第四話 鬼ヶ島は 四

 最初から、ヤツと戦闘になることはわかっていた。

 報告とか、ヤツの正体とかいうよりも、単なる俺のカンだけれど。

 友好関係を持てることはない―――ということはわかった。

 一目見た瞬間から直感した。

 キモい。

 鳥肌が立った。

 そういや鳥に似ていなくもない。


 通信具による、隊長への報告の時。

 俺が『人間に出会った』と、隊長に報告したこと、あの発言に関しては、確固たる自信があった。

 後悔していなかった。

 報告は素早く簡潔に―――というのを訓練時代に守らなかったら頭叩かれるんだよ。

 まあ、ともかく。

 人間だよ。

 白いし。

 ―――人間ではないとして、人間に近しい何かだということは、有り得るけれど。



 俺の肌はド派手で鮮やかな黄色。

 魔界にはそういう色の花も多い。

 人間界にも向日葵ひまわりがあるらしい。


 だが、人間という生き物は、なかなかそういう色にはならないらしい。

 魔界の教本や、ラクガキみたいな古文書とはずいぶん違っていたが、俺はどこかで高揚感を感じていた。

 というよりも、俺の性格がそうさせたのかもしれない。

 要するに魔界の教師のことを、教本のことを―――信用はしていなかった。

 目の前のこと、あるのみ。

 俺の瞳が真実。



 魔界にいる兄弟のことを想った。

 兄弟、親父、おふくろも―――元気でいますか。

 とは思う。

 思うよ。

 だが―――それとともに。

 俺、すげえもんに出会ったぜ、見ているぜ、という自慢。

『今回』も、俺の時代にも、人間とやはり、争う運命にあったという確信。

 歴史を、俺があらためているかのような感覚に。

 慢心。




 ああ、戦闘についてだけど。

 真実についてだけど。


 白い人間の、異様に体毛が少ない腕が、こちらに向いた。

 つるりとした光沢さえある、存在する白い腕。

 それは砂で汚れていないわけではないが、違和感を抱く。

 その腕に空いていた、『黒い穴』を見ていると、いやな予感がした。


 額から汗がにじみ始めるのが、自分でもわかった。

 息苦しくなった。

 というか、人間って、掌に円形の穴が開いているのか―――まあ教本の方が間違っているんだろう。


 黄緑色の閃光。

 それが―――光ったかと思う。


 次いで、げたような匂いがした。

 これについてはヤツの―――白い人間の放つ体臭か何かだと思った。

 初めて会う生き物だし、人間界とはそういうものか―――と深く考えないようにした。


 俺は魔導砲を撃って、それがヤツに命中した。

 腕の端か何かが、吹っ飛んだのだけ見えた。

 吹っ飛んだ部分はあった。

 場所が人間界だろうが、目標ターゲットが人間だろうが、撃てば当たるのだ。



 ひるまず。

 ヤツはそれでもかまわず撃ってきた―――ちぃ。

 少しは痛がれよ。

 人間だろう?


 走ろうと思った。

 突っ立っているだけではなく―――コハクも、避けたか逃げたかしたようだ。

 俺よりも賢いあいつのことを、少し羨ましく思いつつ。

 いや、上手くやったな、と尊敬の念はあった。


 なんだか腹が、熱い。

 腹に力を入れないとうまく走れないということに、気づく今日この頃である。


 腹を指で触ったら濡れていた。

 海沿いだったし、さっきの探索で海水が付着したのかとも思ったが、よく見ると俺の血だった。


「おいィ………!」


 おい。

 任務用の魔軍服。

 頑丈だって聞いていたんだが、なんか、この服―――破れてんだけど………!


 血は予想したよりも多かった。

 肩がガタガタと震えたのは、魔導砲の反動のせいではあるまい―――。

 膝も震えだした。

 魔導砲を取り落とす。

 俺はもう攻撃を当てられるような両腕ではないと、痛みの中で悟る。

 地面に突っ伏した。

 砂に混じっていた細い礫岩れきがんが、俺の体重を受けてぱきぱき割れた。


 ヤツは歩く方向を変えたようだ。

 コハクの、あいつにしては珍しく怒鳴り声が聞こえる。

 俺の名前を呼んでいる。

 コハク………お前はもうちょっと賢くやれよ。

 俺は―――。









 ++++++++++++++++++++++++++++++






「―――その後、追いついたバスタムとケイカンの攻撃で、目標を撃破した」


 その日の夕日が落ちた頃。

 洞窟の中でキンセイ隊長が静かに言う。


「リンカイの、身体は―――――?」


 俺は口を開く。

 なんて………誰も正確にはわからないが。


「かなりの深手を負っている―――これまでのような任務しごとは不可能、続行不可能」


 キンセイ隊長は言う。

 淡々と、事実が洞窟内に響く。

 他に音はというと、小型界門の低い作動音だけだ。

 蝋燭ろうそくの火のような、薄い光を放っている。


「幸い、魔界に連れて行ってもらえることになってな。今頃は人間界と魔界との間で、手厚い介護を受けているか、運ばれているか―――どちらかだ」


「………助かるのですか」


「何とも言えん。医療班の実力によるところだ」


 しばし、沈黙。

 破ったのはケイカンだった。


「任務は―――これからどうすればいいのですか」


「続行」


 キンセイ隊長が言う言葉に、迷いは感じられない。


「我々は―――、な。ただし、こいつを送って―――そして、予定に関しては調整を行う」


「危険性に関しては?これ以上犠牲者が出るという風には―――思われないのでしょうか」


 リョクチュウが進み出る。

 もう身体は良いのだろうか。


「そんなことはわかっていたはずだ、敵地だぞ。人間が我々に対して友好的になるという風には予測できない、保証がない―――どこにも」


 俺は少し苛ついて言う。


「隊長―――あなたはわかっていません。実際に………人間が動いているところを見ていないから、そういう――――態度で」


「態度ォ?」


「あっいえ…………そ、そういう、感情を出さずに言えるんです」


 失礼したが、俺の語彙が少ないことが原因である。

 だが―――俺が苛ついたのは、『あれ』を人間と呼ぶ、隊長の発言。

 人間だと?

 隊長の目は俺に向けて真っすぐだ。


 俺は………ついに、そのことについて言えなかった。

 人間ではない―――でもだからと言って、代わりの回答が思いつかなかったのだ。


「―――あの、白い敵の………危険性に対して慎重になったほうがいいです」


「あれは排除しただろう」


「………」


 強大な敵を排除したという事実。

 言われてみれば、そうなのだが。

 リンカイのかたきを討つことには成功した。

 決して倒せない敵では、無かったのだ。


「今日も本部に報告することがあった。できた。―――この、『人間の死体』を魔界の本部に送る―――目的自体は順調である」


 キンセイ隊長は視線を俺から外し、向こうを見る。

 広い洞窟の片隅。

 そこには、回収した白い『人間』の、バラバラ死体が転がっていた。

 ―――俺には死体には見えなかったが。

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