外法E 恐怖の違法契約

 自然に囲まれた緑豊かな田園風景の土地。田畑に囲まれて立地する懐かしい雰囲気を漂わせた駄菓子屋、その裏手にあるのが、地元民の魚介欲を満たしてくれる個人経営の回転寿司店「美味い鯉」。平日の昼間でも人が入り浸る人気のお店であるが、その店内右奥のファミリー席には、闇より出でし悪魔の女が体操着にブルマ姿と珍妙な格好で定位置を陣取っている。彼女こそ、密かに人々を震撼させる悪の秘密組織、はた迷惑追求所の首領、ピ・ティーコその人なのだ。

 腕を枕代わりにテーブルに伏せたピ・ティーコは、くしゃくしゃに丸められた一枚の紙を頭に乗せて唸っていた。注文の皿を持ってきた店の看板娘、千佳は、珍しく困った様子の彼女に興味津々である。

「どうしたんですか、ぴち子さん?いつもみたいに任務の失敗…って感じじゃないみたいですけど。」

「最悪ゾンババヌポ…。奴がこっちに来るゾンババヌポ…。」

「奴?新しい幹部さんですか?」

「そんな生易しいものではないゾンババヌポ…。言うなれば、大いなる厄災ゾンババヌポ…。」

「厄災…ですか。」

「白菜…ではないから安心しろ!!」

「え?」

「!!!!」

割って入った第三者の声に、席から飛び上がり、テーブルの横に着地すると、ファイティングポーズで身構えるピ・ティーコ。いつの間にそこにいたのか、長い白髪長身に紳士用の黒いスーツを綺麗に着こなした気難しそうな少女が千佳の隣に立っていた。少女は、ピ・ティーコが座っていた場所に腰を下ろし、飲みかけのオレンジジュースをストローで飲み始めた。コップの水滴で、白い手袋が滲み、薄らと肌色が浮かぶ。

「アッ、アルテミケルパー!!お前、もう来ていたのかゾンババヌポ!!」

「首領、お前の目は節穴か?私は確かに、人事部からの要請でお前の手助けをしに参上すると、手紙に時間も指定して書いたぞ。」

アルテミケルパーは、丸められた紙を広げ、文面の方をピ・ティーコに向ける。そこには今日の日付で「午前10時35分42秒に参上する」と書かれていた。ピ・ティーコは怯えるようにゆっくりとアルテミケルパーとは反対の席に座り、震えながら、彼女の顔を伺った。

「こっ、こっちは問題ないゾンババヌポから…その、じっ、人事部に戻っていいゾンババヌポよ。」

アルテミケルパーはコップを脇に寄せ、両手で思い切りテーブルを叩き、ピ・ティーコを睨んで大声を上げた。

「この戯けぇ!!私が広報課のポスター作りの仕事を手伝っている間に、幹部共が全滅!このザマは何だ!?これで問題ないと本気で思っているのなら、病院に行ってスキャンしてもらったほうがいいぞ、首領!」

「だっ、だってぇゾンババヌポ…。」

「だってじゃない!!だってだってなんだもんが許されるのはお茶の間アイドルと私だけだ!!」

俯いて小刻みに体を震わせるピ・ティーコに、アルテミケルパーは依然として厳しい視線を送る。見兼ねた千佳は、アルテミケルパーを宥めるように、持ってきた注文の皿を彼女の前に置いた。

「まぁまぁ、少し落ち着いて。そんなに攻撃的にされていたら、ぴち子さんも落ち着いてお話できませんよ。うちの自慢のお寿司でも食べて、気持ちを休めて下さい。」

「む?お嬢さんがそういうなら、今回ばかりはこの辺でやめておいてやる。」

アルテミケルパーは、中トロを口に運び、幸せそうに目を瞑った。ピ・ティーコは指を咥えながら、横取りされた皿を恨めしそうに見つめる。そんなピ・ティーコの様子に気付いたアルテミケルパーは、満足そうにティッシュで口を拭い、改めてピ・ティーコに話しかけた。

