第二十八話 大いなる英知 五
大都市の廃墟を離れ、人間界の森の中を進む鬼たちの一行。
人間界調査斥候部隊の鬼たち。
敵がいない、人間がいない森を歩いている。
今までは、いつ人間が現れるか、という恐れが付随していた。
しかし、何もいない―――少なくとも生物はいないと確認が取れた。
軍鬼服、全員が魔導砲を携帯している。
本来ならば物々しいはずの行軍。
筋力も、人間より屈強である。
だがその背には、力が感じられない。
これこそが、はるばる人間界まで旅立ち、未知の世界を切り開いた魔族の姿なのだろうか。
戦った者たちの全員が、望むものを手に入れられるわけなどない。
いや、戦いこそが、望むものではないのか。なかったのか。
行軍のその先には果たして、新しく設置された第三の界門があった。
キンセイ隊長は操作して、画面を出現させる。
魔界側につなごうとするキンセイ隊長。
その間に、俺は考える、この後どうするか。
「人間は住んでいなかった」
………少なくとも、地上には。
それが真実。
「あの部屋で、『大いなる英知』が言っていた、人間がごく僅かしかいない、というのは本当か、見てはいないが」
見ていない。
実際には目撃したわけではないが、魔界側の予想よりもはるかに少ないことは確かだ。
目撃しなくとも人間の戦力を把握することは魔界側にとっても重要だろう。
人間界には人間が繁栄し、支配しているはずだった。
それは千年前と変わりない―――いや、千年前よりもより、その傾向は強いと考えていた。
「彼らが
実際には人口が少なく、そしてこれから大きく繁栄する見込みもない。
地下空間に広がるとされる避難場所。
人間のちから、科学がないと作れない代物であろうが―――。
完全に、いなくなっている、生息できなくなっているよりはましである。
完全に絶滅していないだけ、いいのかもしれないが。
結果は―――。
「重要なのは、人間界の空の下を
「
「それは―――」
認めざるを得ない。
こればかりは人間の自己申告とは違う、ほかならぬ自分たちの部隊が進んだ道だ。
部隊全員の目に映った、『伝説の人間界』の風景だった。
伝説であり、おとぎ話であり、恐れ慄いた。
同時にそれは憧れ、
結成された鬼の小隊が行った、島での滞在―――こうなると、いったい何だったのだという気がしないでもない。
調査しないと、この絶望的な事実もわからなかったのだが。
それが今の日本。
いや………日本だけなのか?
この人間界全体が、そうなのだ。
「汚染されたといっていた」
そんなことを言われようとも………どうすればいい、一体。
汚染されてるのは魔界だって同じだ。
ルミリオめ。
「これからどうなる」
「これから―――?ルミリオよりはましだろう、ここで育てればいい、魔界の動植物を、そうだろう?」
そうだろうといわれても、わからない。
答えを返せない。
そんな目で見るな。
俺は所謂よくいる軍鬼であり、畜産魔獣学者でも魔界栄養学の権威でもない。
と、ここで
キンセイ隊長を見る。
『ザ………………ザザ』
開門の通信画面に
操作して、画面を魔界側につなごうとする隊長だったが、どうやら苦戦しているらしい。
話しかけられる雰囲気ではない。
「邪魔しちゃ悪いな、もうちょっと無駄話をするか」
「無駄なものかよ―――これからどうするか、重要なことだ」
第二十三小隊の、これからどうするか―――今後の行く末。
「任務は
重要なことは、終えた――――シャコツコウは感情を感じさせない目で、そう締めくくろうとする。
樹上を見上げる。
心配なら、他にもあった。
今、この瞬間にも表れるかもしれない心配だ。
黒い絡繰は―――現れない。
ぶぅーん、ぶぅーんという、あの耳障りな音が思い起こされる。
やつがいつ現れるかわからない状況だ。
気が抜けない。
だが人間が自衛のために地上に置いてあるそれを、止めろと言える立場でもない。
ケイカンの腕を傷つけたそいつは、この国の防衛線の一つであるらしい。
「遠くの山が
バスタムがかすれた声で投げやりに言う。
背が曲がっている。
千年の時を経た人間界の全容―――と言えるもの、を知ってから、奴の声に覇気がなくなった。
敵である人間が、危機に瀕していることが、気に食わないのか?
俺は―――俺にとっても気持ちの整理がつかなかった。
人間は、気に食わないとは言わないが、これでは………。
なんだ、この感覚は。
「バスタム―――最悪の場合を想定してみれば、
リョクチュウは言う。
否定しづらい。
奴は―――黒い絡繰は、視界の悪い森林を自由自在に移動していた。
恐ろしい絡繰だった。
だが、どうしてそう、耳障りな―――鬼がいやがることばかり言うのか。
………人間ならば、人がいやがること、と表現するのだろうか。
しかもいつも通りの表情で。
対策を講じろ。
状況は悪いですって言ってるだけじゃねえか。
「そもそも、あれが一匹―――いや、一体というべきか?それだけだという保証が、どこにある。他もいる可能性がある」
複数の絡繰。
考えたくもないことだ。
そもそも島で襲撃してきた『雉』―――白い絡繰の他に、存在していたことも驚きなのだが。
「それはそうだ―――が」
黒い絡繰が、あの時は俺たちを攻めるために、邪悪なる人間に送り出されてきたものだと考えていた。
だが、攻めるためでなく守るため、だとするなら。
あの大都市を守るためだろうか。
それを目的とするなら、それ相応の数がいるだろう。
十か、二十でも―――周囲を守り切れない。
廃墟ではあったが、規模は確かに大きかった。
「白いのもいるでしょう」
ケイカンだ。
「ああ、あの『雉』か―――」
「白い絡繰が
樹上を縦横無尽に駆け回る。
黒い影。
長い腕でもって―――ぶら下がり、移動する。
「『猿』、だな」
「
しっくり来る。
耳に
自分が小さな頃から、聞いたことがあるような、敵だ。
むかしむかしから。
「正式にはなんだ、
森林に潜む、黒い絡繰の正式名称。
大いなる英知が名付けたのか、人間が名付けたのかは知らないが。
人間言語の発音は、苦手である。
「それは『雉』のほうじゃあ、無かったか」
「言いにくい、『猿』でよい」
隊長の方を見ると、いまだに魔界への通信の画面は
「………………長いな」
「ああ―――最初っからポンコツだって、俺は思っていたけどな」
しかしまだ繋がらないのは、異常である。
すこしばかり気になる点だった。
キンセイが、振り向く。
「報告はいれたが、途中で止まっている状態だ。もう離れてもいい。復旧できれば『向こう』が勝手に確認するだろう」
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