救え!人助け研究所

夕涼みに麦茶

Season1

任務1 さらば、スクウレッド

 ここは、日本にあったとしても、政府や世間から認知されることのない幻というにはおこがましい秘境、肩叩き県某所。全国各地から集ったと思っているうちが華である、人助けをしながら日々人々の幸福を研究しているようでしていない秘密組織のような何かがその町に存在した。


その名は、人助け研究所。


近所のおばちゃんに名前を覚えてもらっているほどには有名な光の結社なのだ。



 田畑に囲まれた、緑溢れる田舎の田園風景。そのど真ん中に佇む古い駄菓子屋。人助け研究所の本部である。定例会議の時間となり、駄菓子屋のおやじは、店番を妻に任せ、秘密のボタンを押し、奥の和室に入っていった。なお、このボタンは隠し扉出現や自爆を促す類のものではない。至って普通のダンボールで作ったボタンである。おやじが和室に入ると、リクルートスーツを着てあぐらをかく太った男と、船乗りのセーラー服一式を身に纏い、国語辞典で腕力を鍛えている少女がおやじの方に視線を送った。おやじが円卓を用意すると、二人はそれを囲うようにいつもの場所であろう位置に座布団を敷き、腰掛けた。それから太った男は、ネクタイを正して眼鏡の中央を指で押し上げながら口を開いた。

「これより、定例会議を始める。まずは、町のコマッター情報報告から。」


人助け研究所所長、佐藤 緋色之助ひいろのすけ。人助け研究所の最高責任者で、IQ100兆の究極頭脳を持っている、と彼の中では専らの評判である。


所長の言葉を受け、少女は真っ直ぐに手を挙げた。

「まずは私から。私の通うアハンウフン女学園では、最近男性教諭による屋外での痰唾発射による領土マーキングが横行しているという情報を得た。が、そもそも学園はマーキングを行なう教諭たちの私物ではないという論調が強まり、事態は収束に向かっている。出動の緊急性はない。」


安達 冴子さえこ。人助け研究所本部の紅一点。長く艶のある黒髪、清く澄んだ青い瞳、整った顔立ちに、魅力的な肢体。学園ではその美貌を武器に、多くの女生徒を落としていると記録に残っているが、オフではコスプレ衣装を掻き集めて、ギャップ萌えというものを探求している。


少女の報告が終わり、続けておやじが手を挙げる。

「次は私が。ラムネのビー玉を飴玉にして欲しいと子供達から要望がありまして…。無理じゃね?とフランクに伝えてしまったら、子供は泣いて帰ってしまいました。心が酷く痛みましたが、自分の撒いた種ですので、自分で収穫してきます。」


山田 五郎ふぁいぶろー。通称、マスター五郎。駄菓子屋を妻と営む気さくなおじさんで、顔はマダムキラーなイケメンだが、体はわがままボディにステテコ腹巻の絵に描いたようなおっさんである。


定例会議では、まず初めに、町で困っている人物=コマッターの情報交換から始める。会社の営業、学園生活、駄菓子屋という三者三様の方法で情報収集を行ない、幅広くコマッターの情報を集めているのだ。その中でも緊急性を要する案件のみ、現地に会員を出動させ、速やかに人助けを行なうのである。小さなものから大きなものまで幅広く手を伸ばし、町の人々の笑顔を守っているのだ。

「では、最後に僕から。取引先の新人君が時計を壊してしまって困っていたんだが、僕の繊細で巧みな修理技術で見事に息を吹き返させたよ。多分今年のノーベル平和賞は確定したんじゃないかな。」

満足そうに頷く所長に、二人は大きな賞賛の拍手を送った。冴子は涙を流して、彼の報告に感激し、マスターは熱い眼差しを送って敬礼をした。所長が余韻を楽しみながら片手を挙げると、二人は何事もなかったかのようにもとの様子に戻った。

