第十話 人里に降りた鬼たちは 五

「眠れないのか」


シャコツコウの声で、目が冴えた。

その日の夜は人間の家屋の中で、手ごろな寝床に横になった。

はるばる魔界からやってきて、人間と交戦し、重傷の被害者を出した我々の部隊だが、とにもかくにも、今は休まなければなるまい。

睡眠をとらなければならないのが俺たち鬼だった。

人間も、そうであるはずだが。


人間の家屋の寝床は、敵であることを頭から除去して考えるならば、快適だった。

やわらかい繊維が密集し、一目見た瞬間からそうだとわかる機能性。

だが慣れない場所で寝付けないこともまた、事実であった。


人間が襲ってくる可能性がある敵地である以上、その体の反応は正しいと言えるだろう。

俺は考え事をしている。

墨に浸した金属のような色の肌をしたシャコツコウに、心配されている。

この男、喋ることができたのか―――と、若干驚きつつ。


「いや………そういうわけではないんだが、考え事をな」


「何を」


「ん………」


「この寝床はなかなかに快適だなぁ―――とか、そんなことを」


とっさに適当な返答をした。

シャコツコウは信じただろうか。

暗闇なのでよく見えない。

暗闇のなかで男の表情を伺うなんて、なんともつまらない作業である。

やめだ、やめだ。



「シャコツコウ―――お前喋れるんだな」


「喋れる」


「………う、うん」


そんな返事をされると困る。

なんだこいつ。

どうしてこいつとあい部屋なんだろう。

そう思ったが、記憶を辿ったが―――まだ危険はあるから孤立はしないように、という隊長の指示だった。

別段べつだん、おかしな指示ではないだろう。

事実、ここは人間の住む―――住んでいた形跡のある村で、ここは人間の家屋だ。


隊長とリョクチュウと………あとは誰だったか―――は洞窟で休むそうだ。

界門からは瘴気しょうきが常に、漏れている。

微量だが、それで体調を戻せるものもいるらしい。

俺たちはそれが定期的に摂取できれば、人間界の風土でも死にはしないらしい。


シャコツコウのことを、奴の性格そのほかを知りたいという気持ちもあったが―――。

参ったな。

魔界でも俺、二人組作って、と言われた時はたいてい困るんだよ。

イマイチしっくりこないことが多い。



「なあ、村に降りてから―――あまり喋らないけれど、お前の意見も聞きたいな。どう思う」


正確には、人間界に、この村に訪れる前にも喋ってはいなかった。

一緒に訓練を受けた仲であり、別段、おかしな奴ではないのだが。


「………任務中だ」


相も変わらない口調の、シャコツコウ。


「イヤだから、どう思うかって」


人間の村。

この島の村。


「任務に、勝手な推測は含まれていない」


「………」


「伝説の人間界に関してどう思うか―――は、単なる雑談のたぐいだろう。任務の外だ」


伝説の人間界。

そんな言葉を聞いて、俺はこの島の印象を少し変えた。

………そうやすやすと彼らに会えるわけはないか。


シャコツコウは必要以上を喋らないスタンス。

渋いな。

軍鬼たるもの、こうでなくては、という姿勢ではある。


「どう思うか―――ではない。事実が、結果があるだけだ」


淡々と言う。

暗闇だからか、やけにきれいな声に聞こえた。

子供のようですら、ある。

彼は続ける。


「人間がいなくても、生き物がいなくても」


ぽつりと、そう言った。

俺は思う。

生き物なら見た。

村へ降りる時に、蛇が一匹。

隊長に報告はしたのだが―――、もう少し話せばよかっただろうか。

洞窟が遠い―――同じ村で寝泊まりすればよかったのに


そういえば、まだ何か―――報告のし忘れがあるのでは。

リンカイの負傷以外、すべて後回し可能な些事のようにも思えるが。

リンカイのことについては、一番状況について聞かれたのは、一緒に行動していた俺だった。

あの正体不明の敵………『きじ』のことを想う。

それのまえに、見つけた舟のことも。

いや、待てよ………?舟?


