第十四話 滞在の終わりさらば鬼ヶ島 二

一晩開けると鬼が一匹、いなくなった。

それではいなくなったシトリンは、どうしていなくなったのであろう。

人間界のど真ん中で。

敵地のど真ん中で。


「コハク、たぶん田舎いなかだぞ、ここは」


「―――いや、黙ってろバスタム」


俺は嫌な予感がしたが、『雉』を連想したが、幸いながら、それは外れたらしい。


「シトリンは先に行っている」


キンセイ隊長がそう言って、背を向ける。

俺たちは、一瞬、何か危険なことがシトリンの身に起こったのかと驚いていたのだが、どうやら隊長は居場所を知っているらしい。


「洞窟だ」


「洞窟―――?」


隊員はそれぞれ、怪訝な顔をしながら、しかし着いていく。

村での見張り役ではなかったのか?


ちぃ、シトリン、あの気分屋が。

じっとしていろという気ではあったが、あいつは最初に配属された当初から行動が読めない女である。



俺は俺で、人間界遠征部隊に選ばれた変わり者ではある。

そういう自覚はある。

同期の奴らからは、エリートだと言われたが。

魔界で、訓練中は。

キンセイ隊長は苦虫を噛み潰したような、しかし笑いを表情に浮かべていた。


「どうも個性が強い奴が多いな、合格者は」


界門適性試験を抜けてもけろりとしている面々に、言ったものだ。


もっと素直に言ってもいいんですがね?

なんでよりにもよってお前らなんだよ―――、とか。


しかし、隊長の行動に不審点があった。

塒としている大洞窟とは違う方向―――いや、はっきり逆方向と言ってもいい方に、歩いていくのだ。

松の木の下を、抜けていく。

俺は声をかけようとしたが、ぐんぐんと、進んで、海辺に降りていく。

岩盤地帯だったが、二日目に古い舟を見つけた島の東側とは、また違う場所だった。






シトリンがどうやってそこにたどり着いたか知る由もないが、その洞窟の報酬に、皆浮かれた。

彼女は不敵な笑いを浮かべていた。

見張りはどうしたんだよ、さぼったのか、と言いたげな隊員は何人もいたようだが、彼女の表情を見て、なんとなく不振になる。


「島の全容を把握したつもりになっていたが、こんな場所があったのか」


暗い洞窟は、海とつながり、海水が流れ込んでいるのだ。

洞窟内部は、空気が違って感じられた。

下から立ち上る白い煙、それは村へ降りた際にあった霧ではなく。

氷による、冷気からくるもの。

凍った海が、そこにはあった。


「洞窟内は気温が上がりにくいのだろう」


リョクチュウは感心して、視線を落ち着かなくさせて、言う。


「魚だ」


それほど深くはない氷の底に、魚が見える。

動いてはいない―――海水ごと凍っている。

しかもなかなかの数だった。

少数の部隊が数日間、生活するのには十分な。

天然の冷凍庫であった。

大収穫である。


火を焚いて、焦げ目がつくまで焼いて食べた。

酒盛りまでできればいかにも鬼ヶ島の鬼、といったところだったが、あいにく任務中だ。

軍規に背く。

皆、酔ったように喜んでいたが。




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その日の夜だった。

界門の前で機器を操作する、隊長キンセイ。

青い肌をした、冷静な思考をする鬼。


彼は考える。

敵の意図。

人間の意図。


「人間は何が目的なのか―――」


非常に高度な絡繰。

それを用いて自分たちの部隊を攻撃するという、スタンス。

人間の作戦行動自体は理解した。

しかし、それにしても、人間が姿を隠していることは気になる。

読まれているのか、こちらの………、鬼の行動が。

魔界の部隊の行動が。

なるほど絡繰からくりを用いることができれば、人間は姿を現さずとも俺たちを攻撃、倒すことができるという訳か。

卑怯な―――とは言わん。

人間は、人間の犠牲を出したくないのだろう。


人間はこの小隊が島を訪れたことを知り、あの白い絡繰を送り込んだ。

一日目―――一日目が鍵だ。

おそらくは。

我々が洞窟付近だけにいた、その日その時に、村にいた人間たちは我々を攻撃する作戦を立てた―――。

先手を取られた。

と、見るのが自然………『戦争』では別段、おかしなことではない。

やはり読まれている―――のだろうか。

いや、違う。

あの村にはそもそも人間の痕跡すら、ない---最初から白い絡繰りのみがこの島にいた。

そう考えるべきだ。


界門を開ける地帯は、魔力との相性がいい、親和性がある地域でなければならない。

予測されたのか………?

