フェチ3 門前の小僧、習えぬ経を歌(よ)む
水に油を注ぐが如く、正義と悪が混在し、共通の敵打倒に向けて日々活動する回転寿司店。店内右奥のファミリー席で、光と闇の中枢が今日もまた、目撃情報の整理と討伐任務に就く人員の選定をしていた。
「Something you have in your heart ♪ Something you'll not be able to see anyday ♪」
「アメリカンホームドラマの主題歌で爆発的ヒットを叩き出した、ソース・スターフィールドのLovEだね。」
「正解ゾンババヌポ!」
いつもの服装で、顔に「全女子の理想」と書かれた紙を貼ったピ・ティーコが、所長と共に話題のヒット曲クイズをしていた。彼女の隣には、アフロヘアで全身銀メッキのスーツを着た、サングラスがワイルドな冴子が両手で何かを掴むような仕草をして待機している。
「次は冴子の番ゾンババヌポ。」
「右手に鉛筆ぅ~左手に消しゴムぅ~…ん~よいしょ!消しゴム鉛筆ぅ!」
「ミーチューヴで流行ったよね。火 小太郎の貧貧栄貧。」
「最後まで歌わせて欲しかったのに…。」
「さっきから遊んでるけど、任務はいいんですか?」
注文の皿を持ってやってきた千佳がテーブルの上に配膳しながら尋ねる。所長はタコを頬張りながら向かい側の席の冴子に視線を送ると、冴子はアフロの中から名簿を取り出してページをめくり始めた。ピ・ティーコも口に手を突っ込む素振りをしながら手品のようにスマホを取り出し、操作しながら画面を見つめる目を忙しなく動かしている。テーブルの中央には、目撃情報がまとめられた新聞広告が置かれており、目撃数の多かった「坊主頭」と書かれた部分に二重丸が施されていた。
「今度の相手はお坊さん、ですか。」
「服装と背丈的に、どうやらまだ子供みたいなんだけどね。」
目視で得られた敵の情報が記してある特徴欄を指でなぞる所長。「カラオケ」の文字で指を止め、トントンとそこを小突く。
「他の連中と違い、彼は決まったカラオケ店に現れる。点数評価をしてくれるモードで98点以上を出すと、その部屋に乱入して、歌詞を奇妙な呪文に置き換えて歌い出すそうだ。その替え歌熱唱で、毎回100点を取って、ドヤ顔で去っていくらしいよ。」
「替え歌で100点って…歌唱力がすごいってことなのかな…。」
「かもしれないね。とにかく、神出鬼没な他のメンバーと違い、遭遇しやすいというのは有難いことだ。ここは囮で誘き出して返り討ちにさせてもらうとしよう。」
「所長、今回はC-GELが妥当かと。彼の歌唱力なら呪文小僧に対抗できる!」
名簿をアフロに戻し、冴子が会員名を告げると、所長はすぐに携帯を取り出し、C-GELに連絡した。同様に部下に連絡したピ・ティーコが通話を切って、スマホをブルマのポケットにしまった。
「そちらが歌で真っ向勝負ならゾンババヌポ、こちらは地の利を生かしたバトルスタイルの刺客を送るゾンババヌポ。」
「まぁ、お前達の力など、空気の抜けた自転車のタイヤ並に役に立たないだろうがな!」
「ふんゾンババヌポ!そうして慢心して足元を救われるのはタイヤの入っていない自転車本体のお前達ゾンババヌポよ!」
互いに憎まれ口をききながら、注文した寿司を相手の口に持っていって食べさせ合う二人。肩を組んで体を揺すりながら、口に広がる旨味を共に楽しんでいた。
「ほんと、仲いいね。」
「なんだ千佳、嫉妬したのか?安心しろ、私の4番はお前だ!」
「それはどうも。」
「私はゾンババヌポ?」
「ババゾノさんは789010番ぐらいかな。」
「安心したゾンババヌポ!」
「それでいいんだ…。」
肩叩き県北西部にある娯楽街、
その人気店の一室、全身輝くほどの美白肌で黒いタキシードを着たロングヘア痩せ体型の中年男がバラードを熱唱している。座席には、注文したクリームメロンソーダをストローで啜るポロシャツにジーンズ姿の金髪少年が頬杖をついて歌う男を黙って見ている。この二人こそ、今回の任務に選ばれた光と闇の使徒。歌っている方がC-GEL。ジュースを飲むのが、はた迷惑追求所の
「おっさん、俺が先にやらせてもらうぜ。」
