外法8 破れたり!クリアリスト・ブラッシュ
ここは、肩叩き県東部にある運動場の芝生エリア。休日には子供連れの客がキャッチボールやサッカー、バドミントンをして遊んだり、シートを敷いてランチタイムを過ごしたり、人々の憩いの場になっている。広々としたその空間のど真ん中で、白衣を着た一人の男が腕を組んで立っている。邪悪なる悪の化身、はた迷惑追求所の最後の幹部、ミスターワイズマンコォォォゥだ。彼の側には大きなダンボールの箱が一つ置かれているが、封がされているため中身が見えない。しばらく周囲を見回しながら何かを探していたミスターワイズマンコォォォゥだったが、痺れを切らしたのかダンボールの頭を叩きながら、わざと大声で独り言を始めた。
「ふはははは!!このダンボールにたんまりと詰め込んだ爆薬を使って、体育館を木っ端微塵に吹き飛ばし、利用客が運動できないようにして、人類総メタボ化計画を進めてやる!!」
芝生エリアに響き渡る彼の声。職員や清掃員も通ることがなく、彼の作戦実行宣言を知るものは誰もいなかった。このままでは、言葉通りの悲劇が現実のものとなり、人々は不健康に陥って病院がパンク状態になってしまう。健康的な生活習慣の未来像に修復不能な巨大な亀裂が入りかかった、その時だった。
「待てぃ!!」
「むっ、誰だ!?」
ミスターワイズマンコォォォゥが声のするほうに視線を向けると、テニスボールを器用にリフティングしながら、サッカーボールを手でバウンドさせる兜をかぶった巨体の男がやってきた。男はミスターワイズマンコォォォゥと適度な距離を取ると、テニスボールを蹴り上げ、バウンドで戻ってきたサッカーボールをキャッチすると同時に、落ちてきたテニスボールもキャッチした。
「日々是精進!己の新たな可能性を摸索しながら肉体に磨きをかけていれば、白昼堂々おぞましき咆哮を上げる暗黒の獅子がここにあり!!」
「来たな。」
探していた人物が現れて満足そうなミスターワイズマンコォォォゥの様子を気にせず、男はボールを地面に置いて腰に手を回し、ラジカセで爆発音を鳴らして決めポーズを取る。
「私は、キャプテンチップ!!全国シニア球技トライアスロン12年連続チャンピオン!!キャプテン、チップだっ!!」
「待っていたぞ、キャプテンチップ!!」
キャプテンチップの名乗り口上を聞いてから、ミスターワイズマンコォォォゥはダンボールの口を開くと、中身が見えるようにキャプテンチップに見せ付けた。中に入っていたのは爆弾でも火薬でもなく、何やら小道具一式が詰まっていた。
「むっ!?体育館を爆破する計画ではなかったのか!?」
「それは君を誘き出すための嘘さ!!キャプテンチップ、僕の真の狙いは君の命だ!!」
「何っ!?」
「いくぞ!!はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
全身の気を高めるように声を上げるミスターワイズマンコォォォゥ。地響きとか風圧とか衝撃波とか、当然そういった現象が伴っているわけではないものの、彼の真剣な気迫に押され、キャプテンチップは下手に動けずにいた。
「ダークネス・マージ!!!」
刹那、大きく掛け声を上げながら右手を上空に突き出すミスターワイズマンコォォォゥ。数秒の空白があって後、白衣を脱ぎ捨て、ダンボールからドクロの描かれたTシャツと黒いステテコを取り出し、その身に着用し始めた。
「ぶしゅぅぅぅん!!ぷいぃぃぃぃぃぃん!!ぶしゅぅぅぅぅん!!!!ぷわぉぉぉぉぉぉぉん!!!」
