密書4 甘い幸福をあなたに
雨が降ろうと槍が降ろうと、訪れる人が少ないことに変わりない隠れた秘湯たる銭湯「釜茹で」。一部の人間しか知りえない条件を満たすことで入場できる地下の混浴場には、いつものように人々の笑顔を考える自称義賊組「頑張励」の4人が集い、今日もまた、情報を共有して任務へと赴くのであった。
今日は、男性諸君の鼻の下が伸びる、バレンタインデー。本来の目的や意味などほとんど知らない日本男児達にとって、日頃から自分が周囲の女性達にどれほど意識されているのか、贈られたチョコの数で確認できるという特別気が引き締まる日なのだ。かくいう私も、この日を迎えると、勝負下着を着用し、ネクタイも情熱の赤をチョイス。昨年よりも多く貰えることを夢見て、戦場へと赴くのだ。ちなみに、私の過去ハイスコアは、軽く盛っても500万個である。盛っても。決して、家族や親戚からしか貰えないということは有り得ないのだ。断じて。決して。…うん。
そんなわけで…どんなわけなのかは気にしないでもらうとして、そんな男女の恋の大イベントの一つとなっているバレンタインの日、頑張励の会議でも、その話題が取り上げられていた。
「バレンタインかぁ…。オイラには無縁の話だなぁ。」
「旦那、確か去年はハムちゃんからしか貰えなかったんだよな。同情するぜ。」
凸三が護衛門の肩に手を置くと、護衛門はバツが悪そうにその手を払った。
「てやんでぃ!凸、おめえ、自分が二枚目でモテるからって…嫌味にも程があるぜぃ!」
「そういうつもりじゃなかったんだけど…まぁ実際20個ぐらいは毎年貰ってるかなぁ!ふへへ!」
「やはり…自慢したいだけ…。」
「そういう佑助だって、後輩のくノ一から毎年いっぱい貰ってるって言ってたじゃねえか。」
「なにぃ!?初耳だぞ、佑助!!オイラとおめえは、『チョコなど猪口才な!』と恨み節を呟き合う同志だったはずでぃ!」
「すまぬ…50個は…貰う…。」
「ちきしょーーー!!この裏切り者ぉぉぉぉぉーーーー!!!」
天狗面の鼻を掻く佑助を恨めしそうに見ながら、護衛門は肩を落として涙をドバドバ流した。彼を励ますように、ハムスター小娘が頭を撫でる。
「モンさん、私の分だけじゃ物足りないだろうけど、お風呂上がったらチョコあげるから、元気出して。ね?」
「およよ~…ハムちゃんんんんん!!」
「ハムちゃん、勿論俺の分もあるよね!?ね!?」
「じーっ…。」
「心配しなくても、みんなの分、用意してあるから安心して。」
「さっすがハムちゃん!」
「かたじけない…。」
それからしばらくして、護衛門が何とか立ち直ったところでいつもの会議が始まった。
「バレンタインっつーわけで、オイラのようにチョコが貰えずに嘆き苦しむ声を五万と聞いてきたぜぃ!」
「女性の、好きな異性に送る勇気が出ないって悩みも聴こえてきたけど、それ以上に私も、男性達の悲痛な叫びが耳に入ってきたわ。」
「決まりだな、今回の任務は。」
「チョコを…プレゼント…。」
「となればやっぱり…」
護衛門は、壁に掛けられていた木札を手に取り、ハムスター小娘に手渡した。ハムスター小娘は、みんなの顔を確認するように見回し、頷いてから梯子を上って任務に向かった。
とある商店街、道を歩く高校生の少年は、重石でも背負ったように腰を曲げながらトボトボと学校に向かっていた。
「はぁ…、憂鬱だ。山本も加藤も遠藤も田中も…あいつらみんな結構女子ウケいいからなぁ。それに比べて俺なんて…。今年も義理の一つだって貰えないんだろうなぁ…。」
もう一度大きくため息を吐き、フラフラと千鳥足で前に進む少年。自分だけチョコが貰えないという苦痛な一日に頭を悩ませていた。
「あのっ!」
「んぁ…?」
不意に声を掛けられ、虚ろな目で前を向く少年。視界には、同じ学校の制服を着た見覚えのない少女の姿が映っていた。
「…誰?」
「えっと…そ、それより!」
少女はモジモジしながら後ろ手に隠していた掌サイズの包みを渡す。少年は首を傾げながら手の上の小包を見つめた。
「これは…?」
「よっ、よかったら、食べて下さい!それでは!!」
