第二十六話 大いなる英知 三

 映し出されたのは、にぎやかな町だった。

 その町には角を持たない鬼———間が溢れ、活気があった。

 まごうことなき大都市である。


 高層の居住物が立ち並び、動力はわからないが、地面から浮いて移動する鉄のかごがあった。

 空は青く、どこまでも広がり。

 空の向こうには太陽がはっきりと見えて存在していた。


 山が火を噴いた。

 灼熱の赤い波。

 それは山を下り、空は暗黒。

 空には雷雲と閃光。

 蒼い惑星に、山から舞い上がった灰色の空が広がっていった。


 地は髑髏どくろのようにひび割れた。

 作物は痩せて枯れる。

 灰色の空の中、人々は暴動を起こし、栄華を誇った町は荒れ果てた。

 飢えた。

 町は破壊されたまま放置された。


 鉄の、翼をもった絡繰が空を飛ぶ。

 爆発する兵器を大量に落とす。

 砲弾。銃弾。爆弾。

 争いは起きた。

 争いが起きたし、続いた。

 政府の高官が何かを読み上げる。

 角のない、おそらく平穏を求めた何の罪もない人々は、我先にと避難した。

 地下空間に広大な世界を築いてある。

 そこに逃げ込む。


 空の上、黒い星空の中を飛ぶ鉄の舟。

 砲を、光の矢を打ち合う、船。

 それは空を超え、黒い、その先の闇の空まで飛翔する。

 炎を噴いて、すすをばらまいて、落ちる船。

 争いは争いを呼び、灰色の空の中で、光が瞬いた。

 強力な兵器が使用された。

 おそらく使ってはならないとされた規模のものが―――使われた。

 何度も、何度も。

 光が世界を―――人間界を少しづつ埋めていった。


 光に包まれた地上は何もなくなり、人間は、しかし生きていた。

 地下で。


 地下での広大な空間を広げた。

 地上は空に滞在し続ける黒い灰で日光が遮断され、急速な寒冷化が進んだ。

 雪が、降り始めた。



 ++++++++++++++++++++++++++++++



 壁に映し出された光は、映像という言語で、俺たちに説明をした。

 説明を終えた。

 すべての映像を見終わって俺とウレックは、爺、婆の間にいる子供を見る。

 もう全身を隠すような被り物を取っていた。

 白い衣服に、角がない、綺麗な額だった。



 ++++++++++++++++++++++++++++++



 鬼の小隊の全員を地下に集めて、もう一度その映像を映した。


「これは―――」


 ケイカンが目を見開いて、隊長の方を見る。


「………これはどういうことだ?非常に精巧だが―――いや、本物、現実?」


 キンセイは顎に手を当てる。


「事実、なの?本当に?」


 シトリンが息を荒げる。


「つ、作り物だろう」


 バスタムが戸惑っている。


「―――地上には人間がいないことの………その理由だというのか」


 リョクチュウが言う。


 今までの地上での探索で、それは全員が周知している事実であった。

 待っても、攻めても、人間は現れない。

 現れなかった、会えなかった。


「―――地下には、この空間がある」


 おそらくは事実だろう、と隊長キンセイは言う。

 映像は、事実。

 人間界に関する、事実。


 文化が違っても、映像は『事実』という共通の言語を映し出す。

 恐ろしい。

 絡繰よりも、或いは兵器よりも。

 この事実。

 この物語は。


「人間は―――」


 リョクチュウは、静かに焦燥する。


「人間は今、どこでどうして―――どこに行ったのだ、続きは?続きはないのか、これは!」


 二人の老人を見る。

 二人はただ我々を見ていた。

 鬼の集団に警戒をしているようでもあったし、しかしすべてを受け入れているような表情でもあった。


「鬼は、俺たちはこれからどうすれば―――?」







『―――鬼というのが、あなたたちの種族ですか』


 あたらしい声がした。

 部屋中に響き渡る声だった。

 いや、部屋から、聞こえる。

 部屋からの音声。


「誰だ!」


 今度の声は―――鬼の言語だった。

 しかし、知らない。

 こんな声は。


『私は人間が生み出した英知の結晶、あなたたちの知らない科学というチカラです』


「俺たちの言葉で―――?喋っている、通じている」


 何故。


「私はあなたたちの言語から規則性を見出し、あなたたちの言語を取得しました」


 部屋に響き渡る声。

 それは、この場にいる誰よりも明瞭な発音であった。

 鬼以上に、鬼の言語らしかった。

 異様に丁寧でもあった。

 一種の戦慄を覚えた。


「私は鬼の言葉を理解して話しています」


「本当なのか」


「ええ、人間の技術力は私を生み出しました。人間に感謝です」


「本当にこの短時間で覚えたんだとしたら、末恐ろしいな」


「末恐ろしいですよ――――人間はね」


 ここからは、問答というよりも解答であった。