「さて、首領。今日の任務内容は、当然もう決まっているだろうな?」

「もっ、勿論ゾンババヌポ!今回は自信を持って信用破壊のプロ、コーシンを任命したゾンババヌポ!」

「あのインチキ悪女か。確かに能力はあるが…些かの不安はあるな。ここは一つ、この目で確かめに行くとしよう。」

「え!?あっ、いや、それはやめて欲しいゾンババヌポが…。」

「戯けぇ!幹部の監督なくして、任務の成功などありえん!幹部代行として私が赴いてやると言っているんだ!お前は黙って指でもしゃぶりながら、次の幹部候補の目星でもつけていろ!」

「へっ、へいゾンババヌポ!!」

気迫に圧倒され、ピ・ティーコはその場に立ち上がり、敬礼しながら、席を立って外に出ていくアルテミケルパーの背中を送った。アルテミケルパーの姿が見えなくなると、ドッと疲れたように席に腰を落とし、背もたれに体重を委ねる。千佳は、空いた皿を手に取り、テーブルを拭きながらピ・ティーコにお茶を作って出した。

「アルテミケルパーさん、でしたっけ?彼女、何者なんです?」

出されたお茶を火傷しないように注意しつつ頬に当てながら、ピ・ティーコは天井を見つめて大きく息を吐き出した。

「アルテミケルパー、奴は…」


 枕市営業町にある公園。ベンチには、ラフな私服の男性と、彼の腕に抱きつくスイカパイパイを持ったレディスーツの女性が並んで座っていた。この女性こそ、はた迷惑追求所からの刺客、コーシンである。腕に伝わる柔らかな感触に、鼻の下を伸ばす男性は、膝の上に乗せた書類にあれこれ書き込んでいる。全ての項目に記入が終わったところで、最後に押印して、コーシンに書類を渡した。コーシンは、書類の中身を確認すると、男性に見せ付けるように、今度は彼の首の後ろに腕を回して、目の前に唇を近付けた。

「ふふっ、御契約、ありがとうございまぁ~す♪貴方のおかげでぇ~、私の業績がぁ~右肩上がりねっ♪」

「ふひっ!!ほっ、保険の契約取るのもたっ、大変なんだね!ふひふひひ!」

コーシンが目元にふぅ~っと息を吹きかけると、男性は更に興奮した様子で鼻息を荒げた。コーシンは、顔を移動させて、彼の耳元に唇を近付ける。触れるか否かの近距離で、囁くように優しい声をかける。

「オプションもぉ~、いっぱいつけてくれてぇ~ありがとうございますぅ~♪それじゃあ、契約も済んだことですし…」

「はぁはぁはぁ!!!!」

顔を紅潮させ、ピンク色のイメージを浮かべて涎を垂らす男性。コーシンはゆっくりと顔を離し、にっこりと男性に微笑むと、自身の谷間に手を挟み、何かを探り始めた。別の展開を期待していた男性は、谷間から取り出された紙を突きつけられ、笑顔が次第に消えていった。そこには、「規約の更新・改定」と書かれていた。

「ただいまより、御契約いただいた保険料の更新・改定が決まりました。お客様が契約してくださった保険プランですが、諸々のオプションも合わせまして…月々12億円のお支払いになります。」

「じっ、12億!?契約結んだ途端に何を言うんだ!?」

コーシンは、男性の体から離れると、先程男性が書いた契約書を取り出し、※印のついた部分を指差して見せた。

「ここに、『契約後にいかなる更新・改定があった場合でも、お客様はそれに同意し、遵守するものとします。』という項目が御座いますね?そしてその隣に貴方様の直筆のサインと押印。」