我々の襲来を。


しかし千年ぶりに訪れた我々に対して、それでもこのような軍事行動を起こせるとは、流石に、知能が高い種族である―――。

疑問。

疑問が重なる。


「答えは出し終えていないが、人間は鬼を攻撃しようとしている。だが、酷く方法が雑だな。これでは、そう―――中途半端とさえ、言える」


厄介な問題だ―――くそう、まだ、もう少し情報があれば、とキンセイがそう考えたときに、機器が反応した。

界門が魔界と接続したのである。

黒い眼晶装の女性が、画面に映る。


『キンセイちゃん、今日もお疲れ様。解析結果データが出たわよぉ、あら、どうしたのよォ心なしか、嬉しそうね』


「ん―――」


そう見えるのだろうか。

調査が進んでいるのと、隊の活気があるのと、両方は否定しないが。


『まあいいわ、採取した砂のデータだけれど、白い異物が多いって言ったじゃない、アレ―――正体がわかったわ』


「最初に取った砂じゃないか、ずいぶんと遅いな」


言いつつも、期待はそれほどしていない。

解析班の実力をどうこう言うつもりはないが、今回は異例中の異例。

この斥候任務、キンセイ隊についても言えることだが。

千年に一度起きるか、という案件なのだ。

まさか自分が担当する羽目になるとは、思わなかっただろう。

頭が痛い。


『うーん…………あちらも色々とあるのよ………まあどこの部署も何かあるけれどね―――どうも鉱石だと思って調べていたようなのよ。だから解析班も間抜けねぇ、ま、アタシは解析なんてできないから言わないけれど』


少し黙る。


『やっぱりこの砂に、異物が多いわぁ。これは『鳥の骨』よ。死骸と言ってもいいわ。砕きやすいの。ぱきぱき、音が鳴るわね』


―――鳥の骨。

キンセイは少し黙る。

―――トリに似ていると感じました。動き方が。

コハクの証言が、脳裏を過ぎる。


「―――それは………それは、海鳥の骨、ということか?」


『え―――?そうね、周囲が海に囲まれた島なんでしょう?海辺だから川の鳥とは違うかもしれないわ―――人間界の細かい品種までは、これから調べるところよ』


「いや―――調べなくても結構。白い絡繰からくりの一部ではなかったのか?」


白い絡繰。

それはコハクいわく、鳥のように動いたらしい。


『白いことは白いけれど―――こればっかりは生き物よ、ちゃんとした、かつて生き物だった、もの』


「………」


―――ぱき、ぱき。

通信を通して、砕ける音は、何か乾いた菓子のようでもあった。


「まあ、あってもおかしくないものと言えば―――あってもおかしくないかなと思うけれど」


鳥だって生き物だから、いつかはそうなってしまうしね。

彼女は言った。

そうして、その時の魔界との通信は終わった。

キンセイはこれまで、調査結果を毎日送っていた。

重傷者が出たとはいえ、未知の世界、人間界での任務が、現時点でまっとうできていることに、充実感を覚えるときもあった。

得難いデータを、確実に得ているという、事実。

しかし、何かが足りないと感じるときもあった。

満たされない。






―――ぱき、ぱき。

魔界からやってきた、軍鬼たちは砂浜を歩く。


もはや人間界は慣れたもの。

そう言わんばかりの我が物顔で人間界をのし歩く、戦うための鬼たち。

―――ぱき、ぱき。

朝陽に照らされた、七人の鬼。

見渡す限り、一面に転がっている脆いそれを踏み砕きながら、部隊の鬼たちは歩いていく。


「隊長、どうしたんですか、魚焼けましたよ」


シトリンが明るい口調で言う。


「食べないとチカラ出ないですよ」


「………あ、ああ」


本当に食えるのかよ。

ご先祖さまも住んでたんだから余裕だろう。

俺は食うぜ、魔界の携帯食はもうたくさんだ。


そうやって、鬼たちは火の回りではやし立てている。

串に刺した魚が、き火を受けて、焦げ目を作り始めた。

これで酒盛りでもしていれば、まさしく鬼ヶ島の宴会といった図である。

人間から忌み嫌われる、鬼の集団。


キンセイはそれを、やや離れた場所で、呆然ぼうぜんとした心持で眺める。

残り二日の滞在期間を、黙って過ごした。

伝説の人間界。

その小さな島の滞在は、終わりを迎えていく。

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