C-GELが黙って頷いたのを確認して、最テンダーはリモコンの黄色いボタンを押す。しかし、特に何かが起こるわけでもなく、満点法師の選んだ曲が始まった。音楽が鳴り出すと、それまで合掌して静止していた満点法師は、一転して躍動的に曲に乗り始めた。肘を垂直に曲げ手を上に向け、ガクンガクンと両腕を上下させる奇天烈な創作振り付けをして、歌が始まると同時にマイクを口に近付けた。
「生麦生米蓮根米昆~♪ぅ往生ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
軽快なロックミュージックに合わせて、彼が編み出した「生麦蓮根経」を歌詞として熱唱する。歌詞の不一致はともかくとして、正確な音程、聴き心地の良い声質、プロも舌を巻くような歌唱スキル…彼が珍妙呪文で100点を叩き出すのに納得がいった二人だった。
「北有七北有七北有七~~~~♪」
数分後、歌が終わり、満点法師は平静を取り戻し、マイクを置いて再び合掌した。大画面の映像が切り替わり、採点が始まる。評価の様子を見ていたC-GELは、順に出された個別項目評価の結果に眉をひそめる。採点結果が予想外だったのだ。5段階評価で全てが最低の1、そして総合評価である点数は、最低点数の0点だったのだ。画面に表示された結果に笑みをこぼすのは最テンダー。そう、彼が歌開始前に押したボタンは、採点結果を必ず最低評価にしてしまう、「奈落の底ボタン」だったのだ。C-GELと合流する前に先に部屋に入った最テンダーが、部屋の機器にあれこれ細工をしていたのである。
「0点とかだっせー!!意気込んで入ってきてその様かよ!!」
満点法師に対して容赦ない嫌味を浴びせる最テンダー。出鼻を挫き、満点法師の自信を粉々に砕き散らすのが狙いなのだ。常人ならばこの耐え難い屈辱に堪らず逃げ出してしまうところだが、法師を名乗るだけはあり、満点法師はそうはいかなかった。
「評価が~オーバーフロー~つまり~101点の意味~。」
「は?何言ってんだ?現実を見ろよ。お前の歌は下手くそだったんだよ。価値なしの0点。」
「僕の~歌に~嫉妬~醜い~顔真っ赤~ぷぎゃぷぎゃー~。」
「んなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!????」
揺るぎない自信を持った満点法師は、心朽ち果てるどころか、前向き思考で逆に最テンダーを煽り返す。言われたように顔を真っ赤にして満点法師に殴りかかろうとする最テンダーを制止するC-GEL。息を荒げる彼を見て、悦に浸りながら満点法師は部屋を去ろうと歩き出す。しかし、それもまた、C-GELに阻まれた。
「待ちなさい。行く前に、素敵な君の歌声のお礼をさせてくれ。僕の歌、聞いてくれるかな?」
C-GELの熱い眼差しに押され、満点法師は溜息を吐いて椅子に正座した。彼の気持ちが変わらないうちにと、未だに興奮冷めやらない最テンダーを宥めて、C-GELは大画面の前に移動した。選曲操作をして、曲が始まるのを待ちながら、大きく息を吐き出す。するとどうしたことか、体中の美白がボロボロと崩れ落ち、艶々にてかった小麦色の日焼け肌が現れた。突然の変化に二人は口を開けて呆然としている。タイミングを計ったように、続けて曲が始まる。C-GELの十八番「LOVEの記憶」だ。C-GELは曲に合わせてゆっくりと体を左右に揺らしながら、白い歯が見えるほどに口を開き、歌い始めた。
「Love you...甘い恋の淵 君は~囚われて…」
歌が始まったことで現実に戻ってきた最テンダーと満点法師は、C-GELの歌声に耳を傾けた。
「窓の~遮光は意味を~なさず… 君の~心を~照らす…」
初めはそうだった。聞く気はないが耳に流す程度に触れようとしていた二人。しかし、C-GELの放つ声の魔力に魅了され、無意識のうちに釘付けになっていた。
「美しき人の生よぉ!際限ない幸福よぉぉ!僕の胸の高鳴りを、君のためにぃぃぃぃ!!!」
サビに入ったところで二人は思わず体をビクッと跳ねさせ、曲に乗せられた想いを全身で感じた。淡い恋の情念を抱くように心揺さぶられ、途切れ途切れに甘い溜息が漏れる。