白い鳥。

そしてリンカイの負傷。

俺は心になにかひっかかるものがあった。

忘れていることが――――?



++++++++++++++++++++++++++++++


シトリンとケイカンは別の家屋の一室で、同じ部屋にいた。

魔界製の灯り、赤橙を机に立てている。


「へえー、人間、へええ」


興奮した様子のシトリンとケイカン。

薄い灯りの中、シトリンは着替えを終えた。

くるりと、身を回す。

暖かないろの光源の中で、衣服を身に着けた鬼がいた。


それは、この家屋で見つけた衣服。

魔界の軍服ではなく、人間界の衣服であった。


「どう?」


「人間に見えるわ」


冗談めかしてケイカンが言う。

しかしどこか、気まずそうに、ばつの悪そうに目を逸らす。

人間界のものはいくつか、隊長の判断で魔界に送るのが任務である。

いわば証拠品だ。


「そうかな、角を隠さないと」


「きつい?」


「うーん」


「っていうかそろそろやめなさい、証拠品よ」


「いいじゃん」


衣服というものは着られた方が幸せである、着られずにいる服ほど寂しいものはない―――というのがシトリン理論である。

自分勝手な行動だと思っていない。

服にとってどうであるか。

モノに魂が宿る、という神論が人間界に存在するが、シトリンはその意識には賛同する。

しかし人間と自分の体格が、思ったよりも変わらないことに驚いている。

この服が、どんな人間が着ていたかはわからないが―――比較的華美な装飾の者を取り出した。

しっかりした造りのものかどうかを、検分するつもりもあった。


なまじスタイルがいいだけに、服の丈が短く感じられ、へそどころか黄色い腹が露出している。

光量を抑えた灯りの中、蜂蜜のような色合いをした、彼女の肌。

しかし彼女は、急に表情を固めて、脱ぎだした。


「どうかしたの?」


「………ダメ、かなりいたんでいるわね」


家具の中に収納されていたとはいえ、やはり古いようである。




「むかし、むかぁし―――まかいの ききを すくうため おにたちが、にんげんかいに

たびだちました」


「ちょっと待ってよぉ、懐かしすぎるじゃんソレ」


二人は小さく笑い声をあげる。


「覚えてる?」


「連想はしたけどね―――人間界に来ることに決まってさ」


「本当に私たちの部隊になるとはね」


「襲い掛かる人間たちの狡猾な罠………鬼たちは、魔王の使いから授かった魔石の力で、戦いました」



++++++++++++++++++++++++++++++



「―――しかし結局、鬼は人間には勝てなかったのですね」


キンセイとリョクチュウは洞窟にいた。

この二人も笑い声をあげる。


「リョクチュウ、笑い事じゃないんだよ」


「申し訳ありません」


魔界に返った鬼たちは、しかし魔界での戦争で他の部族に勝ち、今日まで生きながら得ている。


「わざわざ人間界のような遠くまで出かけるのもいいが、自分たちの村のみんな、大切な仲間を見極め、守りましょう―――そんな教訓を得るのだ」


キンセイはもともとは幼い子鬼に読み聞かせるための物語を、厳かな口調で言う。

変な笑い声を出してしまわないように、リョクチュウは気を張る。

若い造りの顔立ちだが、上官なのだ。


「はぁ………その教訓からすれば―――では我々は人間界に来てはいけなかったのでは」


返答を、すぐにはしない隊長。

このように、さらりと相手の意見に反論をしてしまうのがリョクチュウである。


「これは任務だからな、魔界の状況も悪い。背に腹は代えられない」


リョクチュウは黙るしかない。

魔界の故郷は逼迫している。

友だった鬼の中にも、飢えて死んだ者もいる。


「リョクチュウよ。『桃太郎』というのは―――結局のところ、伝説だ。そういう、話だ。確かな『事実』とは異なる。事実は―――」


魔界で教わる事実は、史実は。


「人間と、鬼族われわれは、相容あいいれなかった―――」


「そうだ。それは確かな歴史だ。一度は同じ世界で暮らしていた、暮らせていたし交易こうえきもあり、界門の移動の黎明期れいめいきであったために魔界と人間界の往来もあったようだが―――」