「そっそれはあくまで常識の範囲内でって…。」

「それはお客様の抱く勝手な願望でしょう?現実はそれほど甘くはないですよ?」

「だっ、だったら、今すぐ契約を破棄して…」

「おっと、契約破棄は最低でも8年待っていただかないとできません。契約書にちゃんと書いてありますし、貴方様もそちらに同意のサインを書かれています。」

「なっ!?」

「まあ、それでも契約の解除・破棄を御希望されるのであれば、解除料として、56億円のお支払いをしていただくことになりますが、いかが致します?」

「56億…?」

男性は、涙を流しながら白目を向いて失神してしまった。このままでは、明るい老後を過ごすために、地道にコツコツ蓄えた男性の貯金が一瞬にして溶かされてしまう。年金を削って借金返済に臨む男性の破滅的未来が、人々の脳裏によぎった、その時だった。

「待てぃ!!」

「ん?誰かしらぁ?」

コーシンが声の聴こえた方向を見ると、鉄棒の上で、右人差し指を使った指逆懸垂をする一人の男がいた。男はタイミングを見計らって跳躍し、コーシンと適度な距離を保った位置に着地する。

「来年の忘年会に向けて、新たな一発芸を公園で摸索していれば、悪質なアウトロー契約でぼったくる、鋭いトゲを持つ黒薔薇が一輪!」

「おじさん、何者ぉ?」

男は腰のラジカセに手を回し、爆発音を鳴らして、決めポーズを決めた。

「私は、キャプテンチップ!公園では砂場遊びが一番大好きな、キャプテン、チップだっ!!」

「うわぁ…見てるこっちが恥ずかしい…。」

ドン引きするコーシンの声を気にせず、キャプテンチップは右手に握った拳を、コーシンに向けて伸ばす。

「恥ずかしいとはこちらの台詞!甘い蜜で惑う蝶をその歯牙にかける悪しき毒蜘蛛よ!私の正義の心が、お前を悲しき魔物から幸せの天使へと生まれ変わらせてみせる!!」

「キュートでセクシーなこの私に向かって酷い言い様ね!あんたもそこのバカ男みたいにぼったくってあげる!!」

一触即発する二人。身構えるキャプテンチップに向けて、コーシンが勢い良く走り出す。

「待てっ!!」

二人の戦いを遮るように公園に響く女性の声。コーシンはすぐに立ち止まり、辺りを見回す。キャプテンチップもまた、周囲に気を張り巡らす。二人が声の主を探していると、公園に接する車道に、一台の108輪車が止まった。

「運古珍ちんぶらブラァーーーーーーーーーーーーー!!!!」

剥き出しになった運転席から、邪悪な掛け声と共に大跳躍して二人の中間に割って入る一人の少女。コーシンの様子を見にきたアルテミケルパーだ。彼女の姿を見た途端、コーシンは怯えるように震えて、一歩後ずさりをする。そんな彼女の恐怖心など気にする様子もなく、アルテミケルパーは、彼女に近付いていった。

「アッ、アルテミ、ケルパー…。あっ、貴女が何故ここに…?」

「お前の活躍ぶりを見に来てやったのだ。ありがたく思うんだな。」

アルテミケルパーは、コーシンの手から契約書と規約更新案内を奪い取り、じっくりと眺める。全てを読み終わると、体を小さく震わせる彼女に見せ付けるように二枚の紙をその場で破り捨て、不敵に微笑んだ。

「ふん、やはり姑息でくだらん方法を取っていたか。お前らしいといえばらしいが、こんなやり方で事が全て上手く行くわけがなかろう!!」

「ひぃっ!!」

「その証拠に、幹部たちをたった一人で殲滅させたあの男、キャプテンチップに既に嗅ぎつけられてしまっているではないか!!」

「!!まさか、あの男が17姫たちを!?」

驚いた様子のコーシンを背にしてキャプテンチップに向き直るアルテミケルパー。二人のやり取りを待つように身構えたままの状態のキャプテンチップを見て、一層に口元を緩める。

