第三十二話 第二十四小隊 四

 人間の大都市の地下。

 広大な避難区画シェルターの内部である。

 ケイカンとシトリンは二人で立っていた。

 荒れた廊下内の壁には大きく『2』という数字が書かれていたが、二人は二鬼である以上、その読み方を知らない。

 ケイカンが話を切り出す。


「シトリン、軍鬼をやめるって本当?」


「うん、前からね、考えていたの」


 シトリンは少し笑みを浮かべていた。

 ケイカンは苛立つ。


「あたし、良かったな、って。危ない橋渡らずに済むじゃん。これで人間と戦争せずに済む」


「………」


「あなたねぇ………みんな、戦っているのに、あの時だって、この大都市に来る前にだって『帰ろう』って言い出して」


「もう戦いはないじゃない」


「………まだ」


「まだ、何?ケイカンはまだ戦いたいの?」


「私たちは種族のために戦う軍鬼なのよ―――この作戦で私たちが得られた戦果は、かんばしくなかったかもしれない、けれどまだ魔界の危機は消えていない、何とか、できることを」


 戦いに関して恐れはない。


「そういうんじゃなくてさ………あたし、死んでほしくないっていうか―――ケイカンにも。みんな、にも」


 その言葉には、不覚にも黙らされたケイカンだった。

 シトリンの想いはたどたどしく、続く。

 死んでほしくない。小隊のみんなに死んでほしくない。

 いなくなっちゃうかもなんて、思うこともイヤ。

 あたしの気持ち。


「楽しくやりゃいいじゃん。幸せにならないと―――って、これは、ケイカンが言ったことだったよね。あの『大いなる英知』―――人間の部屋で言ったことだよね、ケイカンが」


「それは………」


「あたしはケイカンよりも不真面目だよ、でもやりたいことはあるから」


 シトリンはその場を去っていった。

 その場には彼女の鞄が残された。

『角』が描かれ、二本、交差したシルエット―――軍鬼の証である。

 それを戦地に放置するのは規律に反するだろうが、去った彼女の意思であるそれに、ケイカンは伸ばした手を、引っ込めた。

 何故か鞄を掴む気が、起きなかった。



 +++++++++++++++++++++++++++




「どうされますか、隊長」


「どうしたもこうしたもない」


 ここで待機するほかない。

 荒廃した人間界、大都市からほど近い森林地帯で界門操作にいそしむ隊長キンセイ。


 ときおり木々の合間を風が通るが、島よりも異様に静かだ。


「隊長、お気持ちはわかりますが―――操作は私が変わりましょうか?」


 手伝おうとしたのはケイカンだった。

 どうやら腕の怪我はもう快方に向かっているようである。

 俺はと言えば、あまり隊長の気持ちがわからない。

 考える余力がない。


「隊長、人間が私たちを攻撃しないということはわかったのですから」


 より正確に言うならば―――攻撃するような余力、気力もないのだろうか。

 守ることに専念している。

 地中深く、土竜もぐらのように生きて。


 木々の合間を見つめる俺。

 改めて、こうやって見ると、木々もやせ細っているように見える。

 環境の悪化という言葉を思い出した。

 そこまでは考え過ぎだろうか。


「もともと平和的にすむのならば満点だろう―――血気盛んな馬鹿にとっては、あるいは面白くないかもしれないが」


 それはバスタムに言っているんだよな、俺ではないですよね………隊長?


「急を要することはない………が、不味い点があるとするならば」



 シャコツコウが呟く。

 この状況において、不味い点。

 厄介な問題。解決していない問題。


「魔界に帰れないなら任務は終了しない点だ」


 彼の気にするポイントは今も昔も任務一点らしい。

 味気ないな。

 それとも軟弱なだけかい?

 俺が軟弱なだけかい?


「次の手も打てなくなる」


「次の手………」


 次の手ねえ―――魔界の指令室は次にどんな命令をよこすだろう。

 これ以上の作戦命令。

 日本で行う、作戦命令。


「俺たちが考えたって仕方がないじゃあないか」


 嘆息するバスタム。


「ルミリオの討伐」


 リョクチュウが呟く。

 ああ、そんなことは―――わかっているが。


「ハッ」


「あんなもん、冗談だろう」


「山火事を止めろって言ってるようなものだぜ」


 鉱石資源が豊富な魔界では採掘時の発火事故が多い。

 事実、大量の害虫は、ある種の災害のようなものであり、一個人で防げることができるようなものではなかった。


「だが、もしもルミリオを止める手立てがあるならば」


 有害魔獣を、人間界に侵攻する以外の手段で止める。

 それができるならば。


「魔界は救われる」


 俺たちの行軍が、俺たちの小隊が、果たしてあまり意味がなかったとしても、魔界を救う可能性があったことは確かだ。

 その可能性が潰えて、駄目だったのならば、次に行くしかない。

 魔軍鬼は一枚岩ではない。

 魔界には時間が無いのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る