第十五話 魔界 一

七鬼の鬼たちは魔界へ向かって界門間の境界性通路を渡っている。

来た時の道を、逆に戻っているということだ。

だが、通路の状態は常に変化しているので、気は抜けない。



「境界性通路の色が紫から赤に変わっていく」


魔界が近くなってきた証拠である。

時期に、出口が見えてきた。


「戻ってきたな」


「ああ、戻ってきたよ―――愛すべき故郷だ」


新鮮な瘴気が鬼たちの鼻腔を抜けた。

今までが随分息苦しかったのでは、と感じさせる、懐かしい空気である。

鬼のための、魔族のための大気。

やはり人間界は真の故郷ではなかった、と悟る。

あれはあれで、あそこはあそこで、見たことのない新鮮さ、眼福な風景ではあっただろうが。


「おかえりなさい、隊長さん」


黒い眼晶装がんしょうそうを目元にひっかけた風な容姿の女性が、かつ、かつと靴音を鳴らしてキンセイに近付く。

風も吹いていないが髪が優雅に揺れているので、少し気になった。


「早速だけれど『次回』のお話よ」


「わかりました―――お前たちは別だ。説明を受けろ」


キンセイ隊長と別れた後、鬼たちはそれぞれ身体検査を受け、解散した。


それから数日はゆっくり休んだが、これですべてが終わるわけではない。

本来ならばお役御免で、他の部隊が行うことを想定されていたが、次の任務が待っている。





「どうだった!」


「どうだったんだよ人間は!本当につのがないのか」


「巨大だったって聞いたぜ。俺たちの身長の三倍はあるって、なあコハク!」


「目から光線が出るって聞いたぜ!」


建物の外まで、違う部隊の連中はしつこかった。

俺たちに聞きたいこと山ほどあるようだ。


「リンカイはどうしたんだ!やられたのか、人間に!」


流石にその発言には苛つき、振り返りそうにはなったが、目的地へ向かって歩く。


普段は大人しい奴らなのだが―――いや、どうかな。

まあたまにいる、許せる範囲の男の鬼だろう。

好機の視線で狂気の中。

一部の下品な鬼が、周囲の冷ややかな視線を受けながら怒鳴る。


「人間のデコって、角がないんだろ!オイ、それならなにがついてんだ?角の代わりに何がついてんだよオイ、答えろコハク、ぼけ」


何なんだこいつは、俺たちが遠征したのが羨ましいのだろう。

はやく暴動の処理に回されろ、ボケ。


「わかった、アレがついてんだろアレが!アレってホラ、股間についていて普段は公の場ではさらさないが―――」


「うるっせーな!お前たちにも付いてっだろ、標準装備だろうが!」


俺はあしらい、身を翻し、魔導医療署に入る。

多くの魔族の利用する、巨大な建造物だ。

そもそもここは鬼よりも、他種族が主に働いているイメージが強かったのだが。


巨大な建物、その中を歩く、隊長を除いた六人の鬼。

この日は、任務がない故、軍鬼服ではない。

それぞれがそれぞれに、私服。

私服で見るととにかく、島で滞在していた時とまったく違う別の鬼に見える面子だった。



私服でも装飾を抑えた服装のケイカンは、周囲と目を合わせずに歩くように心がけた。

目立たず、お忍びで来る予定ではあったのだ。

知り合いに見つからないように。

うるさくなっては困る場所なのだ。

『彼』はまだ、安静にしていなければならない。

知り合いの鬼はいるだろうか。

そういうものからは離れないと。

いや、モノじゃあないけれど。


と言っても、医療従事の魔族は―――鬼族は少ない。

それはいろいろいた。

色んな奴、と言ってもいい。

翼をはやした者、腕の数が違う者、瞳の数が違う者、尻尾が服の裾から見えている者。

様々な者がいるが、皆忙しそうで、ケイカンを注視するものはいなかった。


彼女は顔を上げる。

廊下を歩いてきた、一人の人間―――のようなものにすれ違った。


白い色の綺麗な顔。

その奥にうっすらと赤い、人間の血のような温かみを感じる、鬼だった。

確かに鬼だった。

表情は何を想っているのか、つかみ取れない。

視線も遠い。


「―――おいケイカン、こっちだぜ」


