第十六話 魔界 二

ここで我らが故郷、魔界についての、簡単な解説をしよう。

魔界。

俺たち鬼族の棲み処。

いや―――鬼族だけではない、そこまで言い切るのは傲慢が過ぎるというものだ。

魔族全体の棲み処なのである。

その魔界の、状況。


と言っても、何のことはない、俺たち鬼が生活する世界のことだ。

俺がいて、家があり、家族が住んでいて、学び舎だってある。

今は公式の軍鬼部隊に世話になっている身だ。

鬼のほかにも様々な魔族が生活している。

というより、鬼は少数派であるが。

採掘した魔石がエネルギー源となり工業を回している、という点は人間界とは違うかもしれない。


平和。

平和だった。


かつては血で血を洗うような大戦争が起こったらしいが、それも、一回や二回ではないらしいが、はるか昔に起こった出来事であった。

それは、魔物と魔物の戦い。


ほとんど体験したことのない事件であった。

魔界史の授業で、教本で見ていただけであり、単なる文字列。

俺のような、現代の鬼には一生、関係のないことのように思われた。


人間についても。

人間については―――ほとんど伝説や作り話の類に近かったが、確かに魔界にもいたらしい。

おかしな話ではない―――界門という出入り口がある以上、人間が魔界に来たという話もあるらしい。

こんな面白くもない世界に何の用があってきたんだか。

理解に苦しむが。


争いを連想するのが軍鬼としての俺であるが―――交易こうえき目的の者なども、いるにはいたらしい。

だが、結局は相容れず。

水と油で。

ルシフェル公のおっしゃるとおり、おおよそ千年の間、絶縁状態であるらしい。


魔界史は苦手だった。

魔物の名前がすさまじく覚えにくい。

暗記科目は嫌だ。

ケイカンは成績上位だったようなので素直にすごいなあと思っていた。



しかし、そんな魔界も今はこのざまだ。

食糧難で治安が悪化し始めて、暴動、運動、数知れず。

それでもこの国は今まで平和だったのだし、すぐに収まるだろうという期待もむなしく。

平和だった町は多くが荒れ果てた。


ルミリオ。

元凶はいくつか挙げられるが、主にこの魔獣の影響である。

それの外見は大型の甲虫のような姿をした、魔物。

指定有害魔獣に特定されている魔物。


特徴―――雑食性で、食欲旺盛。

たくさん食べるが、このルミリオを俺たちは食べることができず。

おまけに毒素をまき散らすという性質まで持っている。

大量発生する年としない年がある。

その生態は謎が多い。

大量発生には多い時と少ない時の周期があるとか何とかで、今はどちらなのかはお察しだ。


暴動、運動、数知れず―――テロリスト同然の騒ぎを起こすものもいるが、こんな世の中では仕方がないと諦めるものもいる。


その魔界を救おうと立ち上がった―――送られたのが俺たちということだ。

こうやって説明すると英雄的なものを感じる。

誇らしい。

責任ある立場のように聞こえなくもないが、自分自身で、よく適正訓練に通り、界門をくぐることができるものだ、という驚きがある。

もっともベテランとされた『三賢隊』など、もっと名の知れた部隊が担当してもよさそうなものだったが。

比較的若い鬼たちが集まったように思う。

自分でも理由がよくわからない。

不思議なものだ。


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「今回の『人間界遠征』は前回のような島の探索とは違う点がある」


