フェチ4 馬も走れば法に当たる
ここは、肩叩き県の南北を一直線に繋ぐ高速道路の一部。平日の早朝であまり混んではいないが、荷物を運ぶトラックや朝一通勤の車など、ちらほらと行き交う車の姿が見られる。昼間の賑わいに乏しいそんな、平和な高速道路に、怪しい影が紛れ込んだ。ブリーフを穿いて背中に「ジェットエンジン」と書かれたダンボールを背負う一匹の馬が、左車線に凛々しく立つ。フェチの会一の駿馬、無限馬力が現れた。無限馬力は右前足で地を掻き、ブルルンと鼻を鳴らして、果てしなく続く道の先を見据えた。
「マッハ!マッハ!マッハマッハマッハ!!!!」
(俺は、誰よりも速く、空よりも海よりも速く、光よりもビッグバンよりも速く…速く速く速く速く速く!!)
「マッハマッハマッハーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
ブルヒュヒィィィンと高らかに雄叫びを上げたのをきっかけに、無限馬力は道路を疾走し始めた。走るうちに速度が徐々に上がっていき、右手に見えてきた追い越し車線を走る車をあっという間に追い越した。そのまま彼は走り続ける。正面に出現した障害物たる車を車線変更で華麗に追い抜かし、進行方向の車線全てを塞がれていたときは、反対車線に出てやり過ごす。無限馬力は止まることなくひたすらに前へ前へと走り抜ける。
「マッハ!!マッハマッハ!!!!!!!!」
(俺は誰よりも彼よりも彼女よりも俺よりも、速く速くなければ速くなければならない!!俺の父と母は、実力ある名競走馬だった。あらゆるレースで勝利と栄光を勝ち取り、世の競走馬たちの憧れの的だった。そんな二人から生まれたサラブレッドな俺は、周囲からの期待も大きく、プレッシャーを感じることはあったが、それでも父と母の名に恥じない、最強の名馬になろうと決心した。しかし、俺の明るい競走馬ライフに、ある時、最悪の事件が発生した。俺の練習に付き合ってくれていた父が、自分の糞に足を取られて崖から転落、帰らぬ馬となった。悲劇はそれだけではなかった。不幸というものは恐ろしいことに立て続けに起こるものなのだ。母が、亡き父の代わりに俺と走り込みをしていた時、彼女もまた、自分の糞に足を滑らせ、父の後を追うように奈落の谷底へと飲み込まれていった。大切な馬を二度も失った俺は怒り猛った。人間達に復讐してやる。競走馬という宿命を背負わせ、俺たち親子に絶望と恐怖を味あわせた悪魔のような人間達に。俺は復讐の第一段階として、牧場のあちこちに糞を撒き散らしてやった。それから同じ牧場の動物達の餌を横取りしたり、牧羊犬を追い回してやったり、餌を差し出す人間の手を涎まみれにしてやったり…残虐非道の数々をこなし、俺は益々荒れ果てた。しかし、いくら報復をしても俺の心が満たされることはなかった。残るのは罪悪感と虚しさだけ。いつしか復讐すらもやめて、俺は光を見失っていた。そんなときだ、彼女が俺の前に現れたのは。俺の専属トレーナーの人間、サラ・ブレッド。彼女は俺の暴虐的な態度に嫌な顔一つせず、ただただ笑顔を向けてくれていた。そして、サラが寝付けない俺を心配して様子を見にきたとき、彼女が俺に言った一言で、俺はようやく長い悪夢から醒めることができた。「ケビン、明日は乗馬体験で人を乗せるけど、あなたなら大丈夫よ。ボニーもロビンも最初はそうだったもの。でも彼らは立派に乗馬として育った。だからあなたもきっと大丈夫。」その日から俺は自分の夢を取り戻した。そうだ、俺は栄光ある競走馬だ。速さを、速さを、誰よりも何よりも速さを!!俺は久しぶりに牧場を走った。最高に気持ち良かった。気持ち良過ぎて牧場を飛び出し、故郷のニュージャージーを離れ、カメルーン、バルセロナ、モロッコ、台北、そして最後に訪れた小樽。俺はオールオーバーザワールドを走り抜けた。あれから20年、俺は月日を重ねる毎に自分の速さが磨かれていくことに喜びを覚えるようになった。それを支えてくれる河童君と友達になったことで、俺は初めて自由速度というものを知った。俺は何者にも縛られない。俺はもはや馬ですらない。目の前に道があれば走り抜けるだけ…俺こそが至上最速の速度なんだ!!!!!!)
「マッハ!!マッハマッハマッハ!!!マッハ!!!!!」
走れ無限馬力。力の限り走れ走れ。君を待つ最速という名の王冠を被るため、亡き両親の想いを継いで…走れ走れ。遠馬よ走れ。
「マッ、ハーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
「来たぞ!ネットを出せ!!」
無限馬力の前方に、クッションの防壁と地面にもクッション。警察官が30人ほど待ち構えていた。迫ってくる無限馬力との距離が一定値に達したところで、警官たちは一斉に捕獲用のネットを無限馬力に投げつけた。ネットを被り、無限馬力は足を取られてクッションに勢いよく突っ込む。
「マッハ?マッハ!マッハァァァァ!!」
「捕まえたけど、まだ暴れてるぞ!?麻酔を!」
自分の身に起こっていることが理解できずに激しく抵抗する無限馬力だったが、麻酔を打たれ、身動きが取れなくなり、あえなく警察に連れて行かれた。無限馬力を目撃したドライバーからの複数の通報があったのだった。
「
回転寿司店のいつもの席で、お茶を啜りながら新聞を広げる所長は、珍事件を綴った記事を興味深そうに見ていた。千佳の手伝いで店の掃除をしていた冴子は、テーブルを拭く手を止めて、敵の情報がまとめられた紙を確認する。
「そういえば、フェチの会にも駆け足自慢のおんまさんがいたような。」
紙に書かれた会メンバーの特徴リストには、確かに「爆走馬」の文字が書かれていた。
「まさか、この馬、フェチの会の一員だったりして?」
「まさかぁ!警察に捕まるような連中なら、既に全員豚箱の中でブーブー鳴いているぞ!」
「だよねぇ!」
「「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!」」
「こらゾンババヌポ!笑う暇があるならきびきびと手を動かせゾンババヌポ!!」
「ぴち子さんも、しゃりのつまみ食いしてないで、各席のお醤油の補充お願いしますね。」
「うぃゾンババヌポ。」
のどかな祝日の朝、世のため人のため、お店のために尽力する一行。日々神経を尖らせて大敵の襲来に備える戦士たちにも、平穏な日常という束の間の休息が必要なのである。
☆今日のぷーたん☆
「…y…yy…ypt…。」
ぷーたんの海馬には、直角三角形のベンゼンスルホン酸が蓄積するよ。地下茎からナトリウムを吸収すると同時に、眉毛の毛穴から、七色のカメムシがムスッとした顔を覗かせるの。すごくエッチだね!
明日は、どんな顔を見せてくれるかな? ぷーたん、またね!
☆ーーーーーーー☆
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