任務2 好意よ来ぉい
ここは、田畑に囲まれた田舎町の駄菓子屋、人助け研究所本部。人々の幸福と笑顔を守るために陰で活動する光の結社なのだ。
定例会議に集まった冴子は、ペンギンの着ぐるみを身に纏い、震えるようにして体を縮みこませていた。彼女の様子を心配したマスターは、押入れから毛布を取り出して、彼女を包むようにかけた。しかし冴子は、不要と言わんばかりにすぐさま毛布を振るい落として再び体を震わせる。
「冴子君、寒いのなら遠慮せずに毛布を使って下さい。妻の毛布ですから加齢臭とか汗臭さとかありませんよ?」
「そうじゃない…そうじゃないんだ、マスター…。」
冴子ペンギンは、微振動をしながら懐から手紙の束を取り出した。マスターが手紙を受け取り、一つずつ封筒の裏表を見ていくと、冴子宛のラブレターの束だった。差出人は、それぞれ別々の名前が記されている。
「冴子君、もしかして…恋の悩みですか?」
「そうだ…。恋…罪深き愛の探求…!」
冴子はその場に立ち上がり、ペンギンハンドでマスターを指す。漫画で良く見る「ビシッ!」という擬音が良く似合いそうである。
「アイドルグループへの恋慕を募らせるように、私に底のない愛を求めてくれる可愛い子猫ちゃん達!彼女達の思いを傷つけないためにも、いつかは一人に絞り込まないといけないと思うのだが…聖人君主たる私には、そのような残酷な行為に及ぶ事ができないのだ!」
「全員と結ばれれば良いのでは?」
「現代日本において、多妻というものはタブーなのだよマスター…。」
冴子は下を向いて再びその場に腰を下ろし、体育座りで震え始めた。
「今の私に必要なのは、冷徹無悲な氷の心…。いつまでもかまくらの中で暖を取っていては、水神様もさぞお怒りだろう。外に出て、極地の寒気に晒されるペングィンの如く、この身に氷の刃を宿し、私は子猫ちゃん達を最後の一人になるまで切り捨てる!」
「…そういうことならば止めませんが、ペンギンは暖を取るために仲間同士で体を密着させ合うとテレビで言っていたような。」
「何!?つまり、私は今、私のために暖を作ってくれる子猫ちゃん達を裏切るようなことを…。恩を仇で返すなんて、私は…私はなんて愚かなことを!!」
冴子ペンギンは大粒の涙をこぼしながら、何度も何度も床を叩き続けた。マスターは布団をしまうと、冷蔵庫からラムネを取り出し、愛を思い哀に染まったペンギン娘のそばにそっと置いておいた。今の「愛を~」のくだりは、我ながら上手いことを言ったと自負しているのだ。
「愛や友情…好意というものは向けられると気持ちの良いものではあるが、だからと言って自ら欲するものでもない。求めすぎても、周囲は良い目をしないだろう。」
「あっ、所長。お疲れ様です。」
駄菓子屋の店の方からスーツ姿の所長が上がってきた。手に持った一枚のカードを二人に見せると、マスターは円卓を用意し、冴子は座布団を敷いた。三人が定位置に腰掛けたところで、所長はカードを円卓の中央に置いた。
「好意というものは、自然と生み育むものであって、人に強要するものではない。強要が許されるのは、接客業などの職務のように生業としている場合ぐらいだろう。「親しき仲にも礼儀あり」という言葉があるように、節操なく好意を求められても、求められた相手は逆に負の感情をその人に抱きかねない。」
「今回のコマッターはその被害者、ですか。」
カードに書かれたコマッターの似顔絵と仮名を見つめる一同。救助対象の個人情報を慎重に扱うために、コマッターの撮影や本名明記は禁止されているのだ。
「加害者は通称、だよな君。このコマッターだけでなく、他にもあちこちで自分に対する好意を強要する好意中毒者だ。」
「被害人数が多いとなると、説得は厳しそうだな。ちなみに周囲にさりげなく諭してくれるような人格者はいなかったのか?」
「いたにはいたようだが、説得の内容よりも「自分のためを思って言ってくれている」という部分を誇大認識してしまい、効果がなかったらしい。」
「手強そうな相手ですね…。」
マスターが用意した広告の裏側に対応できそうな会員の名前を挙げていく。24の候補者を挙げた後、三人は一斉に一人の会員の名前を指差した。
