第二十九話 第二十四小隊 一

「まだ直らないの」


「少々お待ちを。終わったら報告が来ますよ」


 急かさないでいただきたい、私が怒られている気分になる―――。


 人間界調査の指令室で、土蜘蛛族の男は思った。

 八本の脚のうち、上の四本を使って画面を操作している。

 彼以外には不可能な手際で仕事を進めている。

 それは敏腕というよりも、生まれつきの多腕であった。


「界門に第十八隊、ああ、マレブレンケ隊ですね―――彼らが入って、その試験結果が来ています………境界性通路の途中で、通路が崩落質になると」


「不安定なのはわかったけれど、原因は?」


「境界内の組織の不安定ですね―――接続が急に弱まる、と」


 ルバーヴは歯噛みする。

 頼りにならないのは境界性通路か、それとも扱っている連中、法族か。


「境界性通路も厄介なものね………人間界が千年ぶりだというのはもちろんのこと、そこまでの道のりにも謎が多いわ」


「通路に関しては、定期的に整備されていたらしいですが………千年のあいだ、完全に放っていたわけではないので」


 危険であることはわかっていた。

 しかし連絡が取れなくなると苛立ちは抑えきれない。


「どうやってつなげていたのですか、そもそも」


「どうやっていたのかしら、技術班に聞いてちょうだい」


 投げやりになるルバーヴ。

 元々気だるい喋り方だったが、さらにさらに、吐息が絡まったような話し方。

 いちいちエロティックである。

 土蜘蛛族の男は苦笑いしか出ない。

 色気よりも胡散臭うさんくさい印象の方が先行する―――と彼は感じていた。

 常々つねづね、感じていた。


「なんてね、冗談だわーよ、アタシだってうっすらと知っているわ」


「うっすら………?」


「固体………」


 男の反応を見ずに、彼女は思い出しながら言う。


「光のように乱雑に動いている場所だけれど、それでもトンネルを作れるだけの固体は存在するわ、かき集めて―――それはせいぜい一本が限界だけれど、トンネルか、あるいは通信回路ならもう少し楽」


「はぁ」


「そろそろ連絡は来たかしらァ、キンセイちゃんから。………移動じゃあなくて連絡だけなら難易度は下がるわ」


 界門の使用粒子、その容量の問題である。


「調べてみます」


みやこに入るらしいから忙しいかもだけれど」


「都………」



 最後に受けたのは、大きな町に入るところだという報告だった。

 ―――みやこ

 人間は、大規模な集落、経済の中心地のことをそう呼んでいたという。

 これも伝説上の記述だが。

 人間界で、いよいよ人間と遭遇する機会があるとしたら、そこだろう。

 遭遇がなくとも、何重大な事実と関わることは有り得る。

 連絡をよこす暇がないということも有り得るか―――。


「あ、一件来てます」


「本当?」


「途中でデータが破損していますね」


 一部しか読み取れない、と土蜘蛛族は言う。


「それも………不安定か」


「あぁ―――人間界からは良い成果がこれ以上得られそうにない―――といった内容は読み取れます」


 思っていたよりも厄介なことになりそうである。

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