任務3 客神、粕タマー
人助け研究所本部である駄菓子屋、FiveLow。普段は学校帰りの子供達や近所のおばちゃん達が小腹を満たすために立ち寄る程度の物静かな店だが、その日は様子が違っていた。店内は満員状態となり、外には畦道に沿って長蛇の列ができるほどに繁盛していた。早朝から、招き猫のコスプレをした冴子が、店の前で手招きをしていた影響である。冴子自身に招客の異能が備わっているというわけではないが、招き猫という存在の不思議な力と冴子の異常なまでの達者な猫真似が、危険な化学変化を引き起こし、爆発的に人を招き込んでしまったのだ。マスターと妻は、嬉しい悲鳴を上げながら、商品の補充と会計で狭い店の中をバタバタと駆け回っていた。彼らの様子を奥の部屋で見ながら、所長は自販機で買ってきた梅ジュースで喉を鳴らしていた。
「千客万来、商売繁盛…客ありきの商売だから、お客様々だねぇ。でも…」
所長は、円卓の上に一枚のカードを出し、コマッターの被害状況の欄を人差し指で小突いた。
「「お客様は神様」を拗らせた残念な客人が、かえって店を貶めるという事案が起こっているのも事実。悲しいものだねぇ。神様はもてなされるだけではないでしょうに。信仰者=店側からの誠意のもてなしに対して、神様=客は誠意の施しで以って返すのが礼儀。神様は、信心の見返りに信仰者に幸福をもたらしてこそだからね。払ったお金は、あくまで店のサービスや物を得るための関所でいう通行料みたいなもので、金を払ったから何をしてもいいというわけではないから。「ぼくのかんがえた極上のもてなし」を横柄な態度で一方的に求めるような神様なんて、誰も信仰したくないだろうし。飲食店なら、店を去る前に笑顔で「ご馳走様」と店側に伝えるぐらいの気遣いはあっても良いと思うんだがね。」
所長は、携帯電話を取り出し、とある会員に電話をかけた。
「ももしし。」
「ももひき…。」
合言葉を確認し、所長は電話相手に任務を伝える。
「闇に堕ちた神との戦いだ。万全を期して臨んでくれたまえ、
えーん街道の道沿いに面した定食屋、豚肉の油。休日は家族連れで賑わい、平日にも昼休みを利用してサラリーマンが毎日のように足を運ぶ人気の店である。この店の店主、
「いつもの。今日はクソペコだから、さっさと持ってこいよ。味付けもパフェクでな。」
「は、はい…。しょ、少々お待ち下さ…」
「あ?お前、耳悪いの?クソペコだからさっさと、っていったよなぁ?神様待たせていいわけ?あー…この店祟って潰すわぁ。」
「もっ、申し訳ございませんでした!たっ、ただちにお持ちします!」
泣き出しそうになりながら、少女は足早に厨房に戻っていった。ゴラは、懐からタバコを取り出し、天井を見上げながら煙を勢いよく吐いた。このゴラという男、店に初めて訪れた時から傍若無人ぶりを発揮し、「お客様は神様だから」という理由で、ひときわ綺麗な内装の個室と専用のテーブルを用意させ、味付けも口煩く指示し、気に入らなければ無料で作り直させるという暴挙ぶり。苦言を呈そうものならば、インターネットで悪評を流すと脅し文句を発し、警察を呼べば報復も辞さないとも告げ、手に負えない始末。アルバイトの子達や家族の身を案じる店主は、彼を糾弾する決断ができずに、今日まで言いなり状態となっているのだ。店主は悲しい顔をしながら、注文の豚肉タワー丼を作っていると、再び店の中に客が入ってきた。長い白髪で目元を隠し、青白い不健康そうな肌にガリガリの体型、極めつけはその容姿に不釣合いな巫女服を纏った、老婆のような外見の少女が、ゆっくりと厨房の店主のもとに歩んでいった。彼女こそが、神仏や妖怪の類専門の会員、痛子である。カウンター越しに店主を覗き、痛子はもごもごとはっきりしない声で、店主に話しかけた。
「男…神様は…何処ですか…?」
「へ?か、神様ってゴラ…じゃなかった、目つきの鋭い方ですか?」
こくりと頷く痛子。店主は、彼女の不気味な様相に警戒心を抱きながらも、ゴラの知り合いであるならば下手なことはできないと考え、ゴラの個室を黙って指差した。
「んふ…。」
痛子は、にんまりと笑みをこぼしながら、ゆっくりと店の奥へと歩んでいった。店主は、しばらく彼女の背中を見つめたまま固まっていた。
痛子が個室に入ると、ゴラはスマホをいじりながら、タバコの先端をテーブルに押し付けていた。人の気配に気付いたゴラは、スマホを見ながら口調を荒げて怒鳴りだした。
「んとに使えねーな!作るの遅すぎんだよ!こっちはスカペコで待ってやってんのに、何様だクソ!鈍亀!雑魚!」
「…御魂よ。輪廻の巡りより汝の子の業を戒め、悠久の安寧を永久の華に…」
「何ブツブツ言って…何だてめぇ!?」
ようやく顔を上げたゴラは、店員だと思っていた人物が何かの儀式のように手を忙しなく動かし、ぶつぶつと呪文のようなものを呟いていることに気付いた。風もないのに逆立つ髪の毛、前髪も上がり、解放された両目は白目が分からないほどに充血していた。見開いた目は、サバンナの王者の如く、ゴラを捉えて離そうとはしない。異様な巫女の異様な光景に、ゴラはスマホを床に落とし、圧倒されていた。
「うんぺけどん…うんぺけどん…硫黄アルカリラドンの湯…」
儀式が佳境に入ったのか、拝むように両手を胸の前で合わせ、それを激しく上下させながら、目玉をギョロギョロとあちこちを見回すように動かす痛子。
「かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!」
目玉が再びゴラに焦点を合わせた瞬間、鳴るはずのない雷鳴が店内に轟き、明るかった店内は深い闇に包まれ、地鳴りと共に痛子の体は勢いよく床に倒れ込んだ。突然の出来事に、恐怖を感じたゴラはその場に立ち上がり、背後の壁に背中をつけて、痛子との距離を取った。場にしばしの沈黙が訪れる。常識の範疇を超えた痛子を警戒するゴラは、下手に動くことができずにいた。痛子も仰向けに倒れたまま動こうとしない。
「なっ、何だってんだよ一体…?」
壁を伝いながら、ゆっくりとその場を離れようと、ゴラは足を小さく動かした。すると、それに反応するように倒れていた痛子の体が、間接を曲げることなく起き上がり、ゴラの方を向いた。人間の挙動ではない痛子の動きに、ゴラは腰を抜かし、その場に座り込んでしまう。痛子はスライドするようにゆっくりとゴラに近付いてくる。ゴラは、恐怖のあまり、身動きが取れずに、泣き声を上げるばかりだ。
「ひぃぃぃぃーーーーー!!!く、くるなぁぁぁぁーーーーーー!!!」
ゴラの懇願虚しく、痛子はゴラの目の前まで進み、ゴラの顔を覗いた。恐怖に顔を歪ませるゴラだったが、ふと目に入った痛子の顔に、親近感を覚える。
「ばっ、ばあちゃん…?」
痛子の顔は、ゴラにそっくりな鋭い目つきの老婆の形に変わっていた。痛子は、ゴラの頭をそっと撫でながら、慈愛に満ちた瞳を彼に向けた。
「まーくん、あんたはあたしに似て、悪人相になっちまったが、心は真っ直ぐな良い子だ。心まで真っ黒にしちまったら、あたしゃ死んでも死にきれんよ。…死んじまったけどね。」
「ばあちゃん…俺…。」
声まで祖母のものだったのか、ゴラは大粒の涙を流して、俯いた。なんと痛子は、ゴラの亡き祖母をその身に降ろしたのだ。痛子もといゴラ祖母は、頭を優しく撫でながら、ゴラに囁くような心地よい声をかける。
「誰だって道を間違えることはある。それが人間だ。でもな、まーくん。間違えたら正しい道に戻らないと、いつか暗闇に迷い込んで化け物に食われちまう。食われた後は、まーくんも化け物になって、暗闇から出られなくなっちまうんだ。あたしゃ、まーくんにそうなって欲しくないんだよ。だから…」
「うん…俺、道を戻るよ!ばあちゃんが、安心して天国でお茶を飲めるように…。ごめんな。ごめん…な。」
涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃになった顔をこすり、ゴラは、祖母に不器用ながらも元気な笑顔を見せた。ゴラの顔に安心した祖母は、笑顔で頷き、痛子の体から抜けるように、魂が天に還っていった。祖母の昇天と共に辺りの闇が晴れ、元に戻った痛子は、ゴラの肩を叩き、共にレジに向かった。そこでゴラは店主に土下座してこれまでの非礼を詫び、二度と店に近付かないと約束して去っていった。
帰り道、空を眺めて亡き祖母に思いを馳せながら、ゴラは家路へと走っていった。その背を見送りながら、痛子は本部への連絡を入れた。
「かくして邪神は、光の道に舞い戻り、良きお客様としての振る舞いを心掛けるようになりました、ということですか。」
「なーん。」
大繁盛の二日後、在庫の補充を終えたマスターは、猫じゃらしで招き冴子にゃんの遊び相手をしながら、今回の一件の報告を所長から聞いていた。冴子は、まだ招き猫を演じているのか、マスターの動かす猫じゃらしの先端を目で追いながら、猫パンチを繰り出してじゃれている。実に愛らしい姿である。所長は、冴子が用意しておいたスペア用のネコミミを着けながら、マスターが用意してくれた飲むゼリーに舌鼓していた。
「それだけじゃないよ。かつての自分と同じように、神様を自称して暴挙に出る困った連中を注意する、守り神にもなったみたいだ。きっと、今の彼の姿が本来の彼だったのだろうね。」
「守り神…店側にとっての本当の神様になったのですね。」
「なーん。」
「どうしました、冴子君?」
「なーん。なーお。にぃぃぃぃ。私も。なーお。」
「ははは!そうだね、冴子君も立派な客寄せの神だ。」
「所長、猫語が分かるのですか?」
「ははは、猫語はさっぱりだが、洞察力に長ける僕に掛かれば、冴子君の意思ぐらい軽く見透してしまうよ。」
「さすが所長です。」
気分よく二本目の飲むゼリーに手を掛ける所長。その手を冴子にゃんの肉球が捉えた。驚いた表情で彼女を見る所長に、冴子にゃんは猫科特有の獲物を狩る目を向けた。
「そうではなく…私もそれ、飲みたいにゃん。」
「…。」
「…。」
「…。」
「ははははははははは-------!!!!」
気まずい空気も笑いで吹き飛ばす、陽気で愉快な人助け研究所。
彼らの戦いには、この世にコマッターがいる限り、終わりがないのだ。
終
☆当てにする価値のない次回予告☆
あたし、ルミ!大好きなユキヒロ君に告白しようとしていた大切な日、ユキヒロ君が、
次回、救え!人助け研究所 任務4 誕生!純愛戦士 ラブフォーリン!
略奪愛は、あたしが許さないっ!
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