってどうするのだ。
「だが―――ほかならば―――法族や、王族などならあり得ます」
リョクチュウは言う。
「まあ、法族は界門を扱っている専門家だし―――王族は、ルシフェル公の御意志ならそれは言うとおりにするのだろう」
界門を開けないことはない。
むしろ、俺たち魔軍鬼ですら、法族に開いてもらって、そこを通っているという図式だ。
あちらが専門家で、俺たちはついでではないものの―――外部に委託している立場らしい。
だが彼らは、そんな危険を冒すだろうか。
危険地帯に行くとあっては、戦闘経験、訓練ともに少ない彼らではよほどのことがない限り向かわない。
王の気まぐれ、というやつか?
「王様なら、何か理由あっていくんじゃない?」
「その
やや放心気味に、遠い目をするバスタム。
「―――バスタム」
歩みを止めないまま、隊長が呼んだ。
妙に声色が硬い印象だった。
体調に怒鳴られる前兆と思ったのだろうか―――バスタムは背筋を伸ばす。
「バスタム………『両側から操作をしないと界門は安定しない』」
隊長はゆっくりと話す―――一文字ずつ、というほどではないが、噛みしめるように。
「は、はあ………その通り、ですはい」
否定はしないという立ち位置のバスタム。
横から聞いている俺には何のことだか、よくわからない。
界門についての話か?
「両側のことを考えなければ良い橋はかからない………そうだな、実際の、現実の橋の事を思えばわかりやすいか」
「はぁ………それは、確かにそうでしょうね………」
「ならば―――最初は?」
隊長が訊ねる。
「最初―――最初?そもそも、それはかなり昔―――じゃあない、結構前に、そう、人間界の島でおっしゃられた言葉ですよね。それも初日か、二日目か」
「そう、そうだ―――」
「覚えていますよ」
隊長とバスタムの、二人で界門の調整をしていたのは知っていた。
境界性通路の安定は、人間界と魔界をつなぐという役割を果たすからには、魔界にいる法族たちだけで完成させるのは難しい。
俺はその、キンセイ隊長とバスタムの会話の場にいなかったが―――。
隊長は会話を続ける。
「そうだ―――ならばその前は」
「………前?え、最初に調整したのはその時で―――俺は。俺がやったのはその時が最初。、そうですけど」
ふらふらと彷徨ったバスタムの視線が、俺と合う。
―――コハク、お前何か知ってるか?お前界門の調整したのか?
と、目で問う。
視線で問う。
俺は首を振った。
俺の方を見るな―――俺に振るなバスタム、俺まで怒られるだろうが。
「何故千年ぶりに界門が開いた―――?できなかった、千年―――何故、いや、
隊長の
何がなんだかわからなかった。
ケイカンも心配し始める。
「隊長…………?」
「いいか―――?」
キンセイ隊長が両手を上げる。
まず、右の手を開いた。
五本の指をぴんと広げる。
「『人間界』が!魔界に信号を送る、通信を送る―――界門を開け―――と。そして―――」
今度は、左手を開いた。
「『魔界』が通信を承諾し―――界門を示し合わせて開く―――!」
右手と左手を、ゆっくり近づける。
ぴたりと付けた。
「隊長―――?それはおかしいと思います。これは魔界から人間界へ、つないだのでは?」
人間界への侵攻はルシフェル公の御意志だ。
宣言だ。
千年ぶりに人間界に侵攻する―――というのは。
「ルシフェル公が宣言したんですよ」
「そうそう、魔族がやったんです、そもそも人間界は科学に頼り切っていたのでしょう?魔界や界門を必要としませんって、よっぽどのことが―――ない限りは」
科学に頼り切った人間界。
人類の行く末は、俺たちが全員、目の当たりにした。
この目で見た。
進化の結果があれでは―――ご先祖サマも浮かばれないだろうが。
自然、口調が寂しくなっていく。
キンセイは指を顎に当てている。
「
「余程のことが―――起こったならば。千年ぶりにでも、魔術に頼ってでも、やらなければならないことがあったのならば?」
俺たちは、静かになった。
頭の中で、それはつながり始める。
隊長が言葉にした。
「例えば―――だ。『人間の多くが死ぬ大惨事』が起きて―――、地上が住めなくなり、地下で生きている、追いやられてしまった―――それでも戦争は続いていて、終わる見込みがない。改善の
起こったならば?
どうなる。
「隊長………それは」
「何をおっしゃるつもりですか」
「つまり―――………」
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