「なるほど、噂通りの強さはありそうだな。…コーシン!!」

「はっ、はいっ!!」

「お前は邪魔だ!!さっさと帰って首領に別の任務でも貰って来い!!」

「しっ、しかし…」

「戯けぇ!!邪魔だと言っている!!」

「ひぃぃぃ!!!!」

アルテミケルパーの声圧に圧倒され、コーシンは逃げるようにその場を去っていった。コーシンがいなくなったのを確認し、アルテミケルパーはキャプテンチップを睨む。

「待たせたな、キャプテンチップ。不甲斐ないコーシンでは物足りないだろうから、ここは私が直々にお前の相手をしてやる。」

「貴様は一体、何者なんだ?」

「ふふふ…。」

キャプテンチップの問いに、不気味に笑い声を漏らすアルテミケルパー。手に握り拳を作り、両腕を伸ばしてゆっくりと大きな円を描くようにその腕を回し、胸の手前で両手首を交差させた。

「ケルパー、ON!!」

勇ましい掛け声を上げると、胸の谷間からどす黒い靄が溢れ出てきて、アルテミケルパーの全身を包む。靄は徐々に質量を伴って姿形を変え、彼女の体をコーティングしていく。靄が落ち着いた頃には、彼女の全身には、黒い肩当とマントのついた全身青色の甲冑が纏わっていた。右手には月光のような光沢を放つ小盾が握られている。

「その姿…悪の心を具現化させたのか!」

「その通り、お前の持つ聖剣ミガ・コーネェとは似て非なる代物だがな。」

アルテミケルパーは小盾を前に突き出し、キャプテンチップを意識した名乗り口上を上げる。

「私は、はた迷惑追求所公開人事部永久底辺臨時アルバイター、アルテミケルパー!!組織にとって大迷惑な存在は、私一人で十分なのだ!!」

「はた迷惑追求所…ドクター博士たちが属していたあの組織か!!」

「組織の名を覚えていてくれて実に光栄だな!…ダガ・コ・トワール!!!」

アルテミケルパーが胸の前に手をかざすと、再び黒い靄が溢れ出し、禍々しい紫色のノコギリのような刃を持った西洋剣へと姿を変えた。ダガ・コ・トワールを握り締め、アルテミケルパーは剣先をキャプテンチップに向ける。

「先程言ったように、私のこの全身鎧と盾、そしてこの奈落の剣ダガ・コ・トワールはお前のものとは似て非なる。それは生成源だけでなく、性質も異なるという意味だ!」

アルテミケルパーがダガ・コ・トワールを地面に突き刺すと、剣先と同じ形に地面に穴が開く。キャプテンチップのミガ・コーネェとは違い、物体に対して斬撃を浴びせることが可能なのだ。

「ただ残念ながら、この剣に悪の心を増幅させる力はない。だが、ここでお前を倒し、光の剣の秘密を解明すれば、それも実現可能だ!!」

アルテミケルパーは大きく叫びながら、キャプテンチップに向かって走り出す。身構えるキャプテンチップは、繰り出された紫の刃の軌道を読み、紙一重で交わし、跳躍してアルテミケルパーの肩を踏み越え、彼女の後方で着地した。

「ミガ・コーネェ!!!」

すぐに反転してキャプテンチップに再度ダガ・コ・トワールを振り下ろすアルテミケルパー。キャプテンチップは腹部から生成した聖剣ミガ・コーネェを頭上に掲げ、敵の凶刃を即座に受け止める。刃を跳ね除け、前転して距離を取り、立ち上がってアルテミケルパーの方を向いた。アルテミケルパーは光り輝くブラシ状のミガ・コーネェを見つめながら、甲冑に覆われた口を動かし、楽しそうに笑い声を漏らす。