「世界で誇れる宝ぁ!LOVEという名の輝石をぉぉぉぉ!!僕は君に捧げたぁぁぁいぃぃぃぃぃぃ!!!」
最後のフレーズまで歌い切ると、最テンダーと満点法師は立ち上がって拍手を送っていた。目は激流を吐き出す滝のように涙を噴き出し、何度も何度も頷きながら、二人はC-GELに感謝と感激の言葉を送った。C-GELは二人に深くお辞儀して、大画面を見る。採点結果が表示されるそこには、ただ一文字「神」と記されているだけだった。決して最テンダーが手を加えたわけでも、リモコンにそういうボタンがあったわけでもない。彼の魂を浄化する歌声が、命ない機械にさえ感動をもたらし、プログラムを変えてしまったのだ。二人はC-GELに近付き、涙を拭って順番に彼と握手を交わす。C-GELは、二人の肩を叩き、光り輝く白い歯を見せながらサムズアップした。
「歌は、意図的に誰かを不快にさせるものであってはいけない。上手いからといってそれを武器にして誰かを傷つけるのも悲しいことだ。君たちが感じてくれたように、歌は、自分は勿論のこと、他の誰かにも笑顔を、感動を、元気を、勇気を与えてくれるものであって欲しいと僕は思う。君たちも自分のため、誰かのため、これからも歌い続けてくれ!」
「「はい!!」」
三人は互いの手を繋ぎ、固い握手を交わした。それから、5時間ほど、三人で声が枯れるまで歌い続けたのだった。
「坊主君とお猿さんの話では、フェチの会は本当に少数精鋭だったみたいだね。」
回転寿司店の右奥で、所長は目撃情報をまとめた紙にあれこれ書き込んでいた。門忌諱と仲良くなったスクッテさん、満点法師を弟子にしたC-GELから聞き出してもらった新情報をまとめていたのだ。
「つまり後は、そのリストに載っている奴ら全員をノックアウトKOさせれば試合終了のゴングが鳴り響くわけだな!」
火 小太郎コスプレのまま手にボクシンググローブをはめた冴子が、ピ・ティーコに容赦ないジャブを浴びせる。対して猫の手グローブをはめたピ・ティーコは猫パンチで全て相殺しながら不満を漏らした。
「それはいいことゾンババヌポが、今回の任務で最テンダーが脱退してしまったゾンババヌポ!代わりの人員を人助け研究所メンバーから差し出せゾンババヌポ!」
頬を膨らませるピ・ティーコを宥めるように、冴子はジャブをやめてグローブを外すと、ピ・ティーコに近付き、親指と人差し指でピ・ティーコの顎をつまみ、クイッと上げて甘く囁くように呟いた。
「ババゾノさん…危険を感じて防衛本能に徹するフグだってそんな顔はしないぞ…。私は、いつもの素朴な君が好きさ。」
「冴子たんゾンババヌポ…。」
ピ・ティーコがハニートラップ?に掛かっているうちに冴子は彼女の両頬を両手で叩き、口から空気を吐き出させて風船状態を解かせた。ピ・ティーコはまだ術中にかかっているようで、冴子の両頬を鷲掴みにして、口をすぼめながら目を閉じて冴子の顔に自分の顔を近付ける。乙女の純情の危機を感じた冴子は、本能のままにピ・ティーコを巴投げし、難を逃れた。そんな感じで店内で暴れていた二人は、当然ながら千佳に怒られて正座させられた。彼女達の様子に苦笑いしながら、所長はまとめた紙を改めて眺める。
「元メンバーの二人から得た情報にあった金魚を合わせて残り6名。さて、次はどう出る、フェチの会?」
着実にフェチの会の戦力を削いでいる人助け研究所とはた迷惑追求所の連合軍。しかし、仲間を失おうともフェチの会が怯むことは決してない。仲間の存在すらも重んじない冷徹な自己愛集団に壊滅の時は来るのだろうか。全ての鍵は、手を取り彼らを追う光と闇の戦士たちに委ねられている。
☆今日のぷーたん☆
「ぉ そぶぁ。。。。。ぁぁあ?」
テュラン先生は物知りなんだ。ケパブの実の組成も、カンブリア宮殿の面心も、コモドオオトカゲの唾液に含まれる病原菌の数も…何だって知っているよ。ぷーたんも先生みたいに立派な英国紳士になれるように、紅茶マイスターの資格と世界に通じるテニス技術を取得して、ウィンブルドンを目指そうね!
明日は、どんな顔を見せてくれるかな? ぷーたん、またね!
☆ーーーーーーー☆
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