第十三話 滞在の終わりさらば鬼ヶ島 一
「今日は報告がある。魔界からだ」
人間界上陸から、八日目の晩だった。
民家の一室。
裕福な者の別荘かと
魔界で療養中のリンカイを除く、魔軍鬼第二十三小隊、その七鬼全員が集合した。
「ああ―――諸君も耳にしたことはあると思うが、本土上陸の任務についてだ―――、この部隊に決定した」
「本土上陸って―――つまりは人間界の………?」
「この島だけでなく、『
一同はざわつく。
あれから報告は毎日、界門を通じて、魔界に送られていたようだが。
この島だけで調査を終えることはできなかったようだ。
まあ、状況は確かにあいまいなのだが。
やはり人間と接触できなかったことが大きい、という考えはあった。
それを達成するまでは調査が続くのかもしれない。
「それと、もう一つ」
「魔界の解析班のデータが送られてきた。一番重要な、例の白い鳥―――俺たちが『
書類を片手に、語るキンセイ。
隊員は少し黙る。
目をぱっちりと開き、素直に聞く姿勢である。
どこか一癖ある、個性的な面々にしては珍しい光景だった。
「やはり生き物ではない。―――あれは白い生き物、ではなく人間の作った『
キンセイが言いよどむ。
聞きなれない言葉、言いなれない言葉。
「から――?」
「
全員が動きを止める。
事実に衝撃を受けた、というよりも―――困惑。
困惑。
あれから数日が立ち、全員、頭は冷えてきていて、それぞれ頭の中で、雉の正体について違和感を持っていたのは事実である。
生き物ではない―――と聞いて、隊員の中には、やはりか―――と感じた者もいるだろう。
しかし。
純粋に、意味が解らない、という感想である。
「人間が作った人形のことだ」
それはリョクチュウしか知らなかった事柄なようで、室内には、彼の言葉だけが静かに
「歯車などの機構が内部に組み込んであり、人間の手を離れたとしても、自動的に動く。自分で、生命を持っているかのように動く物質だ。単純なものだと『時計』がある。時を刻む機械だ。古くは人間界の裕福な大名などが持つ、高級な
彼は半月形の眼晶装を指で少し上げる。
かたり、と鳴らして、調子よくしゃべり続ける。
「また、日本国外ではオートマタ、自動機械と呼ばれ、これも人形が多いが、オルゴォルなどの―――」
「はーいストップ―。おつかれ人間オタク―」
シトリンが気だるげに言う。
彼女はリョクチュウのことをあまり好かぬらしい。
「玩具?玩具だって?オモチャだってのか?」
バスタムは額に皺を寄せる。
とんとん、と自分の腹のあたりを指でたたいて示す。
リンカイは撃たれた。
撃ちぬかれたのだ。
『雉』はれっきとした、押しも押されもしない、兵器だった。
一同は、信じられないという顔をする。
魔界でも魔導兵器をはじめ、テクノロジーは進んでいるが、人間界に持ち込めるものにはある程度の制限がある。
比較的原始的な魔界道具を持ち込んでいる。
魔石加工の技術は進歩しているので、俺たちの装備よりも高度なものなどいくらでもある。
しかし、使えるかどうかとなると、また話が違ってくる。
人間界で、使えるかどうか。
造りが繊細なものになると、魔界の瘴気がある環境の外では、故障しやすい。
すぐに使い物にならなくなる。
何事も、シンプル・イズ・ザ・ベスト。
少なくとも魔界ではそうなのだが、人間界ではどうなのだろう。
「千年も経てば、それなりに人間界も変わるということだ―――にわかには信じがたいが」
滑稽なくらいだ。
リョクチュウは表情こそ崩さないが、目線を下げる。
「で、対抗策はあるのか」
俺は―――コハクは言う。
重要なことだった。
「知らないのか、そもそも知らなかったのか、リョクチュウよぉ」
「オイコラ、黙るな」
知らないものへの焦燥から、全員に焦りがみられる。
本来なら人間にぶつけたい感情だ。
「存在しなかったものは知らない」
というよりも、もう退治したのだからいいではないか―――と。
リョクチュウは小さな声で言う。
「が、俺たちのご先祖サマが行った時から、
最後の方は早口でまくし立てた、リョクチュウ。
キンセイ隊長は、場の沈黙を受けて、呟く。
「結局人間ではない、ということだ」
敵の正体は、過去に倒した敵の正体は、掴めた。
大きな一歩、前身であることに違いはない。
「いいか?人間はそんなものを送り込んでまで―――俺たちを狙っているということだ」