袖や裾を通す度に効果音を口ずさみ、上下共に着用完了。最後にダンボールから4本の角が付いたヘルメットとマント代わりの赤いバスタオル、100均で売っている玩具の剣を取り出し、頭、首、腰に装着した。その風貌は、下手なコスプレよりも質が悪い「ぼくのかんがえたさいきょーのまおう」といった拙いものだった。にも関わらず、ミスターワイズマンコォォォゥは、誇らしげにマント(首元に結んだバスタオルだが)を翻してキャプテンチップの方を向く。
「遅ればせながら、こちらも冥土の土産に名乗っておこう。僕は、悪の秘密結社、はた迷惑追求所の偉大なる幹部、ミスターワイズマンコォォォゥだ。」
「御丁寧にありがとう!だが、ドクター博士!お前がどれほど変貌しようと、私の正義の炎は鎮火されることなどない!!」
「ふふふ、鎮火など生ぬるい!!漆黒の業火でジャスティスファイアを闇に沈めるのさ!!」
ミスターワイズマンコォォォゥは、叫び声を合図にキャプテンチップに向かって走り出す。キャプテンチップは右手拳を前に出し、相手の出方を伺っている。
「デビルダークブラック漆黒剣・ウルトラ黒炎刃!!」
走りながらミスターワイズマンコォォォゥは掛け声を発し、腰に携えた玩具の剣を鞘から抜く。西洋の剣を模した玩具の剣は、刀身に何やら赤いオーラを纏い、不気味に輝いている。
「はいやーーー!!!」
剣を掲げてキャプテンチップ目掛けて振り下ろす。すかさず左腕で防ぐキャプテンチップだったが、不意にその腕に痛みを感じた。
「っ!!これは…!?」
見ると、防いだ左腕に刃が食い込み、腕を覆うスーツを裂いて赤い液体が滴っていた。
「玩具の剣だと思って油断したな!!デビルダークブラック漆黒剣・ウルトラ黒炎刃は、光の女神を喰らう冥王の覇剣なのだ!!」
「ぐっ!!」
再び剣を振り上げ、二撃目を加えようとするミスターワイズマンコォォォゥ。キャプテンチップはすぐにバック転でそれを回避し、再び距離を置いた。懐から絆創膏を取り出し、傷ついた左腕に数枚貼り付け、キャプテンチップはミスターワイズマンコォォォゥを観察する。対面時には見えていなかった薄く赤いオーラが、剣だけでなく、ミスターワイズマンコォォォゥ自身にも纏っていた。
「大納言の妖術のようなものなのか、それとも何かカラクリ染みた仕掛けがあるのか…見極めるのは難しそうだな…。」
「図体の割に機敏だな。だが、逃げてばかりでは勝てないぞ!!」
ミスターワイズマンコォォォゥが再び走り出す。キャプテンチップは、彼の言葉に頷きながらその場で大跳躍した。飛翔するキャプテンチップの手前の地面で上空を見上げるミスターワイズマンコォォォゥは、いつでも迎撃できるように剣を構え、キャプテンチップが落下してくるのを待つ。
「ドクター博士!!お前の言う通りだ!!逃げていても恐らくお前の力の秘密は暴けそうにない!!ここは反撃させてもらうとする!!」
跳躍の最頂点に達したところで、キャプテンチップは目にも留まらぬ速さで両腕を鳥の羽のように羽ばたかせ始めた。
「キャプテンウィンウィン!!!」
羽ばたきで生じた風は、次第に強風へと変わり、地上で待機するミスターワイズマンコォォォゥに襲い掛かった。
「ぐううおおおおぉぉぉぉぉ!!!」
あまりの強風にミスターワイズマンコォォォゥは、攻撃態勢を解き、両腕で顔を覆うように暴風に耐える。ひと時の攻撃の隙を見出した時、キャプテンチップは落下しながら大きく叫び声を上げた。
「ミガ・コーネェ!!!」
掛け声と共に腹部から生成される光の聖剣ミガ・コーネェ。強風が止み、ミスターワイズマンコォォォゥが上体を上げた時には、既にキャプテンチップは地に足を着き、ミガ・コーネェの先端は、彼の胸部を貫いていた。
「ぐうううううっっっ!!!!」
「ぬぅぅぅぅん!!!」
ミガ・コーネェを握る手に力を込めるキャプテンチップ。誰もが正義の勝利を確信したその時、彼の顔に困惑の色が現れた。
