フェチ8 五十歩四十八歩
肩叩き県南北を結ぶ主要な陸運路の一つとなっている高速道路。重荷を積んだトラックや県内遠方を目指す乗用車が行き交う、血気盛んなバトルハイウェイである。そんな喧騒止まぬ速度狂たちの楽園に、早朝、欲望の坩堝より出でし混沌の悪魔がその姿を現した。
左車線に悠々と佇む巨体。ブリーフを穿いて、背中に「ぇぼりぅしょん」と書かれたランドセルを背負う一頭の馬が、クラウチングスタートの体勢で、前方に待ち受ける遥か彼方の地平線を見つめていた。フェチの会屈指のF1レーサー、無限馬力である。無限馬力は、ゆっくりと呼吸を整え、静かにその時が来るのを待つ。目を閉じ、吹き抜けるそよ風にたてがみをなびかせながら、意識を集中させた。と、ブオオと後方からクラクションが鳴り、追い越し車線を通って一台のトラックが無限馬力の横を通過した。トラックの後輪が彼を追い抜こうとする刹那、無限馬力は目を見開き、腰を上げ、トラックの全体像が視線の先に収まったと同時に、左足を大きく前に踏み出して、二足で走り出した。
「マッハ!!マッハ!!!マッハマッハ!!!!!」
無限馬力は鼻から蒸気を噴きながら、先程追い越されたトラックをすぐに追い越し、力強く右足、左足を踏みしめて前へ前へと駆け抜けていく。後方の追い越し車線を走るトラックの姿は、あっという間に見えなくなった。
「マッハ!!マッハマッハ!!!!マッハ!!!」
(俺は、誰よりも速く!天狗よりも火車よりも速く!第二宇宙速度よりも地球誕生の瞬間よりも速く!速く速く速く!!!)
前方を走る軽自動車に追いつき、高らかに跳躍して飛び越え、安全な車間距離を保った地点で着地。勢い止まぬまま走り続ける無限馬力だった。
「マッハマッハマッハ!!!!マッハマッハ!!!」
(俺は疾風だ!!轟く嵐だ!!避雷針すら寄せ付けられぬ迅雷だ!!ポリスメンに扮した怪しい教団に捕らえられ、奴隷牧場に連れて行かれた俺だったが、牧場オーナーの隙を突いて馬糞ブレイクを放ち、こうしてオープンワールドに帰ってこられたわけだ。護送トラックの中で俺は気付いた。連中が何故俺を狙ったのか。わざわざ馬が出没するはずのないラピッドロードで待ち伏せしてまで…。そう、その答えはただ一つ。俺が四足で走っていたからだ。奴ら、俺の光にも匹敵する速度を見て、4輪駆動の鉄馬と勘違いしたのだ。連中は恐らく、その狂気と陰気で競馬場を馬専用のストリップ劇場にしようと目論む闇の魔帝馬ムチハイヤンの降臨に必要な生贄たる、持ち主に愛されしブランド車を強奪しようと蜘蛛の巣を張っていたのだろう。不運にも高性能車と見間違えられた俺は、連中の卑劣な罠に陥ってしまった。俺が命ある駿馬だと知った連中は、俺をストリップ劇場の踊り子として調教しようと牧場へ輸送したのだが、先に話したように、俺は不屈の闘志で華麗に脱出を果たした。そして再び、連中が縄張りとする暗黒ロードに舞い戻ってきたわけだが、連中に復讐するためにここに来たわけではない。俺はまだ、このクレイジーウェイを攻略し切れていない。全ての道を完走できずに何が名馬だ!俺は、俺の限界を超える!俺は地上最強最速のエアロターボエンジンになるんだ!!今回、4足の反省を生かし、俺は人間達の走りを研究した。これならば暗黒教団の連中も、保健所の厳ついおじさんも、学校の治安を取り締まる鷹の目の風紀委員だって、この俺を鋼鉄の自動四輪駆動車とは見間違えまい。今こそ、伝説の一ページを書き上げる時!俺は誰よりも速く、もっと速く、頭おかしくなるくらい速く、速く速く速く!!!!!!)
