第三十五話 犬 二
「もう一度、地下に行くんですか?」
バスタムが訊ねた。
まだ表情に覇気がなく、とても鬼の端くれには見えない。
が、それでも先程よりも立ち直ったようである。
「界門がずっと不安定ならばな」
隊長キンセイは、ずっと界門から離れず、操作している。
不安定の原因の究明にもあたっている。
界門は単なるポンコツになっているだけだ、もともと信頼性は薄い―――とバスタムはいった。
なんだか反論しづらかった。
「もう少し人間界でやることもあるだろう―――」
「町に降りることはいいけれど、気をつけないとな。あの『犬』は、いまだに、地下の人間を守るためにああやって動いている」
「あれは―――もちろん避けるさ」
大都市を巡回する、大絡繰り―――、人間の科学が生み出した、犬。
人間が住む地下から離れて、付き従っている。
地上を守っている―――。
誰から、敵から。
いつか言った、家来のように。
人間たちの最後の砦を守るための、巨大な番犬
敵国と戦うための、おそらく最後だろうか―――番犬
魔界の番犬、ケルベロスがかわいく見える。
「人間界は恐ろしいことは、確かだったがな」
人間は、魔界や魔術、精霊と言った、、我々の文明と離れた。
魔術と縁を切った。
縁を切って久しい―――・
魔界の文明力ではない、科学を独自に進化させて、千年がたった。
「ウチの母ちゃんがよぉ、俺が軍鬼に入る時、は喜んだものだったけれどな―――立派になった、と。でも人間界に行くことになったときは、いくんじゃない、死ぬに決まっているといわれた」
「まあ―――今となっては」
わからなくもない。
島の滞在と日本本土の行軍、町の地下に訪れて知った真実。
人間界など来なければよかった。
そう思うコハク。
「いいや、そんなことはない、」
リョクチュウは、いまだに納得のいかないようだった。
島に来る当初、境界性通路内で、非常に興味深いといっていたのは奴だった。
非常に興味深い人間界がこんなことになり、ここから得られるものがないとわかった今、その心は。
「まだなにか―――何かあるはずだ」
地面を向き、ぶつぶつと呟く。
「さしあたって―――大いなる英知に、この後何を訊ねるか」
「犬か………」
「国を守るために、稼働している―――いまだに」
「生き物とどう違うんだよ、同じじゃねえか、なわばりを見回るなんて」
「………」
丘の上から眺める、絡繰。
絡繰りは巡回している。
大都市を。
高い、四角い箱の建物の合間を
それの正式名称がなになのか、俺たちは知らない。
「あいつは、いつからああやってた―――?白い、鳥………『雉』についてもそうだが」
犬の
お世辞にも毛並みが良いとは言えない、犬だった。
銀色だ、と表現したがそこに光沢は多くなかった。
煤けている。
清潔ではない白いものにおおわれ、足の付け根の辺りには、ちぎれた部品もあった。
敵軍は、過去に戦ったのだろうか。
攻められたのだろうか―――最初は犬に恐怖を感じたものの。
冷静に見れば、傷と腐食は多かった。
駆動音は軋みが混じっていた。
無駄に歩行音が大きく響くのは、その影響もあるのか。
地下で見た、老人と、その座る椅子を連想―――した。
いや、これはかなり違う種類だろうか。
時代遅れの兵器。
時代に取り残されたものだ、と感じた。
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