「こっ、これは…!?」
聖剣ミガ・コーネェは確かにミスターワイズマンコォォォゥの悪の心目掛けて突き放たれた。しかし、彼の悪の心が排出される様子が一向にない。加えて、その感覚をキャプテンチップ自身も全く感じていなかったのだ。
「うううぅぅぅ…ふふふふふ。残念だったな、キャプテンチップ!!」
「ぐぅっ!?」
苦しんでいたはずのミスターワイズマンコォォォゥは、すぐに余裕の表情に戻り、左手でキャプテンチップの首を絞め、体格差を諸共せずに、彼を軽々と持ち上げた。首を絞められ、集中が切れてしまい、ミガ・コーネェは消失してしまった。掴まれた腕を握り締め、必死に抵抗するキャプテンチップの姿に、ミスターワイズマンコォォォゥは恍惚の笑みを浮かべる。
「残念だったねぇ、キャプテンチップ。君の秘奥義は既に研究済みなのさ。ミガ・コーネェとかいうあの剣、僕には通用しない!」
「ぐぅぅ!!なっ、何故…だ…!?」
首を掴んでキャプテンチップの体を持ち上げたまま、もう一方の手で剣を構えるミスターワイズマンコォォォゥ。剣先をキャプテンチップの心臓部分に向けて、いつでも串刺しにできる準備を整える。
「ふふふ、冥土の土産の追加だ、教えてやる。ありがたく思え!君の操る光の剣ミガ・コーネェは、突き刺した対象の心をブラッシュアップして綺麗にし、悪の心を体外に排出して消滅させる。そうだね?」
「ぐっ、正解だ!」
「それはつまり、悪の心とミガ・コーネェが接触してこそなせる業。もし、悪の心がミガ・コーネェの干渉を受けなければ、ミガ・コーネェなんてただの体に突き刺さる無害な棒も同じ!言っている意味が分かるかい?」
「つっ、つまり、悪の心とミガ・コーネェの接触を妨げる何かが…まさかっ!?」
「御名答!!世に言う『厨二病』ってやつさ!!」
今回のこのような痛々しい格好や年甲斐のない耳を塞ぎたくなる台詞や行動の数々、全てはキャプテンチップのクリアリスト・ブラッシュを封じるための必要不可欠要素だったのだ。
「廚二病の膜で悪の心をコーティングし、聖なる剣を弾き干渉を逃れる…これぞキャプテンチップ抹殺計画の要たる、僕の切り札だ!!」
「うぅ…!!」
首を締める力を更に強め、剣を構える手に力を込める。
「お喋りは終わりだ。君の生命の輝きと共にねぇぇぇ!!!」
握られた剣がキャプテンチップの胸部に勢いよく伸びる。剣先が心臓部付近に触れ、そして…。
「キャプテン!!!ハラドラム!!!!!」
「何!?」
悪の凶刃が正義の心臓に達するよりも0.00056秒早く、キャプテンチップは首締めへの抵抗をやめて、勢いよく自分の腹に強力な拳打を打ち込み、その勢いで後方へと吹き飛ぶことで難を逃れた。剣によるトドメに意識が逸れていたおかげで、首の拘束も勢いで振りほどけたのである。
「まさか自分で自分を殴り飛ばして距離を取るとは…恐ろしい奴だ…。」
「はぁっ、はぁっ…。キャプテンハラドラム!自らに大ダメージを与えながらも、直面した危機からすかさず脱する諸刃の回避術だ!」
腹を擦りながらゆっくりと立ち上がるキャプテンチップ。彼の奇抜な脱出劇に圧倒されはしたものの、ミスターワイズマンコォォォゥは、依然として余裕の表情であった。
「さすがに驚いたが、危機を脱したところで君の不利は変わらない。どうする?尻尾を巻いて逃げるか?逃がすつもりもないけどね!!」
少しでも考える暇を与えまいと、ミスターワイズマンコォォォゥは、キャプテンチップに向けて駆け出す。彼が動き出したと同時に、キャプテンチップも彼に向かって走り出した。
「仕組みが分かればこっちのもの!!ゆくぞ、ドクター博士!!」
「世迷いごとを!!!!」
