第二十三話 猿~森林地帯~ 七

 コハクは岩をたたき出した。

 ばん、ばん、ばんと。

 素手で、片手で、両手で。

 灰色のごつごつした岩が、ぼろぼろとはがれ、あたりの地面に跳ね落ちる。


「え………?」


 バスタムは困惑の小声が出た。

 おいやめろ、とは言えなかった。

 俺はコハクを怒ればいいのだろうか―――とバスタムは思う。

 とうとう狂ったか?

 戦地で、敵地で、精神面を欠く例はあると聞く。

 人間界が嫌で、ホームシックか?

 魔界に帰りたい?

 精神的にやられた?

 一体どれだ?

 魔界にいるころは、ヤバい呪草をやっている奴には見えなかったが。


 唖然と、呆然とした。

 驚愕の後、あまりにも状況の意味が解らないと、怒りようがない。

 どうしてだろうという疑問が先立つ。

 棒立ちになったまま、事態の経過を見る。


 ややあって、シトリンがコハクに近付く。


「どうしたの!」


「どうしたもこうしたも---あるか!くそがぁ!」


 コハクの発言である。

 彼にしてはやけに感情的な物言いだった。

 コハクが魔導砲の柄で岩を削りだした。

 岩の破片が転がった。


「おいおい、武器で―――」


「何をやってるの!」


 本当に何やっているんだ。

 そんな乱雑に扱って、壊れはせずとも、また照準合わせのやり直しくらいにはなるだろう。

 一度、先程見た、町の方角を向く。

 これから人間界の都市に行こうというときに―――なんで。


 コハクは岩の内部を、手でつかみ、こじ開ける。

 ―――ん?

 こじ開ける?


 べこり。と金属質な音を奏でて、岩がへし曲がった。

 コハクは、岩の中から黒いひも状のものを力いっぱい引っ張り出し、ちぎれた。

 きん、きん、と、破片程度の金属質な岩が転がり、落ちて、かん、かん、と跳ねたものがキンセイ隊長の足元に届く。

 彼もまた、事態を静観していた。

 だが。


「コハク―――何をやっている」


「隊長、岩じゃありません―――」


 コハクの動きが止まった。

 息が荒いが、妙に冷静な声になった。

 全員が、近づいて岩の中を見る。

 岩だと思って、いたものの内部。


 かなり老朽化しているが、複雑なパイプ形状のものが入り乱れ、箱のような金属質の部品につながっていた。

 腐った油の匂いが漏れ出る。

 どういう加工方法かは知らないが、表面は磨かれていて艶があるくらいだ。

 その精度は高いのだろう、高度な文明を感じさせた。

 かつては高度な文明だった―――作られた、もの。


「こっ―――これって」


「絡繰―――人間が作ったもの」


 と、言っても、聞いても。

 一同は視線をさまよわせるだけである。

 緊張感がなかった。

 緊急性がなかった。


「―――それは、驚く、驚いた―――だが」


 流石に岩だと思っていたものが、文明の残骸だったとは思っていなかった。

 表面は完全に岩に見えたのだ。

 これは間違いない、灰をかぶっていた。


 緊張しなかった理由は、それが完全な残骸だったためである。

 使い物にならない人工物。

 非常に古く、錆びついていた。

 黒く、泡立ったような表面。

 残骸だった。

 生き物で表現するなら死後数十年か---というおんぼろの、内部機構。


「『これ』は動かないみたい。全然………それに」


 周囲を見回すケイカン。


「それに―――それでも、人間は近くにいない」


 それだけではない、とばかりにコハクは地面にしゃがみ込む。

 皆、怪訝な表情をする。

 今度はなんだ―――と。


「隊長、気づきましたか?ここは岩石ではありません、岩盤地帯ではありません。地面ではないですよ通常の地面ではないです。」


「これも人工物だろう―――高度な文明だ」


 舗装された。

 舗装されていた―――道路。

 しかし、一同は黙り込んでしまう。

 それは、ガタガタとはがれていた。

 ボロボロに、劣化していた。


「―――隊長」


「手入れを怠っている―――ということは、わかる」


「………」


「人間は、本来はもっときれいに作るつもりだったのだろう」


「つ、つまり---この岩場地帯は?」


「岩場じゃないんだ。道に―――作った道に大量の絡繰が落ちている。それを何十年もほったらかしたら、放置したらこうなった―――残骸だ。もとは平坦だったんだろうよ、作ったみたいにな」


「誰が作った」


「人間だよ」


 と、言われても、緊急性が沸かない一同であった。

 確かに、これは異常だ。

 予想だにしなかった事態だ。

 自然の中かと思っていたが、人間が作ったものがある、ということは敵地の渦中。

 まだ人里離れた森の中を歩いている気分と、そう変わらなかった。

 既に懐に入っていたのか。


「―――いや、だが」


 しかし危険ではない、さしあたって、今は。

 これは残骸である。


「かなり古い………」


 リョクチュウが検分する。

 絡繰だが、動かない。

 確かに、元からの自然界には存在しないはずのものだった。

 人間文明への興味の光が、眼晶装の奥の瞳に浮かぶ。


「古いぞ、端的に言って、ゴミだ。『絡繰』のように―――あの森の中で襲われたようにはならない」


 森の中の黒い絡繰。

 確かにアレは脅威だったが―――気にかけ過ぎというものだ。

 しかしコハクは言う。


「周りを見ろ―――」


 バスタムが周りの灰色の岩場を見る。


「なんか―――俺たちと同じくらいの背たけの、岩がさ、多いだろう?」


 灰色の、俺たちの背丈ほどのサイズの岩が並んだ岩場地帯だった。

 全部が全部。

 大量に作ったように。


「ぜっ………」


 リョクチュウがしばらく呼吸を整えて、言う。


「全部か?これは―――今までの、一つじゃなく、これ―――」


 呼吸を整えても困惑の声色だった。

 言われて注意深く見てみれば、完全に岩ではなく、『見えている』部分がある。

 すなわち灰色の岩が崩れて、中の絡繰が見えている。

 部分的に文明の跡が覗いている。


「やっぱりおかしいよ、ここ………人間界は」


 シトリンが呟く。

 その表情には、帰りたいと書いてある。

 そこには恐怖と―――いや、もっといいがたい何か、気味の悪さ。


「おい、コハク」


 隊長は言う。


「くだらんぞ。ゴミを見ても何も思わん―――このまま町に行けば、わかることだ、人間界の町にな」


 そう言って踵を返し、一同に背を向ける隊長。

 進んでいく。

 まだシトリンが何かぼやいていた。

 結果からすれば―――この時シトリンの言うとおりにするのも、一つの手だったかもしれない。

 後に起こる事態を思えば。


「おおぃ」


 最後にバスタムが、ぼそりと呟いた。

 はがした、はがれた、岩の横穴から内部に身を入れ、入り込んでいる。


「これ、壁をはがしたんだけどよ、空洞があるぜ、なんか、乗れるんだけど」


 入り込むというよりも、腰かけていた。

 腰掛ける場所には羽毛性の素材であり、それも劣化により破れはしていたものの、座り心地を考えて作られているようだった。

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