第二話 鬼ヶ島は 二

「よおし、かなり安定はしてきたな、このポンコツ」


洞窟内で界門かいもんの設営作業をする紫色の鬼。

その機能調整がひと段落し、バスタムは額の汗をぬぐう。


「まだ気は抜けないがな」


隊長キンセイも、少し満足げ、嬉しげだ。


鬼たちは一時的な拠点、住処を整えていた。

魔界との連絡を取りやすく、界門からある程度の魔力が漏れ、寝床として使いやすい空間にする。


「界門調整班がやってくれないんスかね、こういうの」


「人間界で―――こちら側で、やることが大切なんだ、ああ―――でも講義の時、お前は寝てたな」


「寝てないっスよ!」


「魔界と人間界をつなぐために、両側で装置の計器類の操作をしなければ―――それは入り口と出口の規模により―――」


「ああ、ハイハイやりました、やりましたってば」


手をばたばたと振るバスタム。

真面目で長い話を聞くのは苦手である。

楽しくない。

自分が長い話をするのは、なんとも思わないが。


「魔界の界門調整は鬼族ではない、法族ほうぞくの仕事だ。我らの部族以外にも、魔界の平和のために職務を全うするものがいる」


その他部族に感謝、感恩かんおんせよと言わんばかりの胸の張り方。


「ああ、スゴイッすねマジで。―――で、リョクチュウはどうです?」


「まだ寝込んでる」


緑色の肌をした長身の鬼は、物資の合間で横になって寝ていた。

今は眼晶装を外して唸っている。

魔鳥毛の布団を何枚もかぶっているので、ほとんど様子はうかがえないが。


「『酔い』が激しいんだろう。世界から世界への移動だ、体調を崩すことはあり得た」


「これも講義でやったって、そう仰るんでしょう隊長?」


「常識だ―――お前は元気そうだな」









++++++++++++++++++++++++++++++









場所は砂浜。

魔界からやってきた鬼、コハクとリンカイ。


俺たちは今、日本の美しい風景を目の当たりにしている―――という風には、思わなかった。

潮風がうるさい。

髪をかき乱し、つのにかかる。

煩わしい。

ときおり足元を転がる白いごみ。

ぱき、ぱき。

砕けやすい鉱石が砂に混じっている。

なんとなく苛々しているのは、自分もリョクチュウのように、体調を崩し始めているからなのか。



しかしながら砂浜以外には、成果があった。

波しぶきが舞う、その上の崖。

隊長いわく、そう広くない島だということで、それは確かだと思う。

それは、しかし道のりが楽な島だというわけではない。

滑らないように両手を壁につけて、歩いていく俺たち。


「リンカイ」


俺は静かに、相方の名前を呼ぶ。


「ああ、収穫ってぇやつだぜ、コハク」


無機質な、無骨な塊が、岩場にへばりついていた。

俺たち二人は、最初、『それ』が何なのかはわからなかった。

自然の岩盤ではないではない、人間が作った何かが―――岩盤に建てられていて、時がたち、崩れたものだろうか。

海に、半分沈んでしまった。

俺はそう推測したが。

しかし近づくにつれ、その本来の用途に俺が気付く。

建造物ではない。

わかってしまえば単純だ。


「舟だ」


「フネ―――あんな形状で?だって、魔力艪まりょくろらしきものが見当たらないぞ、あんなのどうやって動くんだ」


「あのなぁ、魔界の舟とは違うんだ」


「! ああ、そうか―――人間界用のやつか」


「まあ―――そうらしいが―――しかしあれで海を渡るのは無理だな」


古かった。

老朽化が激しい。

はなはだしい。

原形をとどめていない。

人間界の舟の知識については、千年前のものしかない俺たちだが、それでもわかることはある。

この舟は、かつて舟だったもので。

俺たちが来た時点よりも、はるか以前に壊れたか、放棄されたか、したものだ。

人間が乗り捨てた、ごみだった。

今現在、人間が乗っているはずもないので、俺たちは岩場を下り、目標に近付いていく。


大艦ではない、俺たちの小隊全員は乗れるか、乗れないか………。


「全員乗れるかな?」


「俺たち?いや、無理だろう」


「というより―――ひどいな」



舟の横には、側面には文字が刻んである。

人間界の言語なので意味はわからない。


素材は硬質で、流線型のフォルムだったのだろう。