「毒を以って毒を制す。」
「好意が欲しければ好きなだけ与えてやればいい、ですね。」
「この案件、彼以外に適役がいるであろうか?いやいない!」
「ホメトロン!!」
昼下がり、ンホォー公園のベンチに座り、話をする二人のスーツ姿の男。スキンヘッドに蛙の様な顔をした今回の加害者、だよな君は、いつものように後輩に好意搾取をしていた。
「中村ぁ!これ、くじで当てたポケットティッシュ!お前良く鼻詰まるって言ってたろ?俺達親友なんだからほら、受け取れよ!」
「は、はぁ…どうも。」
「気にすんなよ!俺達親友だよな?だから当然のことをしたまでで!いや~お前のためにわざわざ隣町のスーパーまで車走らせてよかったわ~!隣町のスーパー!あの坂道が超続くとこ!上り坂多くて大変なんだよなぁ!」
「ぼ、僕なんかのためにすみません…。」
「だから気にすんなって!俺達親友だよな?親友なら危険な思いをしてまで買い物行ったって普通だろ!?」
「そっ、そうっすね…。」
「だよな!だよな!よし、今夜は親友達を集めて、絆を確かめ合う会合だ!!いい店知ってるから、竹内と新村も誘わないとな!親友と酌み交わす美酒は格別だもんな!な!?中村!」
「あ、あの…ここ毎日行ってると思うので、今夜は…」
「何言ってんだ中村!親友に毎日も糞もないぞ!あっ、俺の金の心配してくれているのか!親友思いなやつめ!泣かせてくれる!心配するな!親友からの誘いであれば、俺は出し惜しみもせずに飲み会の金を出すぞ!大好きなお前ら親友と過ごす時間は、プライスレスだからな!ははははは!!!」
「…。」
中村の肩に手を回しながら、だよな君は豪快に笑い声を上げた。対して中村は、迷惑そうに顔を歪ませ、前のめりになっている。このままではいずれ中村は人間不信に陥りかねない。コマッターの悲痛な心の叫びを耳にして、一人の初老の男性が二人に近付いてきた。期待のルーキー会員、ホメトロンである。白髪の混じった濃い眉毛を何度も上下させながら、ホメトロンはだよな君の前に立った。優しそうな表情の翁の存在に気付いただよな君は、中村の肩に回した腕を戻し、ホメトロンに向き直った。
「ん?じいさん、俺に何か用か?あっ、もしかしてさっきの俺達の友情談話に惹かれて、あんたも仲間に入りたいと!?俺の親友になりたいんだよな!?」
キラキラと目を輝かせてホメトロンを見つめるだよな君。一旦目を閉じ、ホメトロンも負けじと目を見開いて瞳の奥の大銀河を見せ付けた。
「そうじゃともそうじゃとも!!君のような友達思いの若者に、わしの心はビッグバンじゃ!どうか、この老い先短い老いぼれも親友にして欲しい!」
「うおおおお!!いいぜじいさん!!おい中村!俺達に新しい親友が出来たぞ!三人で親友談義に華を咲かせようぜ!世界に一つだけの大輪をよぉ!!」
「いや、それもいいが、わしはお前さんとサシで話がしたい!お前さんという慈愛、友愛に満ちた男の魅力をとことん知りたいのじゃ!」
ホメトロンが中村に顔を向けてウインクすると、厄介ごとをホメトロンが請け負ってくれるという意図に気付いた中村は、ホッとした表情になり、頭を下げた。
「そっ、それなら僕はこの辺で失礼します。先輩、また今夜…。」
「んー、そうだな。じいさんがそういうなら、親友として望みを聞いてやらんとな!中村、気をつけて戻れよ!」
だよな君の声に手を挙げて答え、中村は足早にその場を去っていった。彼の背中が見えなくなったところで、ホメトロンは中村が座っていた場所に腰掛け、だよな君のほうに体を向けた。だよな君もまた、ホメトロンのほうを向き、期待に満ちた顔をしている。
「話す前にじいさん、寒くないか!?これ貸してやるから羽織ってろよ!」
「おおすまんのう!親友の些細な気遣いで、心も体もポカポカじゃわい!!」
「そうだろ!?そうだよな!?俺達親友だからこそ、こうして心の温度が分かるってもんだ!」
「ほっほっ、そうじゃな!おや!?首の所に糸屑が!親友として見過ごせはせんのぉ!ほりゃ!親友の痴態の危機は免れたぞ!」
