外法5 チップ To 出~る?出る!

 本日、悪の組織が集う回転寿司屋「美味い鯉」は休業日。店のオーナーである太郎さんが、月に一度の新作メニューを作る、大事な日だったのだ。そんなわけで、一行は、町の中心街にある市立図書館での会議を余儀なくされた。

「あの、何で私も連れてこられたんでしょうか?」

困惑する千佳。「君も組織の一員だろ」という無言の圧力を17姫にかけられ、渋々観念した。暇さえあれば「帰りたい」と鳴き喚く首領の口にはガムテープを張り、周囲に配慮する。彼らの正体が周囲に知られぬための工作であり、決して、公共のマナーを守ろうとしているわけではないのだ。司書の動向を伺いながら、一同本を開いて読む振りをして、秘密会議を開始する。

「さてさてと 実は企画を 用意済み。」

17姫は、本の間に挟んでいたパンフレットを抜き出して開く。湖の近くに立地した西洋風のリッチな建物が描かれていた。

「あー!ここ知ってる!一流企業のお偉いさんとか一流芸能人が御用達の高級ホテル、ラ=ヴゥホーテルだよね!昨日、テレビの特番でやってたよ!」

パンフレットを手に取り、千佳は目を輝かせる。パンフレットの写真には、フロント、ロビー、客室…至る所に煌びやかな宝石が施された館内の様子が描かれていた。教会のようなステンドグラス、華やかなシャンデリア、敷き詰められたレッドカーペット、黄金に輝く壁面、大理石の彫像とバラの中庭庭園…そこは、選ばれし者のみが泊まることを許された、雅な楽園なのだ。

「それで、この超高級ホテルで何をやらかそうというのかね?」

ミスターワイズマンコォォォゥは、期待に満ちた表情で17姫に作戦内容を催促する。17姫は口元を緩め、本に挟んでいた別の紙を机に置いた。紙には「チップ」と大きな文字が書かれている。

「一室を 確保できたよ そしてこれ チップを渡し チップで滅す。」

「なるほど。つまり、この紙のチップを奉仕に来た従業員に大量に渡し、チップ恐怖症に陥れ、率先した奉仕をできなくしてしまう、『従業員腑抜け化計画』ということか。面白いじゃないか。」

「えー、せっかくお部屋取れたのに、悪戯目的なんて勿体無いですよぉ。悪いことしないで、この4人で慰安旅行ってことにしませんか?」

「それならば キャンセル白紙 練り直し。」

「ええー…ずるいよぉ…。」

ぶーぶー不満を露にする千佳を余所に、17姫はパンフレットとチップ紙をしまい、ミスターワイズマンコォォォゥに力強い眼差しを向ける。彼女の言わんとすることを察したミスターワイズマンコォォォゥは、黙って首を縦に振り、17姫を指差す。

「分かっていると思うが、くれぐれも、キャプテンチップとやらに遭遇したら無理をせずに撤退するように。いいね?」

「おっけぇ~にょ!」

OKサインで任務開始を告げ、17姫は図書館を去っていった。彼女の背を見届けてから、ミスターワイズマンコォォォゥは、薄型のノートPCをカバンから取り出し、なにやらキーボードを打ち始めた。

「お仕事ですか?」

「…ちょっと、ね。」

カタカタと入力に励むミスターワイズマンコォォォゥ。気になって画面を覗こうと立ち上がろうとした千佳は、沈黙を続けていた男の危機にようやく気付いた。

「しゅっ、首領さん!?」

首領は青い顔をして固まっていた。よく見ると、口だけではなく鼻穴も塞がれてしまっていた。こんな皮膚呼吸しろと言わんばかりの無茶振りに耐えられるはずがないのだ。すぐにガムテープを引っぺがし、首領は一命を取り留めた。酸素を吸引し、安心した彼の口から出た最初の言葉は、「帰っていいっすか?」だった。


 水底が見えるほどに透き通った美しい湖の傍ら、西洋風の城を象った黄金色に輝く建物があった。限られた富裕層が集う、ゴージャスエデン。高級ホテル「ラ=ヴゥホーテル」である。宿泊客は、送迎用の高級車で家から送り迎えしてもらえ、滞在中には、一部屋に5人の専属奉仕人がついて、こまかな気配りや世話をしてくれる。海外のホテル同様、奉仕してくれたスタッフにチップを渡すのがこのホテルでも客の礼儀となっている。そんな、従業員と客の絆の要たるチップのやり取りに、17姫は目をつけたのだ。

 床にダイヤが散りばめられた客室の一つ。入り口のドアが開き、専属の奉仕スタッフが客室用の水入りポットを持ってきた。彼を呼び出したであろう、唇の周りにまで口紅を塗りたくったアフロヘアーに黒いドレスの少女が、従業員に近付き、ポットを受け取った。