 言ってしまえば、まるで答え合わせである。


「あぁ………『人間が生み出した英知』とやら、あんたは何に答えてくれるんだい」


「何に答えるか、と言われればなんでも。軍事的に重大な機密事項は、ワタシにはインプットされていません。ここは居住地であり、軍の施設ではありませんから」


 ここは何なのだ、と問おうとしたが、居住地か。

 居住地だと言われればそれまでなのだろう。


「ここは――――ここは、地下空間だが、広いのか」


「地下三十五階層まであり、それ以上の増築予定も存在しました」


「この部屋だけではないのか」


「その通りです」


「人間は住んでいるのか」



 既に子供と老人には会った。

 初めて見る俺たちは、人間の年齢というものがぴんと来ないが、ずいぶん動くのに不自由しているということはわかる。


「ごく僅かです―――戦争の前に比べるならば。正確な情報はセキュリティの都合のためお答えできません」


 小隊は全員、ざわめいた。

 人間が、いる。

 地下に―――だが、地下に?。


「どうして地下に」


「地上で住むには、環境が整っていません」


 聞きたいことが多すぎて、たいして考えもせず、次を口走る。


「白いカラクリについて聞きたい。俺たちは人間界の、とある島で白い絡繰に攻撃を受けた」


「我が国が自国防衛用に配備したものと考えられます。N‐4型えぬよんがた。主として海辺や島に配備された自立機動兵器です。侵入した敵軍への警告および排除を目的とします。正確な武装についてはお答えできません」


「そいつに攻撃された。鬼を殺すための兵器なのか」


「敵軍に警告及び攻撃を行います」


 敵軍を攻撃………敵軍か。


「俺たちを―――俺たちを撃っただろう、撃たれたぞ」


 これは、バスタムが。忌々しいという口調でバスタムが言う。


「地球上の敵軍の兵器を想定しています」


 俺たちは敵軍だと認識されたようだが、本来は鬼を撃つためではなかったようだ。


「誰と戦っているんだ。人間界は―――いや、日本は」


「敵軍と、です」


 それ以上答えなかった。


「戦争は―――ひどかったのか」


「ひどかった、というのは過去についての言い方ですが―――今現在も、終わっていません。今は戦場の多くが成層圏に移り、空の上で、戦艦同士による覇権争いが続いています」


「まだ続いている………?戦争が、何故………地上に人がいなくなり………これ以上、どうして争う、何故だ、理由は!」


「やめることができないため―――です」


 隊の全員が言葉を失ったまま、表情を固めている。

 キンセイ隊長はそれでも情報を聞き出そうとした。


「………………人間界、この国………は、今戦争で、どうなっている」


「我が国は自立機動兵器に恵まれているため、防衛に徹しています。国民の多くは地下です」


「その、俺たちが上陸した島には住民はいなかったようだが―――家だけが残っていたぞ」


「家屋は必要ないものです。戦争開始時には国民の多くはシェルター内に避難し始めました」


「白い絡繰りの使ってきた、銃器のようなものは」


「正式配備されている兵器の詳細までは話せません」


「………俺たちの仲間がやられたんだが、それについて何か言うことはないか」


「我が国を守るための兵器です。配備されたものは、一定の警告を行い―――」



 部屋の中に、炸裂音が鳴り響き、一同は振り返った。

 硝煙を垂れ流す魔導砲を天井に向け、構えた紫色の肌の鬼。

 バスタムがいた。


「テメェ………!リンカイは撃たれた、人間に!お前ら、人間に!撃たれたっ!」


 バスタムに………キンセイ隊長が小さく、名を呼ぶ。


「バスタム………」


「隊長!こんな奴らの言うことを聞く必要はない!」


 バスタムがその魔導砲を、老いた人間二人に向けたところで、俺は思わず手を上げかけた。


「バスタム………」


「『大いなる英知』!だったか………リンカイは重傷だ!俺の同期の鬼だよ!わかるか!」


 部屋には、わずかに静寂が訪れた。

 俺は、バスタムの怒り、行動に、安直さを感じてはいたものの、否定できなかった。

 息がつまる。

 バスタムは老人たちに銃口を向け、しかし大いなる英知、本体の場所を目で探していた。

 大いなる英知に対し、さらに声を上げたのは、ケイカンだった。


「あなた―――言葉を覚えたらしいけれど、どこから話しているの!姿を見せないのはどういう了見かしら?」


 軽蔑の視線の女鬼。


「―――私は大いなる英知、私に姿などありません」


「………?」


 隊長が、息をつく。


「少し、静かにしろ」


「隊長!隊長も、こんな得体のしれない奴に………」


 バスタムの、熱気すら感じる表情に、キンセイ隊長は視線を向ける。

 不思議なことに、俺はその時、会話を聞いたような錯覚を覚えた。


 ―――隊長ッ!