「うおおおお!!すまねえ、じいさん!!親友の中村でも気付かなかったシークレットポイントをこうもあっさり!あんたやっぱり最高の親友だわ!!俺も鼻高々!!」
「鼻が高いのはわしも同じじゃ!!お前さんという仏様のような親友ができて、迷わず成仏してしまいそうじゃわい!」
「不謹慎なこというなよ!俺達親友だよな?死ぬ時はいつも一緒!じいさんには親友としてこれからも長生きしてもらわないと!!」
「ほほぉ!どこまでも優しいやつめ!!親友の願いならば聞かぬわけにはいくまいて!!」
…
……
………
だよな君が好意を求めれば、ホメトロンが親友という特上カルビを与え、ホメトロンが好意を求めれば、だよな君が親友という高級寿司を馳走した。飽きもせずに「親友」という言葉の応酬を続け、飲まず食わずの語らいは三日も続けられた。その様子を遠目に見聞きしていた野次馬達は、次第に「親友」という言葉と繰り返される同じ内容の会話に胃もたれを起こし、二日目の朝からは、公園に誰も寄りつかなくなっていた。親友同士の激しい賛美の嵐が静まったのは、三日目の夜。先に崩れ落ちたのは、だよな君だった。喉はカラカラに枯れ、地にうつ伏せに寝そべりながら、だよね君は地面に方膝をつくホメトロンを睨む。これまで向けていた善意の眼差しはそこに無く、息を荒げて苛立っていた。対するホメトロンは、初めの接触時と変わらぬ笑顔を絶やさずにいたが、自分に方膝をつかせただよな君に対して、驚愕と尊敬の念を抱いていた。
「ほっ…怒った顔をして…どうしたんじゃ?」
「あんた…親友…なら…そんなに…人に友情を…強要する…な…。親友…の…価値が…安っぽく…なっちま…う…。」
「おお…わしのことを叱ってくれるのか…。さすがは親友…。さすがは…わしの見込んだ男…。」
「そうじゃな…い…。」
上げていた顔を落とし、頬を地に着けて、だよな君は気を失った。勝利を掴んだホメトロンは、本部に連絡を入れ、タクシーを呼び、だよな君を病院へと連れて行った。
この戦いが後に、「
「それで、あれからだよな君の様子はどうだ?」
長ンホォーの戦いから一週間が経った人助け研究所本部。白くまの着ぐるみを着た冴子は、畳の上に寝そべりながら、ラブレターの返事を書いていた。マスターは帳簿をつけながら、ホメトロンからの報告を伝える。
「仕事に復帰してからは、親友という言葉を使う回数が減り、恩を着せるなどして無理に好意を引き出すようなこともしなくなったそうです。」
「何よりだ。これで多くのコマッター達が救われたな。」
事後の状態良好を確認し、冴子は返事を書く手を進めた。と、鼻毛を切っていた所長が思い出したように口を開く。
「そういえば冴子君、結局氷の心を云々かんぬんはどうなったんだい?」
所長の問いかけに、冴子は振り返り、着ぐるみの頭をポンポンと叩いて見せた。
「あれから色々考えたのだが、ペングィンはやめることにした。これからは獰猛な肉食獣として、氷原に現れた子猫ちゃん達に牙を立てて食べまくるつもりだ!ラブレターは全部OKする!誰もが皆勝った!」
「冴子君、多妻のデメリットを自分で指摘していませんでしたっけ?」
「それは…そうだな…。うむ…どうしたらいいものか。」
返事を書く手を止めて、着ぐるみのフードを取り、悩む冴子。そんな彼女の様子を温かい目で見つめながら、マスターの妻が出してくれた渋いお茶を口にして、この微笑ましい日常をこれからも守っていきたいと心に決める所長であった。
終
☆当てにならない次回予告☆
太古の文明が生み出した魔道兵器「チャッカリシテラー」。うふん高原にてその兵器を発掘した若き天才アリゲーター、爆裂ドモちゃんは、その力を使い、全国のお菓子売り場からチョコレートを抹消しようと企む。その動きにいち早く気付いた、宇宙重力理論研究所の室長、アーシー・ツッターが、子供たちの夢と希望を奪う暗黒甘党抹殺計画の阻止に向かう!果たして、アーシーの運命や如何に…!?
次回、救え!人助け研究所 任務3 ビターチョコは狙われない
甘い恋を、してみませんか?
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