第二十二話 猿~森林地帯~ 六

 キンセイ隊長に報告を終えた後に、その夜を越した。

 森で休むという案は見送った。

 流石に危険である。

 岩場が、朝日を受けて薄く輝き始めた頃、皆起き出した。


 欠伸あくびをする。

 眠気ねむけまなこで少し歩き、そのせいで俺はひび割れた地面に、足を引っかけてしまう。

 危うく転倒しそうになり---


「おっと---」


 ばん、と岩に手をついて。

 転倒を防ぐ。

 岩の表面から、灰が少し舞う。


「何やってんだ、行くぞ」


 俺はバスタムから呼びかけられても、しばし、ぼうっとしていた。

 何か---何かが判然とせず。


 俺は岩を見る。

 黒く、灰色く、残骸のようにがたがただった。


「おおい、コハク」


「あ、ああ---」


 俺は歩いていく。灰色の、俺たちの背丈ほどのサイズの岩が並んだ岩場地帯を、今日も行く。










 ケイカンは隣にいたシトリンに近付いた。


「シトリン、気になってたことがあるんだけれど---」


「え?」


「あの時---島にいたとき、何故持ち場を離れたの」


「えっと---」


「洞窟を見つけたとき」


「ああ、あれね!」


 妙に楽しそうである。

 任務に違反したといってもいい事案なのだが。


「潮の満ち引きがあるの、知ってた?」


 言われて見れば―――いや、気づかなかった。

 小規模の、氷点下の洞穴どうけつは。

 海辺の、海水が半分入り込んだ地形だった。

 海水の上昇具合によっては全く見えなくなるだろう。


「海のあの辺り、あの時間帯じゃないと無理だったの。探しやすいのは夜の間」


「だからって」


「いいじゃん、人間いないし」


 もはや絶句する。

 あっけらかんと、彼女は笑顔だった。

 かける言葉は見つからず―――ただ、この任務が終わったら軍鬼をやめてほしい。

 いずれ近い未来、これとは違う何かをやらかして処分を受けるだろう。



「遠くに町が見える」


 眼下に、都市が見えてきた。

 魔界の中心部とは建物の形状が違うようだが。

 そのまま進めば、町に降りることができるだろう。

 朝の霞がうっすらと白く覆っているが、以前に見た無人の島の村よりも、はるかに大規模だった。


「人間は千人、住めるかな」


 バスタムが言う。


「もっといると思うけどね」


 シトリンだ。


 コハクは真下を見ていた。

 地面を見ていた。

 地面は、ボロボロに劣化している。

 いたんでいる。

 そして―――。







 後ろから殴打する音が聞こえたので、振り向く。

 バスタムは驚愕に目を見開いた。

 コハクが岩を殴りつけ始めた。

 灰色の岩を。

 片手で、いや両手を使い始め、ばん、ばん、ばんと音を響かせて。


「はぁ………?」


 コハク、一体、何を―――?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る