第五話 鬼ヶ島は 五


 人間界に上陸した鬼たちの部隊。

 そのうちの一鬼いっきが重傷をった夜。

 森林の中。

 闇夜になじむ漆黒の肌をした鬼、シャコツコウは、洞窟の近辺で見張り役を務めていた。



 良い月夜だった。

 洞窟の上の岩場に、陣取る彼は昼間よりも目を見開き、覚醒したような表情である。

 折れ曲がった松の木に隠れる位置で、腕を組んでいる。


 空が開けて、星空が見えていた。

 昼間とは違い、そよ風が心地よい。


 閑静である。

 この島の集落の大体の位置は把握しているものの、そちらから人の気配が感じられない。

 やってこない。

 それならそれでこちらの任務に支障は出ないのだ。

 シャコツコウは息をつく。

 遠くからでも、村の―――火を灯した様子でもなんでも、見えそうなものだが。

 人間は古来より火を愛し、火とともにあったと聞く。


 シャコツコウは目を細める。

 島よりも西、はるか遠くの空は濃い雷雲だった。

 時折り、閃光がはしっている。

 彼は周りを見回す。

 森に変化があった。

 うっすらとした、変化が。


「………気のせいかと思ったが、間違いない―――天候が変わってきたか」


 この島も雲行きが怪しくなってきた。

 正確にはこれは、これから始まるこの天候は『雲』ではなく―――





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 青鬼、キンセイは界門の接続をしていた。

 故郷であり司令部である魔界と、任務のために連絡を取るためだ。

 境界性通路は、移動に比べると通信の接続は容易い。

 通信は映像で魔界の指令室へ送られる。

 画面が、映像を映し始めた。


「はぁい、キンセイちゃん、今日はどんなかしら?」


 界門の画面には黒い眼晶装をかけた女性が映った。

 鬼族ではない―――もちろん人間でもなく、別の種族の魔物である。

 今はそれよりも重要なことがあるが。


「それで、リンカイの容体は?」


「一命はとりとめたわァ………でも当分は第一級治療室のお世話ね」


 キンセイは報告を聞いて、表情が意外と変わらない自分に気付く。

 なんだか呆けてしまう。

 彼女の目元は隠れているが、ほほの筋肉から表情豊かな性格だということだけは感じ取れる。

 あまり彼女の身元、身辺に関しては、詳しくない。


「ふむ………」


「でもいったい、何にやられたの?医療班がぼやいてたわよ?腹にデカい穴が開いているのに弾丸が残ってないって」


「………」


 いったい何にやられたか。

 そんなこと―――知りたいのはこちらだった。

 自分は『現場』にいなかったのが、ばつの悪さを上乗せする。


「敵の死体は送ったはずだ。データ解析は進んでいるか?」


「二日目の分は、まだ届いたか届いていないかの段階よ。でも一日目のものなら、お伝えできるけれど、どうかしら」


 初日のもの、人間界に『上陸』した日のデータ。


「というと―――海岸の砂か」


 風土調査のサンプルはいくつか取った………その第一弾である。

 何か不都合があったのだろうか。


「確認するけれど―――砂を取って送ったのよね?」


「そうだが………」


 しばらく黙るサングラス女性。


「どうした、何か不都合でも?」


「サンプルを取るならちゃんと取りなさいよ、不純物が多すぎるわ」


「不純物―――そんなものが?」


 何も考えず、地面から無作為ランダムに取ったつもりだったが。

 サンプルは手のひらに収まる程度の量だ。

 上からの計画に記されていたのだが、アレでは駄目だったのだろうか。


「もう少し大量に送ればよかったか?しかし白くて綺麗な砂に見えたが………」


「地質だけ知りたいのよ、今回は。ぱきぱきと砕ける、もろいものが多くて駄目………」


「わかった。まだ二日目だ、焦るな、しかし計画をもう少し早めようと思う。そういう申請をしたい―――重傷者が出たことは事実。地に足着けて調査はできないのかもしれない」


「了解よォ………お察しするわァ、よりにもよって『人間』だなんて、魔界中のあらゆる古文書を探しても大雑把なことしかしるされていない伝説の生き物―――難しい案件だわァ。これだったらドラゴンに乗るとかの方がよっぽど容易いわよ」


「まあ―――な」


「それより今度、ワタシとお茶しなァい?」


「たらふく飯が食いたいよ」


「この任務に就いている間は手厚いじゃない」


 実際、食料に関しては手厚かった。

 魔界民のために働くという職務であるため、支給されるものだけでこの任務は追えることができる。

 この任務が予定通り進むのならば。

 食糧難の魔界で、それを目的として軍鬼に入る者もいるという。


「―――あ、作戦のことについてニュースがあるわ。その島以外の探索も、あなたたちになりそうよ」


「そうか………魔界の様子はどうだ。食料補給のために、他民族に申請をしていたニュースがあったが、あれはどうなったんだ」


「―――もっとほかに、心がスッとする楽しい話をしたいわね、私は」


「………」


 みなまで言わずとも、前例は多かった。

 魔界の現状。


「また暴動がおこったわ。駆り出された鬼も死ぬでしょうね。まだ正確な人数は報道されていないけれど」


「―――そうか」


 キンセイは表情を変えなかった。

 しかしキンセイの、隊はこの人間界でやることがある。

 それだけである。


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