「マッハ!!!マッハ!!!マッハ!!!!!!」
随所に設けられたスピードカメラでさえ、速さを追い求める無限馬力を捉えることはできない。デコトラのあんちゃんも、乗用車のおじさんも、バイクスーツのイケてるねーちゃんも、スカイフィッシュに遭遇したように、彼が通過した後をポカンと眺めることしかできない。次の国内グランプリレースまであと三ヶ月。宿命のライバル、アシコシ・カユイノスは既にレジェンドダービーを二度も制している。憎きあんにゃろめをその手で、足で、蹄で、完膚なきまでに叩きのめし、奴の鼻を明かして、牧場送りにして緑の牧場を歌わせるために…
頑張れ、無限馬力!! 負けるな、無限馬力!!
君のその沸々と煮えたぎる情熱の闘志が、輝く未来を切り開く、強力な騎手として君の手綱を握るのだ!!
「マッハ!!マッハマッハ!!マッハアアアアアアアアアアーーーーーーーーー!!!!!」
「来たぞ!報告通り、二足走行で突っ込んでくるぞ!!」
「おい、あの馬、前に捕獲した奴じゃないか!?」
無限馬力の前方、ドライバー達から通報を受けた警察が、再びクッションを設置して、彼を待ち構えていた。止まる様子なく勢いよく向かってくる無限馬力を注視し、一同はタイミングを計る。
「よし、今だ!!」
一人の掛け声を合図に、警官たちは、高所から一斉に網を放る。網は、二足でジグザグに走る無限馬力の体を絡めとり、無限馬力は堪らずに網に包まったまま、前方に設置されたクッションに突っ込んだ。
「マッハ!?マッハマッハ!!??マッハ!!?またお前か!!?」
「それはこっちの台詞だ!!」
その日、無限馬力は、新しく「またお前か」を覚えた。麻酔を打たれそうになって慌てて大人しくなった彼は、両前足に手錠をはめられ、パトカーに乗って警察署に連行された。走る車の窓から外を眺めながら、無限馬力は不祥事を起こしたことに責任を取って、芸能界から引退することを決意した。そして、刑期を終えて、社会に復帰した時には、日本一の公認会計士になろうと、心に強く誓うのであった。
「今朝見た新聞に載ってたんだけど、高速道路を二足で走っていた馬が警察に保護されたそうだよ。」
賑わう夕方の回転寿司店の右奥の席、所長は緑茶を啜りながら、思い出したようにそんな話をした。冴子はワカメスープのワカメを唇にびっちりくっつけながら、テーブルの上のフェチの会メンバーメモを見た。
「なんか、前にも似たような事件があったような…?」
「まさか、今度こそフェチの会のメンバーだったりして…。」
「まっさかぁ~!二足走行というのは些か気になるが、世の中には玉乗りする熊や二足立ちするレッサーパンダだっているんだ。馬が人間のように駆け足していたっておかしくない。それに…」
「警察に捕まるようなヘマをする連中なら、当の昔に全員牢屋の中に居る…だよね?」
「そういうことだ!」
「「HAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!!!!!!」」
「お前達、笑っている暇があるなら、注文を待っている客席に行って、きっちり接客しろゾンババヌポ!!」
「そういうぴち子さんは、お客さんの膝の上に乗って過剰接待しないで下さい!!うちはそういう店じゃないですから!!お客さん困ってるし…。」
「ぐげぎゃげげ!!はい、ダーリンの所望したマグロちゃんゾンババヌポ!あ~ん♪」
「ぴち子さん!!」
嵐の前の静けさ、フェチの会との最終決戦に向けて英気を養う光と闇の連合戦士たち。強大な欲望の魔力に抗い、大切な友を救い出すその日まで、彼らの安息無き戦いの日々は続く。
☆今日のぷーたん☆
「…?」
飴玉を探していたぷーたんは、代わりにノートに描かれた4コマ漫画を見つけたよ。多感な時期に綴られた壮大なファンタジーは、地球規模の偉大なる遺産だね。遥か未来に、みんなの心を魅了する美しい花を咲かせるため、いつまでもいつまでも、大事に温めていこうね!
明日は、どんな顔を見せてくれるかな? ぷーたん、またね!
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