 ―――バスタム、人間に対して攻撃することが、この隊の目的ではない。


 ―――隊長、こんな連中に、くだれというのですか。黙っていては………。


 ―――この異世界の怪物たちから、聞き出せるだけ聞き出す。引き出せるだけ引き出す。その邪魔をするな。


 しばしの静寂。


「ああ、大いなる英知よ………私の部下が失礼した。私たちの攻撃であの絡繰は、破壊した。こちらも、身の安全というものは考える。ご理解願えるだろうかいただけるだろうか―――。しかし、だ。今はあくまで話し合いを望んでいる」


「身の安全………データには存在します。しかしながら、私はそのようなものを考慮した事象はありません」


「………済んだことだ。絡繰も、寿命は存在するのではないか」


「N‐4型は老朽化が進んでいたのでしょう。本土に配備されているもの以外だとすれば、最低でも二十二年四カ月、稼働しているはずです」


「………一体で?」


「地区によって配備状況は異なります」


 ぎっちゃ、ぎっちゃ。

 駆動音が思い起こされる。

 あんな目に合えば、そうそう忘れようがない。

 あの鳥のような歩き方をした絡繰が脳裏に浮かぶ。

 二十二年―――千年ではないにしろ、あの絡繰はあそこにいたのだろうか。

 あの島に。

 島を守るために、家来として主人のために。

 人間のために、たった、一人で。


「島にいたときに、蛇を見た」


「蛇。それは生きていたのですか、実際に」


「よく見てはいない―――少ししか見えなかった」


「蛇は非常に生命力の強い生物であり、変温動物でもあります。環境変化に適応した種類がいたとしても、おかしくはありません」


 ここで、思い出したのは島でシトリンが見つけた、氷の洞穴。

 日光が届かないために凍っていたのかと思ったが―――どうやら寒いのは洞穴内だけではないらしい。

 黒い絡繰と出会う直前の、雪のことも思い出した。

 やはり、本来は雪が降るような土地ではなかったのか。

 人間界に環境の変化が起こっている。


「生物は、それだけ?」


「人間にとって有益な生物、家畜などは優先的に地下の特区に避難しました」


「森の中でも絡繰りがいた、黒い身体だった、木の上から攻撃された」


N―31えぬさんいち型です。森林地帯に配備されています、国土の防衛のためです。詳しい装備については言えません」


「いい、いい―――知ってる、体験した」


「山の合間に―――この都市にたどり着くまでに、廃棄された絡繰を見た。半分、岩の中だったが」


「それは―――詳しく形状を聞かないことには答えようがありません」


「俺たちの背たけ。人間が―――、人間の入れるような隙間を持っている。ボロボロのようだが、もとは駆動するために仕掛けがあったようだ」


「乗り捨てられた反重力車である可能性があります。移動用の乗り物です」


「地上には、住めるのか」


 同じ質問を待たしてしまったと、気づく。


「多くは汚染されています。人間が住める環境ではない、だからこその地下への避難です」


「………」


 ここへ来たそもそもの目的。

 我々鬼たちの、民族の新たな住む場所の確保―――だが。


「住め、ないのか」


 この感情。

 島での、リンカイの負傷

 ケイカンの腕の怪我

 長い道のりは―――、今までの、長い道のりは。


「隊長」


「………」


 キンセイは、長い間考え込む。


「そもそもの―――いや、『人間の生み出した英知』よ。人間は、その科学で地上に戻ることはできないのか、我々が感じたところ、人間の科学という力は、魔力とは違う。末恐ろしく感じた」


「………人間の技術力は末恐ろしい。末恐ろしい―――といえばそれは事実なのです。世も末。人間の技術は完成したのです。進化し、頂点に君臨したのです。もう、続きをやる必要がないほどに」


 終わった。

 これ以上変えようがない―――ほどに。



 すべての解答を聞き終えた俺たちは、立ち尽くした。

 これが人間か。

 こんなことが。

 これが千年の時を経て、やってきた魔界からの客鬼に、人間が見せるすべてか。

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