バスタムがそういう風に、言った。
場を総括したような、えらそうな台詞だった。
だが―――。
なんだろう。
この感覚は。
俺は素直に頷けなかった。
その日の晩は、そのまま夜が深まり―――やはりだが、人間とは遭遇しなかった。
しかしながら、家屋が家屋であるという確かな感覚があった。
洞窟にいた頃よりも、温かく感じた。
++++++++++++++++++++++++++++++
「今日はアタシだわ、夜中の見張り。ゆっくり休んでねコハク」
シトリンが洞窟の前に立つ。
「ん。頼むぜ」
「じゃーねー………」
生
………いや、今から眠そうでどうするんだよお前は。
これから見張りだろ、夜勤だろう。
そろそろ人間界の洞くつにも慣れてきた―――と言っても、出力を抑えた界門から、魔界の瘴気は漏れ出ているので、それに満たされている洞窟は、魔界とそう変わらない。
これぞ魔窟、といった風情だった。
環境は良好だった。
俺たちの部隊は交代で、夜は見張りを立てることになっていた。
敵地も敵地。
まさか全員が夜、ぐっすりと眠るわけにもいかない。
結論から言うと、俺はその日、ぐっすり朝まで眠った。
夢さえ見た。
どんな夢だったかは覚えていないが、壮大な夢だったと思う。
壮大な物語だったかもしれない。
或いは、昔話だったか。
人間ならば、知能が高い生き物ならば、あるいは夢の内容を完全に覚えれるのかもしれないなあ、なんてことを想いつつ。
眠りについていた。
何かあれば飛び起きることができるように―――という心構えもあり、実際そういう訓練を一通り受けてきた。
油断をしていなかった。
++++++++++++++++++++++++++++++
―――人間の
鬼たちが負けてしまいます。
―――負けちゃったのー?
幼い頃の、あたしの声だ。
―――そう、でもこれでようやく長い旅は終わり、魔界に帰ることができます。
―――つまらないー。
―――あらあら。でもね鬼たちはこれで気づくことができたのよ、大切なことを。
―――大切なことって?
―――それはね………シトリン、
寝ていたわけではない。
今のは夢ではなく回想。
おおっと、危ない危ない―――あたしとしたことが。
まあ立ったまま見張りをしているからぐっすり寝ることが出来るわけもないんだけれど。
直立不動よ、小隊のために。
「とはいうものの―――本当にいるのかしら、私たちを狙っている敵なんて」
人間なんて。
実在するのだろうか。
少なくとも私は、この島周辺にいないと感じている―――これは単なる勘なのだが。
リンカイが重傷なことは、私もいい気分じゃあないけれど、けれどこの島の静けさは異常だとも言える。
空を見上げる。
雲は
家族は、友達はどうしているだろうか。
故郷で泣いていることを望む。
あたしがいなくなって寂しいと泣き
………まあ、魔界の暴動とか、危ないところに近付いてなければいいけれど。
星空に混じって、光がふわりと現れた。
かすかな、小さな花が開くような光だった。
「………?」
少し大きな星が、現れたり消えたりするような、光だった。
ぽつりぽつり、橙色の光が浮かぶ。
浮かんでは消える。
遥か彼方で星々がぶつかっているのか。
………そんなわけはないか、流石に。
魔界産の、手持ち
「流れ星………かな」
魔界の天体、星空と違うが、これは人間界の自然現象の一種だろうか。
あたしは少し星空を眺めた後、魔導通信具に指をかけた。
これは報告に値する内容なのかもしれない。
あたしの感覚、感性で言えば―――まるで危険性はないように感じた。
対岸の火事、という感覚ですらない。
現象は、無音だし。
どうしよう、小隊全員は眠った頃合いだ―――全員を起こすほどの案件だろうか?
指で通信具をくるくると
風土調査。
今回の目的はそれだ―――自然現象についても、報告書は書かなければならない。
隊長はそれが仕事だ。
「―――隊長だけ、起こすか」
あたしは移動した。
++++++++++++++++++++++++++++++
「―――朝だ、今日の探索を始める。全員集合だ」
キンセイ隊長の声は、通信具越しでも、よく響く。
そんな声出さなくても、ちゃんと起きるっての。
洞窟の前に六鬼が集合する。
洞窟の前に、シトリンはいなかった。
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