最終話 桃太郎伝説


魔界、バルバスン区。

第二十一小隊所属の軍鬼は、オインゼは縡切こときれていた。

瞳を見開き、瓦礫の中で息絶えていた。


魔族の住む町を覆う黒煙。

元々、暴動によってこの町の治安は極限まで悪化していた。

しかし。

その暴動も鳴りを潜めた。

鳴りを潜めて、新たな、鳴りが起こった。

暴動に続く、事件。


ずぅん―――。ずぅん―――。


巨大な銀色の四足歩行獣が、バルバトン区の町を歩く。

目は正確に加工された円形。

赤い光を放って睨んでいる。

建物には鋼鉄の四足獣の肩部が接触し、住居は砕け崩れる。


軍鬼が何人か、魔導砲を構えて撃つ。

魔界に存在しない銀色の装甲は、その砲弾を弾き、容赦なく弾き、なおも前進。

進み続ける。

武器が通用しないことを悟った軍鬼は恐怖し、走り出し、退却していく。


銀色の足元を、丸太のような大きさの爪の近くを、白い絡繰が走っていく。

走り、追い抜いていく。

ぎっちゃ。ぎっちゃ。ぎっちゃ。

二匹、三匹と、走っていく、鳥のような、いやきじのような―――白い絡繰。


恐ろしいことがやってきた。

伝説が、やってきた。

鬼のうちの一鬼が叫ぶ。


悲鳴と砲声の中、瓦礫が崩れる。

そのひとつが、オインゼの身体のすぐ脇に落ちる。

がらがらと―――音を立てて崩れ落ちる。


彼の人生―――いや、鬼生に。

ひとつ、恵まれた点を挙げるとするのなら。

人間と戦うという彼の夢は、しくも、ここで―――最後に叶ったことになる。

瓦礫に埋もれ、やがて勇ましき軍鬼の肢体は、見えなくなった。



++++++++++++++++++++++++++++++



魔界、アグラ区奥地、樹海地帯。



なかなか得難い経験だった。

水面を抜けるような感触とともに、魔界に上がった。

そう、上がった。

大気の質が急激に変わるさまは水から大気に上がったときのものに近い。

門のかけらが、一部が、身体にまとわりついていないか心配になる。

つい、手で払って確認してしまう―――。


立ち止まっている余裕はない―――周囲を確認しながら、進んでいく。

やや湿気が強い、樹海地帯。

水溜まりが点々としている。

知らない植物のはずなのに、初めて目にするものばかりのはずなのに、心の奥底で、何か懐かしさを感じた。

そもそも人間として生まれてから、植物と言えば地下区画で育てられた、非日光性のものしか目にしたことがないのだが。


そこでは進軍用の防護服を身に着けた人間たちが、光子収束銃を背に抱えて進んでいた。

既に界門はその役目を終えて、小型化し始めている。

最後に到着した少年。

彼に目を留めた隊員。

本来は人間界で待機とされた小さな少年に対し―――忠告と、鼓舞をする。


「まだ幼いお前をこの任務に駆り出したわけだが、日本の未来―――いや、人類全体の未来のためだ。気を抜くなよ」


少年は、頷く。

綺麗な目だった


光子収束銃をもって進撃した先遣隊から連絡が届く。


『この辺りは、硬い殻をもった化け物が多数出現―――。巨大な、緑のザリガニだ、皆注意しろ、鬼もいるぞ』


『了解した』


だ、そうだ―――と大人は言う。

少年も通信は聞いていた。


鬼。

鬼がいるのか―――やはり。


しかし、マスク越しだと息は苦しかった。

感じる魔界の瘴気は、幼い少年には、少し強すぎた。

視界がぼやけ、頭が上手く回らない。



+++++++++++++++++++++++++



人間界、地下の白い部屋で、大いなる英知は呟く。

部屋に柔らかく響き渡る明瞭な声。

静かに―――物語を紡ぐ。


『私は大いなる英知。究極の科学の生み出した産物―――。記録されているすべてのデータをもってして―――私は正確な結論を出しました。人間界に先はないと』


人類は終わっている。

進化は終了した。

そう結論付けた。


『しかし、それでもその先を見つけ、あがくのが人間―――私にはない思考です』


まったく、自分を生み出した人間のことは、理解しきれない。


『―――魔界、未知の世界。魔力などという概念は、私は持っていません。私は科学の存在ですから』


日本一の旗は持ってきていない。

しかし。

鋼鉄の『犬』、『猿』、『雉』は魔界という戦地に無事、到着した。

今のこの国の最終戦力をすべて投入する。

舞台は整ったといえる。


『科学のすべてを理解した私ですが、これ以上は全くの未知。私の手には負えません―――純粋に、人間が、これからの未来をつくる子らが、どれだけの偉業を達することができるか。託すしかありません』