人間の英知によって生産された美しい『板』は、波や風によって、黒く泡立ったようにねじ曲がっている。

ぐしゃぐしゃと、腐食している。


しかし、それを見た俺たちは―――得られるものがあることを知っている。

人間の力、科学の産物だ。


情報データの宝庫だぜ」


「人間の文明の程度レベルを送る………参ったなぁ、オレたち、表彰モンだろ」


「一日目でこれほどの成果があるとは」


と、言った後で、リンカイに危機が訪れた。

奴は足を滑らせて、落ちた。


「ごわぁあああああ―――ッ!」


いしつぶてとともに、滑っていくリンカイ。

砂埃が散らばって立ち上っていく。


「なにやってんだ、馬鹿!」


「へへへ、ワリワリぃ、いてて………………」


と、俺は上から馬鹿を見下ろす。

だが、奴が舟のすぐそばにまでたどり着いたことに気が付くと、なんとなく黙ってしまう。






だいぶ滑り落ちたようだったが、ケガは軽度のようだった。

俺たち隊員は、人間界探索用に、最新式の―――まあカネをかけてあるかどうかは疑問だが、魔軍服を着用している。

頑丈さが売りだ。


舟に近付く―――内部も荒れているようだ。

乗り込む。

それは俺たちの部隊全員は乗り込めないだろう、という小型の舟だった。

とりあえず人間の文明のかけらといえるものをとりあえず手に入れよう。

小さなものでいい―――。

その後、崖を上がる。

よじ登る。


「怪我は?」


「ちょっと擦りむいたかな―――擦過傷さっかしょう


手をひらひらと振る、リンカイ。

動きは問題ないように見える。


「何ソレ」


「さあ」


持っているのは黒い、掌に収まる程度の小さな箱だった。

まあいい、また全員で来た時に調べればいい。











++++++++++++++++++++++++++++++







砂浜に戻るころには、分厚い雲が消え去り、青い空が出てきた。

晴れ間が出てきた。

なんとなく幸先さいさきがいいと感じてしまう。

さくさくと、歩いていく。


浜の向こう側で、細く、背の高い鳥が翼をたたんで、歩いている。

餌を取りに来たのだろうか。



海がきらきらと光っている。

まぶしい。

日光を乱反射し、銀色に輝いているせいで上手く見えないが―――


その中で鳥が砂浜をついばんでいるので一種の美しさ、神々しさを感じてしまった。


魔界には俺たち以外の生物はたくさんいて、当然、鳥類もいるが、それとはまた違う種なのだろう。

しかし何だろう、ここは―――初めてくる場所のはずなのに。

懐かしさもある。

千年前、俺たちのご先祖サマはこんな風景を見たのだろうか。

その血が俺たちにも流れているのだ。



鳥がこちらに向かって、少し近付いてきた。

リンカイは言った。


「千年前に――俺たちのご先祖サマもこうやって歩いて―――」


そこまで言いかけつつ、鳥を眺めた。

いやにまっすぐ、こちらに向かってくる。

奇妙な鳥だなと思った。


目は明るい色、というわけではなく、赤い光を放っていた。

発光している。

正確なつくりの円形である一つの赤い目。

恐ろしく首の動きが速い。

首や上体は棒のように細く、腰や―――腹部が重量のほとんどを占めているようだ。

キュンキュンと、動くたびに高い鳴き声のようなものが漏れる。

光沢のある白い肌。


音がする。

そいつが動くたびに聞こえる、おそらく関節部の軋み。

ぎっちゃ、ぎっちゃ。

ぎっちゃ、ぎっちゃ。

ぎっちゃ、ぎっちゃ。


バランスを崩しつつ前へ前へと足を繰り出していく、といった動作だった。

鳥の歩き方に似ている。

鳥の歩き方に似ている。



だが、少なくとも、俺はこの時から察していた。

それが、別の何かだということに。

鳥類の機敏な首関節の動きに、似ている。

だが。

よくよくみれば、『それ』に―――翼と呼べるようなものは、ついていなかった。

それは、俺たちの目の前で、足を止めた。


それは甲高い鳴き声を、発した。

空気を吹き飛ばし、裂くようなそれは―――音声だった。


『警告する!ここは我が国の領土である!すみやかに退去せよ!』


それは言語を発した。

人間界の言葉を介さない俺たちではあるが、親交を深めるためのあいさつでないことは、理解できた。

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