第七話 人里に降りた鬼たちは 二
「村に降りる」
翌日、人間界
キンセイ隊長は言った。
驚いた俺は発言を撤回しないのか、と期待したのだが。
「早いですね」
リョクチュウをはじめ、驚いた表情か、思案顔になる鬼たち。
「予定は変更する。今日が最も適すると判断した」
「今日じゃないと駄目―――ということですか、それはまた何故」
「都合だ、天候による」
「天候―――?」
天気が昨日とは違うのだろうか―――すると雨でも降ったのかと考えた。
とにかく、全員で洞窟の入り口に出る。
洞窟を出てから、しばらくはよくわからなかった。
だが、木々が白い………白く見える。
白いものでうっすらと覆われ―――霞んで見える―――最初は小雨でも降っているのかとも思ったが、これは。
「
「そうだ、昨晩からこうなっているとシャコツコウが報告した。好都合だ」
視界不良なのは人間も同じはず―――これに乗じて、村を調べる。
そういう作戦になった。
「………」
「この島はやや南北に長い形状をした、地形をした―――小島だ」
村は二つも三つもない、南側にあるだけだ。
この村だけを注意しておけば、人間に見つかる心配はない。
そういうことか。
霧の中、森を抜けて坂を下ってゆく鬼たち。
村は、高度に差がある。
半分坂のようなものだった―――そこに違和感はない。
島であるからには高低差があってもおかしくはないだろう。
物陰に身をひそめながら、散開した。
村を包囲していく―――昨日の件もあったため、全員が警戒を強くしながら進んだが。
物陰は多かった。
組まれた石垣のような塀がところどころにあり、戦国の世ならばさぞ攻めにくい城下町だろう。
気は抜けない。
石垣の一部で、何か黒いものが蠢いた気がした。
ぬるり―――と。
「なんだっ」
リョクチュウが俺に問うて、近付いてきた。
「何か動いた」
黒い縄状のものが、組まれた石の隙間を滑っていく。
霧の中、視界の外に行った。
「動物だろう………蛇ではないか?報告はするか?」
俺は少し考える。
気味の悪い生き物だが―――生き物………。
そう、これは、生き物。
「いや………人間ではないみたいだし、後で構わないだろう」
しばらく石垣を見つめていたが、大きさから推測するに、人間だということはあり得なかった。
寄りにもよって今現れるのか、と舌打ちをしたい気分だったが、人間の村に下りるという任務、それに勝る重要性はないと感じた。
気を取り直して、霧の中を進んでいく。
人間の棲み処というものは、木を組んだものに
しかし、ずいぶん変わったものだ。
千年前のものと比べれば、素材がまったく違う。
加工精度もだ。
最新式と呼べるのだろう。
それは認めるが。
家屋の壁の損傷がひどい。
透明な、水晶質の薄い壁があるのだが、その一部が砕け割れていて、落ち葉が吹き込んでいる。
埃をかぶっている床が見える。
ものが倒れていた。
倒れ、散乱していた。
俺は静かに、家屋に入る。
と言っても、意外と足音が大きくなる靴だと感じた。
やけに音が響く。
反響しているのか。
武器を持つ肩、指に力が籠もる。
石質の床が、散らかっているので少し踏み場に戸惑う。
足で踏むと、ぱりん、と音がして割れた。
水晶質の板はがしゃがしゃ、音が響きやすいとわかり、少し身をすくめる。
人間界でも、そうなのか。
見回す。
ところどころの、故障していて、しかも直された形跡がないところなどが多すぎた。
うっかり、塀を壊してしまい、下にあった金属板に接触、甲高い音が鳴って、ひやりとしたが、どれだけ待っても、人間が気付いてこちらを見る様子はなかった。
何の返事もなしのつぶてだった。
振り向いても、外には静寂の霧があるのみ。
「もぬけの殻だな、こりゃあ」
部屋に上がる。
土足で侵入した。
人間の英知の結晶であろう、あらゆる家具があったが、しかし心にはむなしさが降り積もっていった。
『―――コハクです、侵入した家屋は、何もいないと思われます―――』
『キンセイだ。了解した。バスタム―――聞こえるか』
『聞こえてまスよ』
『状況は』
『ちょっと待ってください―――今やってます』
バスタムは気が気でなかった。
人間と遭遇する覚悟ができていないわけではないが、もう少し後の日程になると思っていた。
村を遠目からでも、もっと観察して色々と把握して―――といったことをやって欲しい。
無計画すぎないか、キンセイ隊長は。
いくら天候が
天井に張っている古い蜘蛛の巣が見える。
床を踏むと、ぎしり―――、と鳴った。
「撃ち殺してやる………武器を持っていたとしてもだ、俺の方が速い………!」
バスタムの脳裏に幻影が
うっすらと血の色が透けた、白い肌のバケモノが日本刀を持って、物陰から出てくる。
突然。
自分の首の上にきらめく刃物。
振り下ろす。
自分の首を落とされる。
鬼の首を取ったように狂気の笑いを浮かべる―――人間という怪物。
幻影。
凶暴な人間という怪物は、非常に俺たちを殺したがる。
鬼を嫌う。
鬼を見たら見境なしに虐殺し、
魔界ではその手の伝承が古くからある。
「はぁ………はぁ………」
そういえば隊長に返答しなければ、と思うと妙に焦ってしまう。
生来の落ち着きのなさは、異国の地、いや異世界の土地でも発揮する。
意を決して、部屋に飛び込んで床に転がる。
派手に、白い埃が舞う。
床には、埃が詰まっていた。
『たいちょ………隊長にゴホッゴッホ………ゴッホッホ、たちょ』
派手に
『なんだ、攻撃か、人間の―――』
『ゴホッーーーいえ、い、いません』
++++++++++++++++++++++++++++++
「こちらは―――いなかったが」
キンセイ隊長は俺にも結果を、聞いてきた。
俺は首を振る。
「いえ、こちらにも」
結局夕暮れまでに、この島の集落、民家には人間はいないということが、確定した。
ゴーストタウンである。
他の家に入った隊員、鬼たちも、集まってきた。
周囲に気を配りながら、帰ってきた。
「………いいのかな」
「良かったねぇー、コハクさん」
シトリンがそうっと言った。
「あなたは昨日危ない目にあったばかりじゃない」
彼女に元気づけられているのは理解できたが――――うまく笑えなかった。
安全であることは、確かだが状況に言いようのない、気味の悪さを感じるのは自分だけだろうか。
やがて俺たちは、人間が住んでいたであろう民家のうちのひとつを見繕い、これだという広い部屋に集まった。
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