少女は一度深々と頭を下げると、頬を赤らめて足早に去っていった。取り残された少年は、しばらく固まっていたが、少女の姿が見えなくなったところで、包み紙を破き、小箱を開いた。
「こっ、これは…!!!!!」
少年の目に映ったものは、眩しいほどに黄金色の光沢を放ち(彼にそう見えているだけで実際に光っているわけではない)、鼻の奥に通り抜ける甘い香りを漂わせるチョコクッキーだった。少年は震える手で恐る恐るクッキーを一枚摘み、ゆっくりと口の中に運ぶ。歯を食い込ませて咀嚼し、舌全体にその優しい味を伝える。
「う…うう…。」
少年の瞳からキラリと光る雫がこぼれる。チョコの甘味、食感、可愛いくまさんの形…チョコクッキーとしてのスペックの高さは確かにあった。だが、少年の心の堰を決壊させたのはそういった要素ではなかった。
「99.百%手作りだこれ…。」
少年は、際限なく溢れてくる泉の雫を手で拭い、包み紙の代わりにハンカチで再包装して、クッキーを大事にしまった。
(それにしても、あの子、うちの学校の女子だよな。先輩か同級生か…。名前、聞いておくべきだったな。ホワイトデー、どうしようか…。)
少年は、目の周りを赤らめながら、元気な笑顔を取り戻し、学校への道を軽快にスキップしていった。
一方、駅から会社へと向かうビジネススーツの男性。道々で男性が女性からチョコを貰う様子が目に入り、苦笑いしながら頭を掻いた。
「ははは、そういえば今日はバレンタインだったか。まっ、一人暮らしで恋人も家族も近くにいない俺には無縁のイベントだな。」
目の毒を避けるように前を向いて歩き出す男性。口では強がりを言ったものの、内心結構気にしているようで、胸の内を抉られないようにと、最低限の注意を払って視野を狭めた。
「きゃっ!」
「おぅ!ご、ごめん!大丈夫?」
十字路に入ったところで右側から走ってきたであろうスポーツウェアの女性と接触する男性。女性に手を差し伸べ、立たせてから頭を下げた。
「ごめんよ、左右をちゃんと見てなかったんだ。」
「いえ、私も一時停止すべき…先輩?」
「え?」
女性は男性の顔を細部まで観察するように見回す。顔を近づけてくる女性に、男性は顔を赤くしながら視線を逸らす。
「やっぱりそうだ!!先輩、私ですよ私!!」
「えっと…。」
男性は、自分を先輩と呼ぶこの女性のことを思い出せずにいた。初対面だと思ったが、彼女はどうやら自分のことを知っているらしかった。過去に出会った後輩女性を順に思い返しながら、顔認証システムのように彼女の顔との整合性を検証する。
「あっ、もしかして、大学の時のテニスサークルの後輩の…祐美ちゃん?」
「そうですそうです!祐美です!お久しぶりですね先輩!」
女性は、嬉しそうに男性の腕に抱きつき、偶然の再会に笑顔を見せた。男性は腕に感じる感触に戸惑いながらも、彼女同様、大学時代の仲間に出会えたことに喜びを感じた。
「祐美ちゃん、元気だった?今何をやってる」
「それより先輩!せっかく会えたので、はいこれ!」
女性は男性の言葉を遮って、背負っていたリュックから包装された小箱を取り出し、男性に渡す。
「父にあげようと思っていたものですけど、せっかくですし先輩にあげちゃいます!義理ですけど、大事に食べてくださいね!では!」
「えっ?あっ、ちょっと!!祐美ちゃん!!」
女性はウインクして舌を出し、男性のもとを走り去っていった。男性は、手に置かれた小さな箱に笑みを漏らし、カバンにしまって会社への道を歩いた。心なしか、先程とは違い、周囲のチョコのやり取りが気にならなくなった。
町が一望できる丘の上の高台。斑模様の頬かむりに忍び装束のハムスター小娘は、望遠鏡を通して町中の男性の笑顔を見届けると、胸に望遠鏡をしまい、その場を去っていった。
「お疲れ様、二重ちゃん。」
釜茹での入り口にある受付で、ハムスター小娘は、木の札と505円を番頭に渡し、引き換えでアタッシュケースを受け取った。
「それにしても、分身と変化の術で町中にチョコを配るなんて、大変だっただろう。」
