第二十五話 大いなる英知 二

 ―――ずうん、―――ずうん。

 振動が起こる―――地面に散らばっている瓦礫がれきが小刻みに浮き跳ねる。

 白い埃が足もとに広がる。


「なんだこれは!」


「ほ、砲撃か?」


 建物の中を探索していたリョクチュウとバスタムは慌てふためく。

 敵の襲撃かと思い、まわりにせわしなく魔導砲を向けるが、依然として敵は現れない―――。


 ―――ずうん。


 砲撃と同等の振動が鳴りやまず、足の裏が、床と離れる。


「に、人間か?どこだ」


「建物の外に―――行かねば!」


 二人は走る。

 外に向かい。

 地響きは道路、外からだ。



 +++++++++++++++++++++++



 俺とウレックは。

 地下へ降りていた―――階段を下へ下へ、ひたすら、かなり下に降りた。

 白い廊下を走る。

 人間の、子供の背を追いかけて。


 いつの間にか、壁の様相が変わった。

 表れた廊下は白く、清潔さを追求し、清浄さも追求し、それ以外のすべてを許さないとでも言いたげな、そんな白だった。

 人間の子供が扉を開ける。

 空気が狭い隙間を抜けるような音が響いた。

 その奥へ、子供を追いかけて入る―――俺たちは部屋に、飛び込んだ。


 部屋の、地下ならざる光に包まれた。

 白い眩しさに撃たれて、目がくらむ。

 腕で、顔を覆う。


「―――む、う………」


 人影が二つ、見える。

 その方向に向かって、子供が、小さな歩幅でもって、駆けていく。

 小さい歩幅、物心はついているだろうが、幼い。


 椅子に腰かけている二人の老人がいた。



 ++++++++++++++++++++++++++++++



 俺と二人の老人は、しばらく立ち尽くす。

 椅子に座っていた彼らだが、目の色が変わった。

 目を見開いている。

 鬼を目にして驚いているのだろうか。

 異世界の住人を。

 俺もじとりと見つめられて、少したじろぐ。

 人間は、俺たちにとって異形の怪物である。


 息を止め、ぐっとこらえ、魔導砲を構える。

 だが、撃つ気はない。

 彼らに敵意はないようだった。


「すぐに攻撃、はしない―――しない、ここはなんだ」


 鬼族の言葉、言語は当然のように通じない。

 が、何も話さないよりはましだ、と思った。

 いや、これも違う。

 俺は知りたかった。

 知らないことに恐怖した。

 ここは廃墟ではない。


 白く、表面がつややかな部屋。

 現実じゃあない―――文明の匂いが今現在、立ち込める部屋。

 俺は気圧されていた。


 老人は二人とも怯えている―――のだろうか。

 いや、俺たちの容姿に、正確には角に、肌の色に驚いているようだが。

 彼らに怯えは見られない。


「なんの場所なのだ、ここは」


 俺は答えてほしかった。

 人間に、返事をしてほしかった。

 答えが欲しかった。

 それは助けを求める気持ちに似ていた。


 本当になんとなく、言葉を探すうちに気づいた。

 懐の中から、俺は黒い箱を取り出した。

 島での最初の砂浜探索の時に拾った黒い箱だ―――リンカイの戦利品でもある。


 人間の文明を感じさせる、素材の箱。

 それを、目の前に掲げる。


 爺はそれに気づき、はっとした表情になる。

 彼は椅子に座ったまま、すっと移動した。

 その椅子は恐ろしく静かに移動し、俺の前にまで移動する。


 ウレックが少し、魔導砲を動かしたような気がしたので手で制した。

 爺は俺の手から、黒い箱を受け取った。

 じとり、と俺の眼を見る表情からは、感情が窺えない。

 俺を敵視しているのだろうか。

 そのはずだ---が。

 俺は緊張の中、魔導砲を向けないように堪えた。


 爺は背を向けて踵を返す―――緩慢な動作で、追いかける気にはならなかった。

 彼は箱を何かの台に載せる。

 そうすると台が何か、小さく振動し、緑の光がともり、奔る。

 壁が一面、光り出した。


 静かに、物語が紡がれた。

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