第二十話 猿~森林地帯~ 四

落ち葉を足で散らして森の中から脱出すると、足場が違っていた。

違う足場が出迎えていた。

うっすらと白く見えるのは先ほどまでの雪だ。

だが、平坦な、地面、というよりも岩盤。

感触は木の葉ではない。


「おおおおお―――っ」


勢い余って、俺は滑ってしまう。

変な声を上げ、尻もちをついた。

そのまま薄い雪の上を腰で滑る。


森の中から、俺たちを追いかけて黒いものが飛び出してきた。

俺たちを追ってきた目標だった。

赤い目をした、目標。

飛び出すというよりも、それは木々の中から射出される―――というような飛び出し方をした。

またもや駆動音がする。

おおよそどの生物にも似ていなかった。

森の木々を縦横無尽に移動していたそれは、俺の真上に飛んでくるかと思われた。


しかし触手を、元いた場所―――木の幹に飛ばした。

触手が木の幹に吸い付く。

そして、黒いものは触手を頼りに振り子運動のような軌道で森の中に舞い戻る。


ばさり。

葉の中に潜り込む。

森の中に、戻っていった。


ぶぅーん。

虫の羽音は、徐々に遠ざかっていく。

徐々に消えていく。


俺は魔導砲をがしりと掴み、手近い場所にあった、身を隠せる岩に飛び込む。

しばらくの間、目標がいつ追いかけてきても撃てるように、構えていた。

音が完全に消えてから横を見ると、隊長と目が合った。

岩場にごつん、と魔導砲をつけていた。

全員が岩場にたどり着いていたようだ。


「―――いったか」


「追ってこない?」


息を吐きだす。

ヤツは森に帰ったようだ。

ヤツというか、アレというか。


ケイカンの隣に歩み寄ったキンセイ隊長。


「―――怪我けがは」


「問題ありません―――止血すれば済みます」


既に軍服の一部で腕を巻き始めていたケイカン。

足でなくて助かった、進めるから―――と、すばやく言う。

優秀な軍鬼である。

俺はというと、他鬼の心配など忘れて放心していた。

腕の骨がまだじんじんする。

今になって体中が汗まみれになってきた。


「………きじ


リョクチュウがいつの間にか俺の背後に立っていたのでびっくりした。


きじだな」


今の目標のことを言っていたんだな、と気づく。

どこ見て喋ってんだお前。

視線は意味もなく空中そら


「あぁん………?」


「良く見えなかったけど、そうなの………?」


シトリンがじとりとした目で睨む。


「あの『雉』だけじゃあなかったってことだな、今度は黒いのだったが―――」


俺は言い返す気力、体力がごっそり抜けていた。

ただ、思う。

今のは―――『雉』ではない、と。


「移動した方がいい、とにかく―――歩くぞ」


足早に、岩場の奥に進む。

大事を取って、森からは離れたほうがいい、そういう判断だった。

反対する者はいない。

危機は去った。


森の方を振り向くが、もう虫の羽音も何もない、自然の静寂だけだった。

まあ、結局虫などではなかったのだが―――。

そういえばここは島と違い風が少ないことに気付く。


「コハク、お前は大丈夫だったのか、接触しただろう」


「ああ、俺はいい」


重大な被害はなかったように思える。

生きた心地がしなかったが。

なんとか凌いだのが奇跡である。


「武器を盾にしたな―――そうでなければ危なかった」


リョクチュウが余計に付け足す。

わかってるわそれくらい。

魔導砲の鉱石質の砲身が少し欠けている。

本来そういう防御目的で作られたものでないので、削れたのは致し方ない。

この程度で済んで―――――良かったというべきだ。


「隊長、どこまで逃げますか」


振り向かない隊長。

魔界から持ってきた地図を見る。


「幸いなことに方角はそうズレていない―――北に修正、するが………」


「地図はどの程度書かれてあるのですか」


「およそ役に立たない。界門近くの地形が―――山か谷か、だけがわかる。瘴気濃度はこの場合関係ないな」


隊長は地図を畳む。


岩場を進んでいく。

大きな岩だが、俺たちの背たけに近いものが多かった。

雪は降らないようだ。

薄皮のように積もっていたものは、俺たちがふむまでもなく、ほとんど溶け始めた。