「ええ、特に配るチョコやクッキーの用意が。でもみんなの笑顔を取り戻せたから頑張った甲斐はあったわ。」
「だろうな。大方、二重ちゃんにとってのホワイトデーのお返し代わりってとこかな。」
「ふふ、そうかもね。」
ハムスター小娘は、スタッフルームに向かう前に懐から包装された小箱を取り出し、番頭に笑顔で手渡す。
「忘れないうちに、はい、おじ様の分。」
「おっ、今年も貰っちゃって悪いね。二重ちゃんは本当に優しい子だ。うちのモン坊にはもったいねえ!」
「もう、おじ様ったら!モンさんの方が私なんかよりも何倍もしっかりしてるわよ。私の方こそモンさんには…」
「いやいや、二重ちゃんは良く出来た子だよ本当に!さっきはああ言ったが、俺ぁ二重ちゃんにこそモン坊の嫁になって欲しいんだがな。」
「えっと…そろそろみんなの所に行くね!」
ハムスター小娘は、顔を真っ赤にして逃げるように地下への階段に向かっていった。彼女の背を見送りながら、番頭は頬を緩ませて貰った小箱を眺めていた。
チョコの甘さは恋の甘味。一年に一度の大イベントの日に、あなたも身近に居る大切な人たちに、照れ臭さや躊躇を捨てて、友情と慈愛のチョコをプレゼントしてみてはいかがだろうか。
☆デイモン・ヨゥディのトゥリービャ☆
やあ、庭で水撒きしていたら、植物じゃなくて自分がずぶ濡れになってしまったドジッ子気質のみんな!
トゥーリッホァ!!
歯磨きをする時は、歯ブラシを持った方の肘を頭よりも上にあげながらティースを磨く穏健派、デイモンだよぉ!
梅雨時になると湿気ムンムンに触発されて、失敬して現れるムカデやゴキブリちゃん…嫌だよね!
デイモンも煮干をまるかじりしてる時にカサカサされて、思わず鼻の穴から煮干ちゃんが「こんにちは!」しちゃったよ!可愛いね!
今回は、そんな安全であるはずのマイホームに潜む危険な黒い影、奴らの首根っこを引き抜くすんげー退治方法を伝授しちゃうZO!
トイレに行こうと家の中を歩いていると…デロロロ~~ン!!突然のランダムエンカウントを知らせるSE!美脚魔獣ムカデと高速超獣ゴキブリが現れた!奴ら二匹ともスピードと回避ステータスはラスボスクラス!中々攻撃が当たらない!加えて一寸の虫にもなんたらって感じで、防御力とHPも失禁するぐらいにはベラボー高いぜ!!連中を逃がす前に速やかに処理したい!トイレも行きたいし!
そこでアイテム欄を見て欲しい!万能ショップ、モヨリノスーパーで買っておいた液体の食器用洗剤と浴槽洗剤があるじゃないか!
様子を伺うコマンドに没頭する連中を刺激しないようにゆっくりと距離を縮めて…
ザッツ ファイユ!!!!
液体を奴らにぶっかけてヌルヌルさせてやれ!!
するとどうしたことか、皮膚呼吸を遮られたせいか、はたまた繊細な足をヌルヌルによって封じ込められてか、連中の動きが圧倒的に鈍る!ティクヴィは二プル!
今だ!トドメにTPを消費して、古新聞や広告で必殺の「叩き上げ無限打」をお見舞いしてやれ!!ころたし後の処理にも使える割り箸で四肢を引き裂く「クラッシュバデェ」でもいいかもしれないぞ!!
戦闘後に経験値を取得して、後始末にそのまま洗剤を使えるから便利だね!!
ただし注意!!
使う洗剤は一種類だけにしようね!複数使って変に薬が混ざると、有毒ガスが発生して、エロゲ御用達の自滅薬が出来上がっちゃう場合があるから要注意!!
デイモン的には、油汚れもすっきり落としてくれる食器用洗剤の方が効果が高いという印象だね!
身近なもので小憎いあいつをノックアウト!みんなも素敵な現世界RPGライフをエンジョイしようね!えっ、天井とか箪笥の裏とか、手の届かない場所にいる場合はどうしたらいいかって?
歌を歌おう!!それにつられて害虫さんたちも踊りだして、間合いに入ってきてくれるんじゃないかな!駄目なら持久戦or諦めよう!人生諦めも大事!!
次回も、日常でちょっぴり役に立つかもしれない豆情報をお届け!
それではみなさん…
トゥーリッホァ!
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