第八話 人里に降りた鬼たちは 三



「住民はいない」


 場所は、人間界の村の中、とある民家である。


 本来ならば鬼が入るはずも居座るはずもない、人間の棲み処である家屋。

 天井の空間を感じる、立派な民家で、テーブルの上に蝋燭ろうそくを灯す。

 その灯りを囲み、鬼たちは全員が座っている。

 コハク、キンセイ、ケイカン、リョクチュウ、バスタム、シトリン、シャコツコウ。

 夜に火を灯すのは本来ならば人間の習慣であるはずだが、その人間が一人もいない村である―――と、きている。

 そういう状況だ。


 その一室は二階まで吹き抜けであり、鬼たちが全員で会議をしても、べつだん狭さなど感じない程度の大きさはあった。

 欲を言えば七鬼分の椅子が欲しいところだったが。

 仕方がないのでコハクはシトリン、ケイカンとならび三鬼掛けで座れる場所に落ち着く。

 内部に羽毛うもうでもつまっているのだろうか、異様に柔らかい腰かけだ―――コハクが連想する羽毛は、当然ながら魔鳥類の羽である。

 魔界にも似たようなものがないわけではないのだが。


 良い住処すみかだ、と感じた。

 多くの資産を持つ者の家か、家でなくとも別荘であった可能性も高いだろう。

 魔界にもそういった趣向の者はいる。

 皆、示し合わせたように景色のいい場所、樹海の香りがする山の奥か潮騒しおさいの小島かを選ぶ。


 しかし何故、家人がいないのか―――村人がいないのか。

 その疑問に、答えるには情報が不足している。

 それでも鬼たちは考えるしかない。

 鬼たちは考えるしかない。


「住民はいないんだ」


 もう一度、キンセイ隊長は言った。


「人間が住んでいない。人間がいない島だ」


 今日の日中、村を調べることで得ることができた結論、事実を告げる。


「ちっ」


 舌打ちするバスタムは、珍しく不機嫌そうだった。

 いや、珍しくなどない………ご機嫌そうなのも不機嫌そうなのも、わかりやすいのが奴だった。

 言動が幼いのだ。

 俺も、冷静ではない自分を感じていた。

 自分が、人間界に来てから変わってきている気はするのだ。

 ここは、この島は苦手だ。

 何かが。

 釈然としない。

 世界が違うことに、苛ついているのだろうか。

 俺もリョクチュウじゃないが、世界酔いを?


 隊長は加工精度が高い机の上を、指の腹でなぞる。

 指を上げる。

 蝋燭の灯りの中、すくい取られた白いほこりが、くるくると舞う。

 部屋中が、何とも言えないが、白い。

 清潔な白さではない。

 快適とは言い難かった。


「住民がいないと言われましても、文明の跡がありますが―――」


 リョクチュウが周りを指差してなぞる。

 その民家の壁をなぞる。

 素材を検分している。

 人間の住んでいた家を。


「紙………白い紙………いや、もっと分厚いのか、あるいは―――天然で産出している素材なのだろうか………」


 リョクチュウは壁に向かってぶつぶつと話しかけている。

 いや、こいつがぶつぶつと話していない時などない。

 物体ともよく話す―――魔界での訓練時からそうであった。

 もはや気にするのも莫迦莫迦ばかばかしい。


 この世界については素人である俺だ。

 だが、これらの空間が高度な文明であることはわかる。

 千年の時が立ったのは魔界も同じことなので、魔導兵器類の装備に限らず、文明レベルは高い。

 魔界の建造物もまた、進んだ固有の文明を持っているのだが。


「―――隊長、失礼を承知で、申し上げますが」


 ケイカンが少し顔を上げる。


「本当に『人間界』なのでしょうか」


 と、彼女は言った。

 ともすればすべてをひっくり返しかねない台詞だった。

 ここは、本当に人間界のとある島なのか、という質問。

 前提を問う。

 皆、眉をひそめた。

 俺も驚く。


「我々が到着したこの島が―――人間界なのでしょうか」


「間違っているというのか―――我々を送る界門が」


 隊長は表情の変化が少なかった―――静かに反論する。

 こういった落ち着きは、上に立つ者である、という印象であった。

 対してケイカンはそのまま、言葉を紡いでいく。

 彼女は続けた。


「そもそも、人間界にたどり着けるというのが、なんと言いますか―――やはり………実際には、魔界のどこかに移動している、ということはないのですか?」


 実は俺たちは、人間界などという未知の異世界に旅立ったのではなく、近場に移動しただけでは、という説だった。

 ここまで聞けば俺はケイカンの意見に賛成し、賛同しそうになった。

 そもそも界門というものが、千年ぶりに開かれたものであり、調整した連中が駄目だということはないにしろ、困難だろう。

 困難を極める。

 何かのミスが、手違いがあったということはあり得た。

 魔界から魔界に行く方が、理屈は知らないが楽だとわかる。


「人間界に確実に行けるという保証は」


「境界性通路の中を通っただろう、あれが嘘に見えるかケイカン」


 光の乱反射する空間。

 その道を歩いた小隊。


「ルシフェル公の御意志だ、いい加減なことがあるはずがない」


「では、人間がいないのをどう説明―――?」


「そんなの簡単じゃん―――立ち去ったんでしょう?」


 シトリンがり入る。

 人っ子一人いないんだからそれ以外ないでしょう―――、と。

 彼女は言う。

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