フェチ6 朝(あした)に桃顔ありて夕べに刺身となる

 雄大な自然の景観に馴染むことなく聳え立つ、漆黒のバベルタワー。その中では、日々、自分の欲望を満たすことに尽力する自己中心的なフェチストたちが集い、各々の活動を自慢し合い、志を一つにして団結していた。この一団、フェチの会に属するメンバーは8名。しかし、人助け研究所とはた迷惑追求所が手を組み、激戦の末に彼らの数名を陥落させたことで、集いし自己愛の戦士たちも残り4名という状況に追い込まれた。バーのカウンター席に座り、棒状のフライドポテトをふかす会の長、すぅぱぁKは、背中にあったかつての賑わいが失われたことに心を痛めた。

「最近ブラザーが全然来ないんだが、これって思春期特有のあれだからなのかなぁ?ねえ、オイスター?」

「マスターです。きっと彼らにも何か他に使命ができたのでしょう。」

ジンジャエールを飲みながら大きく溜息をつくすぅぱぁKにデザートのアイスクリームを出すマスター。目で見て分かるように落ち込む会の長とは違い、マスターは感情を隠すように無表情に徹していた。

「嘆くことはないよ会長…ぬふ。」

丸い金魚鉢を片手に持った眼鏡にスーツ姿の痩せ型男がすぅぱぁKの隣に腰を下ろす。残された貴重なフェチの会の四天王が一人、1510だ。1510は金魚鉢で優雅に泳ぐ桜色柄の出目金、チェリたんを愛おしそうに見つめて、パクパク忙しなく動かす彼女の口の動きを目で追った。

「うんうん…。チェリたんも元気を出してって言ってるよ…。『姿を見せない皆さんの分まで、ダーリン(1510)と私が会長さんとマスターさんを笑顔にしてみせますから。』だって…。ぬふ、さすがは僕のスイートハート!チェリたん、君は僕のエンジェルだよ!ぬふぬふ!!」

口元から滴る唾液を手で拭い、1510は金魚鉢越しにチェリたんにキスをした。事件はその時起きた。

「金魚…チェリたんちゃん、様子がおかしくないですか?」

「…へ?」

口づけに夢中に…キスだけにむちゅー…うおほん!!口づけに集中していた1510は、マスターの言葉を受けて現実に意識を戻し、金魚鉢を覗き込む。先程まで元気に水の中を泳ぎ回っていたチェリたんは、体を横に倒して静止し、ゆっくりと水面に浮上していた。水面に達したところで体の右半分を外気に晒したまま身動き一つしない。その様子に1510は大量の汗を流して金魚鉢をトントン叩きながら必死に声をかける。

「え?え?え!?嘘?うそうそうそ!?嘘だよね!?ね?チェリたん?チェリたん!?ねえチェリたんてば!!!!!」

「ブラザー…。」

すぅぱぁKは、必死で金魚鉢に呼びかけ続ける1510の肩をそっと叩き、首を横に振った。1510は現実を受け入れられず、肩を落として俯いてしまった。彼の背中をすぅぱぁKは優しく擦ってあげた。

「約束…したんだ!いつか…いつか一緒に海を見に行こうって…!」

「うん。」

「彼女ね…自分は桜柄だから…だから向日葵の水着は似合わないって…。」

「うん…うん。」

「でもね…でも!君の笑顔は大輪を咲かせて周りを笑顔にしてくれる向日葵のようだよ…って言ったら、彼女は…水着着てみる…うわああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」

「彼女…きっと最後まで幸せだったと思うよ。君が…最愛の人が側で看取ってくれたんだから…。」

「ああああああああああーーーーーーーーーー!!!!!!チェリたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!!!!!!!」

堪えきれない感情を全て吐き出すように、1510はすぅぱぁKの胸の中で延々と泣き叫んだ。すぅぱぁKは彼の悲しみを全て受け止める覚悟で、むせび泣く彼の顔を抱き、背中を何度も撫で続けた。

 その日、男は世界で最も大切なひとを失った。永遠の別れを受け入れ、悲しみを乗り越え、彼女が愛した世界を彼女の分まで生き続ける。男はまた一つ、大人の階段を一段、大きな一歩を踏み出して上った。



☆今日のぷーたん☆

「もn」あ  … j   warn … 凱 うぇ。


ぷーたんの髭に含まれる唾液アミラーゼは、幸福の鐘を鳴らす大切な町の文化財。背中に1セント貨幣を入れられるのは照れくさいけど、みんなが愛するエーゲ海の夕日を守れるなら、ぷーたんは定期預金だって頑張っちゃうよ。老後が楽しみだね!


明日は、どんな顔を見せてくれるかな?  ぷーたん、またね!

☆ーーーーーーー☆


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