「結局は上手くいかなかった」


しばし、沈黙。


「ああ、報告し忘れてましたが隊長」


「リョクチュウ………報告のし忘れ?お前、良く喋る割には、大切なことを言わないのだな」


「む」


返事に窮する。

そういうことはバスタムこそ言われるべきでは―――とと、そういえば奴は。


リョクチュウは通信機を作動させる。


「―――バスタム、起きてるか?」


『ええっ?何か、人間の襲撃ですか?』


「いや、定時連絡だ」


『なんだよそれ―――異常があったらたたき起こすからなリョクチュウ。さっさと寝てろ』


「了解」


バスタムとリョクチュウの通信が終わったところで、キンセイ隊長が問いかけた。


「それでリョクチュウ、報告は他にないのか」


「報告―――大したことではないのです―――コハクが蛇を見かけたというだけで」


「蛇?そう、か―――場所は」


「はい?」


「それの場所だ。砂浜か、また」


あの、例の襲撃場所と同じ地点なのか。

だとすればその関連性を疑うべきだ。


「いえ―――村に降りる途中の、石垣です、階段状になっているあたりの、背の………」


身振り手振りで表現しようとする。

伝えるのが難しいのだが。


「ああ、石が積み重なっているあたりか」


「はい。今朝はあの霧だったので見失ったそうですが」


「………人間界の生物を、サンプルとして魔界に送ることも任務のひとつである。………むしろそれができれば百点満点と、言ったところだが―――」


少し間を置く、考え込むキンセイ。


「だがリョクチュウよ。私は人間界に来てから一度も―――見ていないのだ」


「蛇をですか………?」


「いや、蛇、蛇というよりも………蛇に限らず、生き物を」


「………」


あの白い、リンカイを攻撃した何かを、


『雉』きじは、数に含まないのですね」


「ああ―――」


白い何か、鳥だったもの、などでは呼称しにくい。

隊員の全員で、何か、暫定とりあえずの、仮の名前をということになった。

『雉きじ』でいいだろう。隊員の全員に伝わる、知っているものだ」


雉。

日本に古くから住む、長い尾ひれが特徴の鳥類である。

人間の手先だろう、という考え、気構えは持っておくべきだとして隊長も許した。



ということで決まった。もっとも、『きじ』の正体は全くの不明、魔界にいる解析班の答えを待っているところだが―――。

キンセイも、心のどこかで感じていた。

あれが生き物とは程遠いものだと。


しかし、その生き物とは程遠いものが言語を使い、そして隊員の一人を撃ったというのだから、混乱を極める。


「夜が明けたら―――明日の調査では」


「うん?」


「明日の調査では『人間』が見つかるでしょうか」


「―――わからない」


調査次第だ、としか言えないな。


「………」


「怖いのか、リョクチュウ」


そんなことを言うキンセイ。

青色の肌は、笑みを気味悪く飾る。


「………隊長、この隊に限ってはそんな考えは不要です。隊員全員が、勇敢な軍鬼。人間と争うことに迷いはないはずです。界門適正訓練にも耐えたエリートばかりなのですから」


「んん?お前、世界観移動の酔いは?」


「………」


それを言われると立場が弱い。


「まあ―――風土を調査するという観点からすれば―――人間がいないという事実は助かる。この島はこの任務にとても適しているのだ」


それが不気味かどうかはさておいて。

その夜は何事もなくけていく。

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