最後の好機チャンスである。

最後の希望である。


『千年の時を超えて魔界に侵攻し、現地の風土環境を調査、我ら人間が住み着くにふさわしい風土を発見せよ―――』



清潔な白い部屋で老人は、瞳を細める。

その目の奥の光は、陰りがあった。


「特別なことじゃあ、無い―――むかしむかしから、決まっとる。変わらないんじゃ―――。ざっと『千年』はむかしから―――」


自分に、言い聞かせる。

これで、これで良いと。

人間はまだ滅びるべきでない。

老人の、個人の想いではなかった。

浅い感情では、なかった。。


「いや、言ってしまおう。それが、違う世界に生きる者に対しての―――」


偽らない。

心の底から、願うこと。


「人間は生きる。生き抜いて見せる。鬼を滅ぼす。憎んでいるのではない、生きるために―――」


そうしなければならない。

諦めるように言った言葉。

老人の瞳の陰りの中に、それでも残っていたのは、人間への愛。

人間としての想い。


この二人の老人の決定ではない。

この国の残存政府、そして国民の総意であった。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++




世界観移動に成功した幼い人間の少年は、しかし瘴気に悪影響を受けていた。

身体が、やられかけていた。

立ち止まり、背負った装備品の中から鞄を取り出す。


鞄、というよりも小物入れのようなサイズだった。

旧世代の遺物、というよりは最近見つかった落とし物という印象である。

紋章が描かれている―――『角』が描かれ、二本、交差したシルエットだった。


漂う芳しい草の匂い。

かすかに甘い匂いがするので、開ける。

鞄の中に入っていたのは、食べられるものだと一目見てわかった。

それは団子だんごに似ていた。


マスクを外し、素早くかじって、口の中で咀嚼。

素早くマスクをつける。



『おい、行くぞ―――侵攻部隊に合流だ』


『はい………!』


隊に急かされ、少年は駆ける。

先程飲みこんだものが胃の中で溶けるのを感じた、魔界の瘴気に合う食糧だったのか、気分がいい。

いったいなんだったのだろう。

思えば、この状況で、魔界に来てすぐに口に入れたことに、理由は見つからない。


身体に、瘴気がなじんでいく。

呼吸がかなり楽になった。

こめかみのあたりの血流が、ぐんぐんと加速するのがわかった。

力がみなぎってくる。

少年の膂力りょりょくは増大していた。


木の陰で倒れていた鬼の傍にあった、真新しい刀。

刀身がおぼろげに光っていた。

武器。

魔界の武器。

銃だけでは心もとなかった少年は、迷わずそれを拾う。


駆ける。駆ける。

少年は、魔界の樹海を。

未来に向かって。

樹海地帯は森林に変わり、足場がしっかりとしてきた。


木々の向こうで、光子収束銃の発射音が何度か聞こえた。

既に開始しているのだ。


「うっ―――!」


少年の顔が何かに、引っかかった。

蛇のように曲がりくねった木々にぶつかって、マスクが弾け飛んだ。


すはっ―――。


呼吸する。

少年は生まれてからよわい十一になるまで、ずっと地下で過ごし、地上では、土の上では防護マスクをつけていた。

だが。

この世界に来て初めて、息を大きく吸いながら、駆けていく。

森の中を。

植物の、自然の匂いを。

腕を、脚を、ぐんぐんと動かし、走っていく。


少年の視線の先には、鬼がいた。

通信機のようなものに手を当てて、狼狽えている。

こちらに気付いていない。


『頭上だ!木の陰から、黒いものが!黒いものが高速で木の上を移動している!』


状況の変化のために恐慌に陥って、わめいている鬼が前方にいる。

木々を自在に駆け回る自立機動兵器を目にするのは初めてなのだろう。

複雑な木々の合間を、まるで猿のように駆けまわることが出来る―――大いなる英知や、大人は、N-31型についてそう話していた。


鬼は首元についている通信機に似たものを押さえて、叫んでいる。

その言語は、少年にはわからなかった。


少年が刀を振りかぶったところで、鬼が、こちらの足音に気付いたらしい。

鬼は金棒を使うものだと思っていた。

刀を持っているという知識は初めて知った。


鬼が怖かったので刀を全力で振った。

相手の腕はすんなりと切り飛んだ。


ぱしゃっ。

鬼の身体が湿原に倒れて、水が跳ねた。

水というよりは、魔水だろうか―――人間界の匂いとは、少し違う。


『なんだ?何があった!おい!返事を』


鬼の言語が漏れる通信機のすぐ側面を、踏みつける少年。




未来のために。

人類のために。

故郷むらに持って帰るのだ―――平和な暮らしを。


大丈夫、『ご先祖サマ』もやってのけた。

単なる大言壮語ではない。

普通の。

有り得る―――話だ。

物語だ。


そう―――日本に住んでいる人たち。

みんながみんな、知っているくらい。

今も昔も、知っているくらい。

ありふれたお話のうちの、ひとつ。


ここから先は大変な道のりだ。

子供にとって、とてもとても、大変な道のりだ。

けれど。


やった人は、いるから。

むかしむかしだけど、いたから。

だから、自分にも。

自分にもきっと不可能ではない。


それは伝説だった。

その『伝説』は幼い彼に勇気を与え、大いなる英知の教育だけでは埋めることのできなかった、心となった。

心を、ふるい立たせた。






―――かつて『その男』は、悪鬼がはびこる島に単身で乗り込み、そして鬼を全員懲らしめて―――勝利を収めたらしい。





倒れした鬼の上で、刀を振る少年。

血を振り飛ばす。

血は人とは違い、青い色だった。


始めよう、鬼退治の旅を。

むかしむかし―――ではない、千年後に始まる、新たな桃太郎伝説を。

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未来桃太郎 時流話説 @46377677

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