「ふふふ、確かにその剣は物体を透過してしまうが、対となる悪の心から生成されたこの剣と防具には有効。弾く事ができると、よく考えたな。」

「貴様の『似て非なる』という言葉が良いヒントになった!礼を言うぞ、デュラハンヘッド!!」

「ふん、だがそれが分かったところで結果は同じだ。お前は私に負ける!!」

アルテミケルパーが小盾をキャプテンチップに向けて突き出す。攻撃を想定して身構えるキャプテンチップ。風が吹き、公園のベンチに木の葉がゆっくりと落ちる。ゆらゆら揺れながら落下してきた葉が、ベンチの座る部分に触れたのを合図に、アルテミケルパーはダガ・コ・トワールの先端を凄まじい速さで小盾の裏に擦らせ、裏面に火が点いた瞬間に盾を掴んでいた手を離す。すると、盾は目にも留まらぬ速さでキャプテンチップに襲い掛かり飛んでいく。攻撃の動作における0.0005秒の猶予を見逃さなかったキャプテンチップは、ミガ・コーネェで盾を弾き、地面に叩き落とす。すると、盾は衝撃を受けて即座に爆発。発生した黒煙が公園全体を包み込み、キャプテンチップの視界を奪う。上空に大跳躍していたアルテミケルパーは、悪の心の中でも輝きを絶やさないミガ・コーネェの性質を逆手に取り、黒煙の中で一際輝く一点を見つけ出し、一旦地に降りて、そこを目指して再び大跳躍した。刃が下を向くように両手でダガ・コ・トワールを握り締め、光り輝くミガ・コーネェの横、キャプテンチップの本体があるであろう場所に降下しながら剣を突き立てた。

「討ち取ったり!!キャプテンチップ!!」

確かな手応えを感じ、片手を離して指を鳴らすと、立ち込めていた黒煙は次第に晴れ、公園には再び日の光が照り付けた。それとは逆に、アルテミケルパーの表情に雲がかかる。突き立てられた剣の先、貫かれていたのはマントを被せられたパンダの遊具だった。気配を感じ、後方を横目で見ると、すぐ側で地に這いつくばっていたキャプテンチップが素早く起き上がり、立ち状態で握っているように見せかけるために、歪な持ち方をしていたミガ・コーネェをしっかり持ち直して、背後から、力を込めて、アルテミケルパーの胸部を貫くようにミガ・コーネェを突き出した。光の刃が邪悪な甲冑を貫通させ、アルテミケルパーの心に光をもたらす。

「ぐおおおおおおおおお!!!」

「ぬうううううううん!!!!」

体を震わせながら、胸部から飛び出たミガ・コーネェの先端に触れようとするアルテミケルパー。キャプテンチップが、ミガ・コーネェを握る両手に力を込めると、一瞬体を跳ねさせ、体の力を奪われた。アルテミケルパーの全身から力が抜けたのを確認し、ミガ・コーネェを引き抜き、彼女に背を向ける。アルテミケルパーが膝を折って前のめりに倒れるのと同時に決めポーズを取った。アルテミケルパーを包んでいた装甲と振りかざしていた剣がタイミングを測ったように爆散。中身を露わにしたアルテミケルパーは、黒のショーツを穿いた半裸姿で右腕で胸を隠し、疲弊しながらも立ち上がった。

「やはり、具現化させるだけの膨大な悪の心…全て排出するまでにはいかないか。」

「ぐっ…正直油断した。だが、次会う時は、こうはいかないぞ!!運古珍ちんぶらブラァァァーーーーーーーーーー!!!」

雄叫びを上げて大跳躍し、止めておいた108輪車のペダルを頭おかしいぐらい一生懸命漕いで、アルテミケルパーは公園を去っていった。

「デュラハンヘッド…私に彼女の心を救えるのだろうか?」

彼の前に立ち塞がった恐るべき強敵の対処に苦悩しながら、傷ついた遊具のパンダちゃんを直す、キャプテンチップであった。


「つまり彼女はただのアルバイターですよね?首領権限でクビにすることはできないんですか?」

「それができたら今頃とっくに、ゾンババヌポよ。」

夕時の美味い鯉、コーシンから報告を受けたピ・ティーコは、気だるそうに座席に寝そべって頭を押さえる。反対側に腰を下ろす千佳は、お茶を入れてひと啜りしながら、ピ・ティーコの話を聞いていた。