「あ、はーい………」


そのまま、目的の部屋まで歩いていく。







「おお!うっわ懐かしい!」


医療建造物のもつ、独特の、治療魔導の匂いがした。

黄色の鬼、リンカイは寝床で横になって待っていた。


「なつかしいってなんだよ!いや三日ぶりじゃん」


「もっとだろ、二週間か」


「いや、ああそっか、俺寝ててさ、ずっと」


リンカイは服を着ているが、その服の下、腹には清潔な布が捲いてあることであろう。

あの後、リンカイは彼なりの戦いがあったのだ。

それを―――『戦いの痕』を自分で撫でようとして、


いっつつ………………あーあ」


びくりと仰け反る。

ケイカンが心配して手を伸ばそうとした。

しかしこうして話せるというだけで運がよかったというべきであろう。

俺がわずかに笑っているのを見て、リンカイは表情を歪めた。

慌てて真顔を作る。


「リンカイ………土産みやげと言ってはなんだが、任務は進んだぜ」


「けっ、か、か―――俺抜きでご苦労様です」


不機嫌そうな黄色の鬼。

流石に二日目で退場は、その感情は察するに余りある。


「村に降りたんだぜ俺ら、人間のいたはずの村に―――」


そういうと、がばりと飛び起き、再び顔をしかめるリンカイであった。

腹を押さえている。


「早く聞かせろ、早く――――」


「そう焦るなって、まずはな―――」





あれから数日後、場所は本土上陸用大界門の前。

最初に使用した、島への移動用よりも大きい。

第二級界門だそうだ。

サイズの違いは感じられた―――それは扉と家屋くらいの、規模の違いがあった。


天高く、魔界の風を受けてはためいている、旗。

そこには紋章が描かれている―――濃紺色の背景に金色の『角』が描かれ、二本、交差したシルエットだった。

ばたばたばた、と音を出してはためくそれは。

我らが魔軍鬼の、シンボル―――正式旗である。


「前回の、人間界調査遠征だが!我らが誇り高き軍鬼の、『第二十三小隊』改め、『人間界斥候調査部隊』の八角………!彼らがァアア、全員帰還できたことはァァア、実に!得難い成果である!」


にぶくきらめく紫色の肌をした老齢の鬼。

キソウエンコウ上級軍鬼は言う。

言うというよりも、叫ぶ。

俺が入隊したころには、既にあんな調子である。

地鳴りか、もしくは土砂崩れのような声色こわいろだ。

顔の皺も多く刻まれ、顎が溶岩のような風格である。


「その諸君らの協力にィ、感謝するゥ! 人間界から得難い成果が得られたァ! 諸君らの協力なしにはァ! 得ることができずウ!」


荒れてささくれだった角が重金属のような風格を持っている。

俺も年を食ったら、それなりにシブい存在感を出したいものだ。


鬼のことを一角、二角と公的な文言では表現することがある。

角は鬼の象徴であり、天を指す、真っすぐな意思の表れである。

多くの部族の軍旗にも、角が描かれている。

象徴、シンボル。

人間界には『武士』という職業があるらしいが、彼ら武士にとっての『刀』のようなものだ。



「しかしながら、任務中に敵の攻撃に会い、一角が負傷したァ」


リンカイのことだった。

負傷を目の前で見た俺の心は、やはり落ち着かなくなる。

絡繰。

さらにその絡繰を島に送り出したであろう、人間がいまだ姿を現そうとしない、ということも焦りを加速させていた。

すべての元凶、人間め。

単なる怪物ではない、知能犯。

老鬼なら、歴戦の鬼ならば、こんな感情的にならないのだろうか。


「そのためッェ―――新たな!勇ましい戦士、鬼を迎えるゥ!入り給え」



自分と同じ軍鬼服に身を包んだ鬼に、ケイカンは顔を上げる。


白い色の綺麗な顔。

その奥にうっすらと赤い、人間の血のような温かみを感じる、鬼だった。

表情は何を想っているのか、つかみ取れない。

視線も遠い。


「………ウレック」


その呟きが彼の名前のことだと気づくのに、数秒を要した。

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