「他にお困りな事はございませんか?」

「ないわ。ご苦労様。」

少女はポットをテーブルに置き、懐を探ると、例のチップ紙を取り出し、従業員の胸ポケットに入れた。当然ながら、予想外の事態に、従業員は困惑する。

「あの、これは…。」

「チップよ?足りないの?欲張りね。」

少女は悪戯そうに微笑むと、奥からダンボールを持ってきて、中からチップ紙を持てるだけ取り出した。少女の両手のものに目を見張る従業員に近付き、チップ紙を次々とポケットやらズボンの中やら胸元やら、あちらこちらに詰め込み始めた。

「おっ、お客様!ちっ、チップはもう結構で…」

「あら?私の気持ちを受け取れないって言うの?そんなわけないわよねぇ?」

「いえ!あ、あnむぅぅぅぅ!!???」

最後に口の中にたんまりチップ紙を詰め込むと、従業員は目を回して倒れてしまった。彼を足で部屋の外に押し出し、少女はドアを閉めると、ベッドで横になる着物姿の少女にVサインを送った。17姫である。

「どう、姫?私の紙詰め捌き、見事なものでしょう?」

「さすがだよ むら無き敷武しきぶ 鮮やかに。」

そう、このアフロヘアーの少女、斑無き敷武は17姫の部下友なのだ。部下友とは、「部下だけどフランクに友達同士でいようね!」という17姫の計らいから誕生した珍妙な主従関係なのだ。

「お褒めの言葉も頂いたし、この調子で次もいっちゃおうか。」

17姫に賞賛され、気を良くした斑無き敷武は、スタッフに繋がる内線ボタンに指を近づける。このままでは、第二、第三の犠牲者が続き、ホテルの従業員たちに接客への恐怖が広がってしまう。ホテル側と客側の間に巨大な亀裂が入り、客足が減って経営難に陥ったホテル側が、館内の宝石を売り捌く未来ビジョンが人々の脳裏に映し出された、その時だった。

「待ていっ!!」

「え?」

「????? 何奴おやつ 出ておいで。」

二人が声の聞こえた窓の外を見ると、湖にシンクロナイズドスイミングのように脚を出して機敏に蠢く怪しい男の姿が見えた。正直近寄りたくなかったが、男の方から来られてもなんか嫌だったので、二人は外に出て、湖の前に向かった。二人がやってきたのを見越し、男は水の中から大跳躍すると、空中で高速回転して着衣を乾燥させ、二人の側に着地した。

「おっさん誰?」

「私は、もてなす側とされる側の垣根を越えた深い絆を愛し、彼らの満ち足りた温かい日々を守り抜くもの!」

男は腰に手を回してラジカセの再生ボタンを押すと、爆発音に合わせて力強いポーズを決めた。

「私は、キャプテンチップ!『チップを渡す』と聞くと、自分の淡い恋心を誰かに捧げるという意味に思えてついついはにかんでしまう!キャプテン、チップだっ!!」

「きもっ!」

「チップだと お前が例の 幹部キラ!」

17姫はキャプテンチップを睨むと、警戒しながら斑無し敷武の後方に下がった。

「姫、怯えなくてもいいわ。このキモブサおやじ、私がコテンパンに打ちのめしてやるわ!」

斑無し敷武は、自分のアフロに手を入れると、中からチップ紙を何枚も取り出した。両手に紙の束を持ちながら、キャプテンチップを睨んで身構える。キャプテンチップもまた、彼女の攻撃に対応できるように右手拳を向けて、戦闘体勢に入った。

「チップは気遣ってくれるスタッフへのささやかな感謝の気持ち!それを恐怖心を煽る道具に悪用するなど、言語道断だ!!」

「何それきっも!おっさんのその時代遅れの正義、マジで目障り!」

斑無し敷武がキャプテンチップに向かって飛び掛る。瞬時にチップ紙の裏に貼られた両面テープの封を取り、キャプテンチップの顔面にチップ紙を貼り付けて顔を覆った。

「むぐぅ!?」

「キャプテンチップの名に相応しい死に方を用意してあげるわ!!」

貼られた紙を剥がそうと奮闘するキャプテンチップに足払いを掛け、キャプテンチップは見事に転倒。追い討ちをかけるようにアフロをキャプテンチップに向けると、アフロの中からチップ紙が大洪水のようにキャプテンチップを襲った。キャプテンチップはチップ紙の波に飲まれ、上に挙げた手もすぐに飲み込まれてしまった。それからものの数分で、キャプテンチップを飲み込んだチップ紙の山は、ホテルよりも高く積み上がり、富士の山にも届くほど雄大になった。

「キャプテンチップ、チップで窒息の刑、完成。」

「これまさに 塵も積もって 山となり 怨恨の山 以って散りたり。」

両手に扇子を持って小躍りを始める17姫。斑無き敷武もアフロを櫛でとかして、塵の山を見つめる。その場にいた誰もが悪の勝利と繁栄を確信した時、山が怒り猛り、火の粉を噴いた。