平坦な地面を進んでいく。


周囲は歩き続けても岩が多く、なめらかな岩肌に、手をつく。

………灰が付くだけなのでやめておいた。

しかし大きな木がない分だけ、森よりも視界は良い。

遠くを見渡せそうなものである。

危険性は先ほどよりも少ないか、と自然、気が緩まる。



見渡したまわりの景色―――風景は山だった。

いくつかの山からなる広い地域の中らしい。

しかし、山中の木々の下には、誰も入る気にはなれなかった。


「黒い、絡繰からくり―――か。随分違ったな、『雉』と」


最初の奴と。

島の砂浜で出会ったやつと。

違うと―――バスタムは言った。


「刃物を持っているのか」


「刃物をくっつけているんだよ」


「はぁ」


「最初から―――一体化しているんだ、腕に。そういう『つくり』なのだろうよ」


「腕だったのか?足では」


「………」


知らん。

知らないが―――ひどいものだった。

凶悪な玩具もあったものだ。

殺傷力も馬鹿にできないが、戦いにくかった。

戦いとは言えない、一方的に逃げた、逃走した。

雉は倒せたが、アレは倒せなかった。

それは絡繰の危険性に限らず、場所によるところが大きい。

砂浜か、森か。


「白いヤツ、だったらそうでもなかったんだ」


バスタムが言う。


「何だって?」


「白いヤツだったら―――そう硬くない。一度倒したから勝手はわかってるし―――まあ、戦えただろう、想定していたつもりなんだ、『今回』も出るかもしれないって」


バラバラに破壊され、魔界に送られた白い絡繰。

その残骸を思い起こす。

しかし、緑色の閃光に対して、対策はない。


「そりゃあ―――」


確かにそれは想像できるだろう。

もう想像したくもないが。

リンカイを傷つけたあれは、俺たち魔族にとって脅威である。

しかし、何故か俺は、あれがまた出てくるという風には予測していなかった。

もしかしてこの時から、俺は心のどこかで、感じ取っていたのかもしれない。

この世界の、人間界の状況を。


「俺は人間がとうとう出張でばってくることを想像していた」


「熊」


無表情なままに、シャコツコウが言った。


「くまあ?」


シトリンが聞き返す。


「人間界というが、当然ながら危険なのは『人間』だけではない。動物がいる。山林奥深くには大型獣がいる。魔導砲で武装していても、危険であることに変わりはない。俺たちよりでかい」


「人間より凶悪なのなんて、いないんじゃあないの?」


とは言いつつも、顔が引き攣っているシトリン。

これ以上相手が増えられては困ると言いたげだ。

俺も同意である。

野生動物に山中で襲われてはたまったものではないし、それを倒したとしても魔界のためにはならないだろう。

ならない―――いや、食料にはなるのか?


陽が傾き、空が赤くなってきた。

そろそろ夜が近い。

界門近くにたどり着いて野営できればいいのだが。


なんとなくだが、息苦しさは少なく感じる。

大気の成分が魔界よりなのか。

瘴気の気配がした。

界門が近いのだろうか。

第二界門が。


「界門は、距離としてはかなり近い場所にある」


隊長はなんとはなしに、しれっとそんなことを言う。

ちょっとばかし、聞き捨てならないのだが。


「行きましょうよ」


ケイカンが不思議でたまらないという顔をする。

俺も疑問だった。

そして、ケイカンの負った傷には、瘴気などの魔界的環境があるほうが直りは早いはずだ。

物資だって、補給の目処があったほうがいい。

食料は、無くても一日くらいは何とかなるが。


「しかしながら界門は―――森の中だ」


「う」


森の中―――となると、先程まで危険だった場所である。

あの黒い絡繰、漆黒と深緑の絡繰がいた地点から、ずいぶん歩いている。


「あいつがまたいるかもしれない、黒い絡繰………!」


「奴があれから追いかけてきている気配はないが―――」


「勇気がいるな、森の中に行くには」


俺たちは立ち往生した。

隊長がその場に、どかりと座ったのでそれに習うバスタム。

座り往生。


ついに日は落ちた。


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