二人の距離が縮まり、斬撃の間合いに入ったのを見越して、ミスターワイズマンコォォォゥが凶刃を放つ。それとほぼ同時に、キャプテンチップは立ち止まり、内股を作って唇を尖らせてアヒル口を作った。そのまま両手でハートマークを作り、ミスターワイズマンコォォォゥに甘えるように声を漏らす。
「ぅぅ~ん、チップチュッパキュン☆」
「何を馬鹿なことを!!死ねえええええ!!!!!」
奇妙なポーズをとるキャプテンチップに振り下ろされた魔剣。キャプテンチップの肉体を切り刻むその寸前で、刃は小刻みに震えて止まっていた。見ると、ミスターワイズマンコォォォゥが苦しんでいるではないか。全身をプルプルと震わせ、握り締めていた刃は手から抜け落ちた。片手で頭を押さえ、言葉を発することもできずに呻いている。
「うああああ…うぅぅぅ…ぁぁぁっぁぁぁぁぁ!!!!」
「廚二病の弱点、それはその人自身に芽生える羞恥心だ!チップチュッパキュン☆で、お前の中に眠り『本当は自分でやってて痛くてたまらない』と嘆くその羞恥心を呼び起こし、その働きかけによって、お前の中の厨二病という防護壁を崩壊させたのだ!!」
キャプテンチップの高説を耳に流し込みながら、ミスターワイズマンコォォォゥは頭を振って、自身の羞恥心に耐え続ける。心の葛藤で手が一杯の彼に、もはや反撃の術は何もなかった。
「ミガ・コーネェ!!!」
再び腹部から聖剣ミガ・コーネェを生成し、ブラシ状の先端をミスターワイズマンコォォォゥの胸部に突き刺す。
「うががが!!??」
「ぬうううううん!!!!!」
ミガ・コーネェを握る両手に力を入れるキャプテンチップ。今度は手応えがあったようで、ミスターワイズマンコォォォゥの胸部から、悪の心たる黒い靄が排出される。最後の靄が出てきたところで剣を抜き、ミスターワイズマンコォォォゥに背を向けて決めポーズをとる。
「っ…はた迷惑…追求所に…永久の幸福ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…!!」
天を仰ぎ、力いっぱい叫ぶと、ミスターワイズマンコォォォゥは背中から地面に倒れ込んだ。それと同時に排出された黒い靄は全て爆散。キャプテンチップとミスターワイズマンコォォォゥの命を賭した一騎打ちは幕を閉じたのだった。
「ドクター博士、私の奥義を研究してくるとは…恐ろしい相手だった。」
キャプテンチップは、玩具の剣と2種類のボール、脱ぎ捨てられた白衣をダンボールに入れて、ミスターワイズマンコォォォゥを背負いながらダンボールを持ち、芝生を去っていった。
「はた迷惑追求所…いずれまた出会うときが来るだろうが、私は絶対に負けないっ!!」
助けを呼ぶ声が、彼を必要とする声が、この世界に正義を愛し、彼らの力を必要とする者がいる限り、キャプテンチップは戦い続ける。例え、どれほど強大な力を持つ闇の覇者が立ちはだかろうとも、ヒーローは挫けぬ心と怯まぬ勇気で毅然と立ち向かうのだ。全ての生命の自由と幸福を守り抜くために、
頑張れ、キャプテンチップ 負けるな、キャプテンチップ
輝く明日は、君のジャスティスハートによって作られるのだ。
☆次回予告☆
遂に幹部全滅という苦しい状況に陥った悪の中央自動車道、はた迷惑追求所。組織壊滅の危機を案じる回転寿司屋の看板娘、千佳。Season2も残り2話というところで物語の停滞を懸念するナレーター。彼らの不安を払拭する唯一の鍵は、現首領たる通行人Aが握っている。
次回、救え!人助け研究所 外法9 結局帰った首領 を待てっ!!
☆ーーーー☆
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