「…ん?これは…?」

斑無き敷武はふと異変に気付く。小さな白鳥が次々と天から舞い降りてきたのだ。その一羽を手に取る斑無き敷武。よく見ると、小さな白鳥の正体は、チップ紙で折られた折鶴だった。折鶴は、山の頂から物凄いスピードで噴出され、鶴が空を舞う度に、山は次第に小さくなっていった。そして遂には、我々が待ち望んだ姿が山の中から現れたのだ。

「チップサウザンドクレーン!これがグランマから教わった高速折り紙の力だ!」

「なんてやつ 敷武よ再度 やってまえ!」

「無駄だ!彼女はもう戦えない!!」

「!!!!! !?!?!?! !!!??」

キャプテンチップの指差す方を恐る恐る見ると、斑無き敷武は、童心に帰ったように純真無垢な笑顔で、宙に舞う折鶴の一団に見惚れていた。両手にそっと乗せた一羽の折鶴に愛おしそうに頬ずりして、どこか幻想的な鶴の雨に酔いしれていた。

「チップサウザンドクレーンは、ただ鶴を飛ばすだけではない!忘れかけていたあの頃の気持ちを呼び起こす、懐古術でもあるのだ!」

顔を覆う残りのチップ紙をおいしくムシャムシャして、キャプテンチップは17姫に向かって拳を向けた。

「さぁ、後はお前だけだ、かるたクイーン!!大和の善悪の歴史を交え、いざ、バトルカルタッシモ!!」

キャプテンチップの声が湖に響き渡る。彼の言葉への返事はない。返す人もいない。キャプテンチップが台詞を発している間に17姫は撤退していたのだ。

「うむ、かるたクイーンは意外とシャイガールなのやもしれんな。」

折鶴に囲まれて恍惚とした表情を浮かべる斑無き敷武を部屋に送り届け、折鶴の群集を千羽ずつまとめてホテルに寄贈し、キャプテンチップもまた去っていった。ゴージャスホテルでのバカンスもしたいが、正義のヒーローは一分一秒と困った人のために時間を使いたいのだ。

 全ての人間の笑顔を守れるその日まで、彼の長く苦しい戦いは終わらない。


「で、結局一泊もしないまま帰ってきたんだ。」

 回転寿司屋の定席に陣取ったはた迷惑追求所の幹部達。17姫からの報告を聞き、千佳は残念そうに、持ってきた飲み物を配った。

「仕方なし 予想以上に 強敵だ。」

17姫はストローで冷たい緑茶に泡を立てながら不機嫌そうにしていた。

「無茶はしないほうがいいから、撤退して正解だよ。これで次は二人がかりで挑むという選択肢ができたんじゃないかな。」

「貴方とは 組みたくないの 自力でね。」

「誰も僕と組めなんて言ってないし…部下と組むっていう発想もできないのかこのクソチビ消防は…ぶつぶつぶつ。」

「ところで、姫ちゃんは、どういうコネで超高級ホテルの一室を借りられたの?」

アラテン、小学生の17姫の財力ではまず無理な案件であった、今回の作戦に使用された一室の予約。千佳が興味を示すのも無理は無いのだ。

「うちのパパ 社長やってる 金はある ライバル企業を 潰すためなら。」

「つまり、君の父親は一流企業の社長で、ライバル企業であるホテル側を潰す案だったから、協力してくれたってことでいいのかな?」

「そゆことよ それ以外など ありえない。」

「へぇ、姫ちゃんって社長令嬢だったんだ!じゃあこの着物も実はお高い!?」

「袖だけで 1億軽く 超えている。」

「ひぇぇ!!おっ、お醤油とかお茶、こぼさないようにね!!」

17姫の家庭事情を知り、質問の嵐を投げかける千佳。17姫も満更でないのか、焦らしながら彼女の質問に答えた。和気藹々とする二人を余所に、ミスターワイズマンコォォォゥは、懐から一本のペンを取り出し不敵に笑う。

「無事に戻ってきてくれてよかったよ…君がいなければ敵の情報も得られない…ぶつぶつぶつ。」

17姫とペンを交互に見やりながら、ミスターワイズマンコォォォゥは、アンコウ寿司を口に放り込んだ。彼の胸に秘めるものとは一体何なのか。17姫の運命や如何に。そんなわけで、私も最初に食べるのはイカに。

「イカ食っていいんで、帰っていいっすか?」

いたんだ、君。

「いたっすよ。ずっとサーモン食ってたっす。」

あそーゲソー。

「スクイッドっす。」



☆次回予告☆

 山の合間に渡されたゴンドラ。山の上部に着くまで閉鎖空間となる屋内に、鼓膜が破けるほどのデスボイスが響き渡る。逃げ場の無い空間で繰り広げられる騒音ジャックライブ。救いを求める人々の声は、爆音轟音を掻き分け、天に届くのだろうか。


次回、救え!人助け研究所 外法6 恐怖の密室刑音ライブラブゥ~ を待てっ!!

☆ーーーー☆


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