境界性通路。

人間界に向かう。

キンセイ隊長は俺たちに説明をする。

比較的若い鬼たちが多いといったが、彼も整った童顔だった。

若くして小隊長になったという点では、優秀な鬼材である。


「コハク、なんだかわかるか」


「はい―――『滞在』ではなく『行軍こうぐん』であり、ええと、移動し続けるという点です」


「そうだ。我々は決まった拠点は持たない」


島にいる時点で、予想はしていた、俺たちの次の任務。

日本列島、そのもの、本土への上陸。

陸地の面積で言うならば、島の比ではなく。

小隊で歩いて一周出来るような広さではない。

そこを移動するのが俺たちの部隊ということになる。


「え、日本のどこからどこまで?全部?」


「そんなわけないだろ」


バスタムとリョクチュウがコントしていやがる。

事前説明によると、千年前に人間の集落があった近辺を狙うらしい。

記録、と言えるようなものではないが。

相も変わらず情報が少ない。

完全にあてずっぽうよりは人間との遭遇確率が高いだろう。


「リンカイ、元気そうだったじゃん。よかったね」


シトリンが呟く。

俺は少し黙る。

それはそうだが、これから敵地に向かうという心づもりのときに、頭の外に飛んでいた考え、想いである。

今言われるとは思わなかった。


「シトリン、無駄口を叩くのはいいが、今回の目的は」


「リンカイは無駄ではないですよ、もう隊長ったら………『人間との接触』でしょう」


「―――そうだ。正確には、今現在の人間の生活の把握である」


島では、人間の家屋を、その廃墟を目撃した俺たち。

白い『雉』のことなど、人間の、人間に関係するものはいくつか分かったが、それでも、結果はある。

人間と会えなかった、という結果。

事実。

それ故に今回の遠征は決まったと言える。


「桃太郎と接触するまでか?」


バスタムが茶化す。


「その天下無双の人間男にんげんおとこが、千年後も生きているのなら、な………とにもかくにも、しかし隊長、決まった拠点は持たないとは―――ねぐらがないということですか?そして洞窟もないと」


「ああ、界門によって物資の補給や瘴気魔力は得られる」


「?………それでは、島の時と何か違うのですか?」


俺の疑問にこたえるべく、話に入ったのはリョクチュウだった。


「まず第一の界門を開く。そこから、第二界門に移動するのだ」


「そうだ。界門から界門へ、移動する。魔界への定期報告も、毎回違う場所で行うことになる」


「………」


「界門の位置座標は魔界から送られる。方角を確認すれば間違いはない」


第二に到着した次第を通達すれば、第一界門は消える。

そうやって、進む。


魔族である俺たちは、界門から漏れる瘴気で、その匂いのようなものを感じることができる。

大雑把な場所がわかれば、知らない道、人間界の道でも目的地を知ることができる。


無茶ではない話だ。

たとえ第一、第二界門が第三、第四界門へと進んでも。

だが。


「人間………」


シャコツコウがぼそりと呟く。


「人間と、接触をするの、ですか」


最後の敬語部分はぎこちなかった。


「人間と戦うことは避けられない」


「おいおい、決まったわけじゃないだろ、人間との戦争はよぉ」


バスタムが臍を曲げる。

大きな声で人間は俺が仕留める、と訓練時代に言っていたのはこいつなのだが。


「例の白い絡繰からくり………あの『きじ』の例を見る限り、好戦的な種族だとみておく方がいい………非常に好戦的な、種族」


そういうシャコツコウ。

事実を言われると、なかなか言い返しづらい。

反論しづらい。

確かにあの、白い鳥のような絡繰からくりは明確な敵だった。

和平への道筋―――こちらの誘いには応じず、味方にはなり得なかった。

被害者さえ、出した。


「今回も、戦えという命令は下っていない」


キンセイ隊長は言う。

この期に及んで、上はまだそんなことを言っているのか。

俺は苛つくが、しかし。


「魔界の本格的な軍を動員するということは、無いのでしょうか、俺たちだけでなく―――」


首を振るキンセイ。

確かに、軍を動員するというのは夢物語の類だ。

魔界は魔界のことだけでいろんな問題が山積みであり、そう、そもそも食糧難から、俺たちはここにやってきている。

はるばる人間界まで。


「ただし―――人里について、見つけたら調査はしないといけないな」


次も無人である、という可能性は流石にないと思うが。

そして、人間と接触するまで続けるらしい。

今回の旅路は。


通路の出口があった。

もはや慣れたもの―――というわけではない。

粘性の強い液体のような感触。

またもや、海から陸に上がるような、大気の変化があった。

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