「報告は以上だね。まだまだコマッターは陰で涙を流しているものの、我々が知覚できる範囲に関しては、平和が保たれているようで何よりだ。」

「これも、私たちの活動が実を結んでいるからこそなのだろうな。」

「でしょうね。」

タイミングを合わせたように一斉に笑い声を上げる三人。断っておくが、平和を愛するが故の悦楽であり、決して偽善的・エゴ的な愉悦に浸っている訳ではないのである。

「では続いて、新規の会員希望者の査定についてだが…」

会員は、インターネットや地道なスカウト活動によって得られた、日本全国に点在する推定8京人の実動員のことである。なお会員数は所長発表による推定値であり、その真偽は定かではない。会員は、緊急性の高いコマッターを発見した本部からの指令を受け、即座に現場に駆けつけ、救援に当たる。また、コマッターを直接発見した際は、本部に指示を求めることも自己責任で自発的に行動に移すことも、どちらも可能なのだ。所長の言葉を遮るように、ゆったりとした演歌の着信音が室内に鳴り響く。冴子はスマホを取り出し、そっと画面に触れ、耳にスマホを当てた。

「もしもし、亀よ?」

「亀さん、YO!」

あくまでも秘密が売りの慈善事業である人助け研究所は、所属者同士での秘密の合言葉の使用が義務付けられているのだ。

「こちら、スクウレッド。デパート屋上でコマッターな少女が母親とはぐれて迷子になっている。本部からの指示を頂きたい。」

「了解、現状を簡潔に、漢字二文字で表せ。」

「迷子。」

冴子は、マスターが用意したスーパーの広告の裏に「迷子」の文字を書き記す。今日はお肉が3割引である。険しい顔をしながら、会長は迷子の文字の上に風船の絵を描いた。彼の言わんとすることが分かった様子で、マスターが風船の中にバツ印を付け足す。それを確認した冴子はゆっくりと頷き、スクウレッドに指示を出した。



 ウヒョヒョデパートの屋上、自販機の陰に隠れながら、全身赤タイツの男が、ベンチに腰をかけて足をばたつかせている少女を見つめていた。彼こそがスクウレッド。燃え滾る正義の炎を全身で表現した、この道10年のベテラン会員だ。本部からの指示を受け、辺りを見回すスクウレッド。お目当ての風船売りの女性を見つけると、クラウチングスタートで女性の下に駆け寄った。驚いた女性は、いきなり駆け寄ってきた赤タイツ野郎に言葉を失っていたが、スクウレッドはそれを気にせずに、お尻のポッケから1000円札を出した。

「赤い風船を…買えるだけ!」

「へ?は、はい!」

女性店員は、彼の情熱に押されながらも、赤い風船を3つと100円のお釣りをスクウレッドに渡した。サムズアップと共に爽やかな笑顔を残し、スクウレッドは一つ下の階に下りた。

 6階、洋服売り場の中央に立ったスクウレッドは、胸に風船を一つ抱き、勢い良く風船を指で突いた。バァン!という破裂音がフロア内に響き、買い物中のお客さんや店員が一斉に彼の方に目を向ける。彼はチャンスを見逃すことなく、喉に気合を込めて大声で叫んだ。

「屋上でぇぇぇぇぇぇ!!!女の子がぁぁぁぁぁ!!!待ってますぞぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーー!!!」

一瞬の沈黙の後に、ざわつく店内。スクウレッドは客を注意深く観察していると、一人の女性客が、慌てた様子で屋上へと向かっていった。

「ビンゴォ!」

スクウレッドもすぐさま後を追い、屋上のベンチを遠目に見つめる。そこには、先程屋上に向かった母親にアイスを買ってもらって、嬉しそうに笑顔を見せる少女の姿があった。一人の少女の孤独と母親の心配を救った瞬間である。スクウレッドは、早速本部に任務完遂の報告をし、電話を切った。余った風船を手に持ち、スクウレッドはパンダの乗り物にお金を入れて、のしかかる。

「光子、元気かな…。」

無垢な笑顔を作る少女に、自分の娘の面影を重ねながら、スクウレッドは、パンダの上で夕焼けた空を見つめていた。



翌日、本部にスクウレッドからの辞表が届いた。あれから、離婚した妻に連絡を取り、やり直しのチャンスを与えられたのだ。三人は、無言のまま頷き、辞表にそれぞれ判を押し、彼の願いを受理した。


ありがとうスクウレッド

さらばだスクウレッド


                                    終


☆当てにならない次回予告☆

 くるぶし村のドドンド沼には、悪魔が眠るといわれている。それに魅入られた村長は、毎晩おならを五回しなければ眠れないという奇妙な病にかかってしまう。本部の命を受け、村を訪れた豚足丸だったが、村長のおならの匂いは予想外の化学変化を村に引き起こしてしまい…。

次回、救え!人助け研究所 任務2 おならの燻製肉

君を救う、俺を救え!

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