「奴は『悪に悪事を働く悪』ゾンババヌポ。そこに正義の心とか悪を挫く強い信念があるわけではなくゾンババヌポ、ただ単に自分の愉悦を満たすために組織に居座っているゾンババヌポ…。」

「ある意味、これまでの幹部の皆さんやぴち子さん以上に悪をやってますね…。」

「そうゾンババヌポ…。その純粋悪を手放すのが惜しくて、被害の少なそうな人事部に置いているゾンババヌポが、人事部の連中も相当煙たがってるゾンババヌポからなぁ…。」

「組織の有望な一員であると同時に組織にとっての厄介者…諸刃の剣ってやつですかね。」

「それもこちらへの大打撃が大きすぎるという問題仕様ゾンババヌポ。ちなみに、Season2でのわた…ぴち子ちゃんの辞任騒動も、奴の根回しのせいゾンババヌポ。」

「部下の責任を取るのは上司の務めだろう。そんなことも分からんのか、この戯け!!」

「ごげぇ!?あだっ!!」

噂の本人の声を聞き、慌てて起き上がろうとしてテーブルの角に額をぶつけて悶えるピ・ティーコ。いつの間にか千佳の隣に、スーツを着直したアルテミケルパーが着席していた。回ってくる皿を片っ端から手に取って、わんこそばのように次々に口の中へと寿司を放り込んでいく。額を押さえながら起き上がったピ・ティーコは、フードファイターのように寿司を乱れ喰うアルテミケルパーに疲れた様子で目を向けた。

「お前、キャプテンチップはどうしたゾンババヌポ?」

アルテミケルパーは勢いを殺すことなくバキュームカーをフル稼働させながら、鼻息を大きく噴いた。

「おんわぃはぁうぇんわううぇいうぇっあぃぉ」

「口の中を開けてから話せゾンババヌポ!!」

「んっく…仕方なかろう。心の力を使うと、カロリー消費が激しくて激しくて。」

「もう200皿超えましたけど…すごい消費量ですね。」

「今日の分で言えば、フルマラソン85年間ぶっ続けぐらいに相当するからな。」

「うそくせーゾンババヌポ…。」

アルテミケルパーが次の皿に手を伸ばしたところで、腕時計ならぬ足首時計がピピピピと鳴り始める。

「むっ、もうこんな時間か。」

店の時計を確認して、アルテミケルパーは席を立ち、一枚の紙を千佳に渡して店の出入り口に歩き出した。

「定時になったから先に上がらせてもらうぞ!首領、また明日な!」

「もう人事部に帰れゾンババヌポ!!」

「運古珍ちんぶらブラァァァーーーーーー!!!」

アルテミケルパーがいなくなってから、店の外からけったいな雄叫びが聞こえるのを耳にして、ピ・ティーコは安堵の溜息を吐いた。彼女の苦労を労うように、千佳はピ・ティーコの隣に座り、彼女の肩を優しく揉んであげた。

 悪を悩ます問題の種は、正義の味方だけとは限らない。奈落の底へと引きずり込む黒き魔手は、同族さえも卑しく狙っているのだ。

「そういえば、千佳、あいつから受け取った紙は何ゾンババヌポ?」

「えっと…お寿司の代金は組織に請求してくれと…。」

「あんにゃろぉゾンババヌポ…。」




☆次回予告☆

新たな幹部代行がやってきて、賑わいを取り戻すはた迷惑追求所。しかし、いつまで経っても幹部不在という不安定な現状に、甘えてばかりもいられない。そこでアルテミケルパーが、所属する人事部の伝を使い、幹部面接を始めようと提案するのだった。


次回、救え!人助け研究所  外法F 悪魔の幹部面接会  を待てっ!!

☆ーーーー☆



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