任務G 危険なながら

 日本のどこかにあってはいけないような、でも多分ありそうな希望的観測地点、肩叩き県。その稀なる大地には、緑豊かな田園風景広がる美しき楽園が存在する。田畑に囲まれて立地するは、神の社たる懐かしき風情の駄菓子屋。そここそ、八百万の神の一柱たる人助け研究所の中枢が座する神秘の聖域なのだ。常人禁制の神の園で、今日もまた、世のコマッターたちのために、救世の鐘を不浄の地へと鳴り響かせる。

「大げさに言っているが、決して神話物でも神々と魔族の死闘でも、近所のおばちゃんの世間話でもないから誤解無きように。」

「ゴカイって美味しいんですかね?」

 駄菓子屋の店奥の居間、つばを後ろにして帽子を前後反対に被り、半袖ジャケットにジーンズ、背中に緑色のリュックを背負った冴子は、赤と白の色のついた野球ボールを握り締めて、仁王立ちしていた。冴子の視線の先には、ギザギザ尻尾と耳の部分が茶色でそれ以外が黄色の兎の着ぐるみを着たマスターが、四つん這いになって小さく唸っている。

「ビガヅー!!」

「あっ、野原に放たれた電気兎が現れた!喰らえ、怪物球!!」

冴子は片足を天高く上げ、ボールを持つ手に力を込めると、足を下ろすと共に勢いよくマスターにボールを投げつけた。

「電気兎、取得だぜ!!」

勝利を確信してガッツポーズを取る冴子だったが、彼女の放った捕獲魔球は、マスターの右手に制圧されていた。

「あなたとはレベルが違うんですよ、人間。」

「くっ、こいつ!ますますチームに欲しくなった!!」

そのまま室内キャッチボールを始める冴子とマスター。怪物甲子園を目指す二人を余所に、所長はコーヒーを飲みながら一枚のカードを見つめていた。冴子が持ってきたコマッター情報の書かれたものだ。

「歩きスマホ…視界が狭まって危ないよねぇ。歩きタバコは副流煙問題で嫌煙家から反感を買いそうだし。歩き○○には何かと問題が伴ってくるよねぇ。でも、さすがにこの歩きながらはちょっと…。」

手に持つカードには、水玉模様の帽子を被り、白塗りの顔に目の部分に星とハートの模様、口の周りを真っ赤に塗ったピエロの絵が描かれていた。

「大道芸人のストリートパフォーマンスも結構だが、無許可で通行人に危険が及ぶというのは頂けないね。」

「所長、こんな時はやはり!」

「ふが!ふがふがふが!!」

うつ伏せに倒れたマスターに馬乗りして、彼の口にボールを押し込む冴子は、胸ポケットからメモ帳を取り出し、所長に投げ渡した。

「なるほど、確かに今回の任務には彼の力が役立つ!」

所長は店の黒電話から、メモに書かれた連絡先に連絡をして、会員に出動を要請した。


 電気消市手町にある、十字路交差点。付近にはコンビニや雑居ビルが点在し、人々の往来が多い場所となっている。また、小学校の通学路となっていることもあり、朝方と夕時には登下校の子供たちが大人たちに混じって闊歩する姿が見られる。そんな平和であるべき街中に、我欲に溺れたクラウンの魔の手が迫っていた。

 夕時、横断歩道の前で信号が変わるのを待つ人々。その群れの中に、異彩を放つピエロの格好をした男が現れた。ピエロは、人混みの中に入り込んで、他の人たち同様に歩行者側が青になるのを待つ。しかし、彼がやってきた途端、彼の周囲から人々が離れ始めた。というのも、このピエロ、その場で歩きながら、両肩や頭の上に何十枚も皿を載せ、その状態のまま5個のガラスのコップでジャグリングをしているのだ。そういった公演や催しであるならば、人々も感心して彼に賛美の雨を送るだろう。しかし、日常に何の予告もなく現れた歩く割れ物タワー野郎に、身の危険を感じて人々が遠ざかるのは無理のない話。何の罪もない人々に命の危険が迫っているというのに、ピエロは笑顔を見せたまま、悪魔のパフォーマンスを続ける。信号が青に変わり、ピエロから遠ざかるように周囲の人々は走り去る。反対側から渡ってきた人も彼から距離を置くように端を駆け抜けていった。ピエロはそんな周囲の恐怖にお構いなく、信号機の点滅時間までいっぱいに使って、横断歩道を渡りきった。対岸についてすぐに左を向き、別の横断歩道を渡る。対岸に行っては次の横断歩道…を繰り返し、十字路交差点を何周も回っていたのだ。このままでは、彼の手元が狂ったと同時に甚大な被害が予想される。下手をすれば未来有望な子供達を失う悲しい事態さえも引き起こされかねない。人々の危機意識が最高潮に達した時、一人の救世主が立ち上がった。

 頭と肩の皿を揺らしながら歩き曲芸を続けるピエロ。そんな周りの危険を顧みない彼に近付く、レオタードにニーソ姿の金髪男が一人。人助け研究所本部が派遣した救世の天使、サジェストンである。サジェストンは、ハンディカム片手にピエロを撮影しながら周囲を歩き回る。自分の周りをうろつく不審人物に興味を持ったのか、ピエロは横断歩道を渡りきったところで、その場行進に切り替えて、ジャグリングをしながらサジェストンを目で追った。

「僕っちに何か用ですけ?」

「用ですけ!用ですけ!」

相手が自分に興味を持ったことに気付き、サジェストンは周囲を歩き回るのをやめ、彼の正面に立ってカメラのレンズを向けた。

「あなた、すごいバランス感覚ブラボーなのに、何でこんな街中で無料公演中なのかしら?」

「そりゃああんた、人に注目されたいからですゑ!」

「ゑゑゑゑゑゑ!!それだけの理由?」

「それだけ。」

「勿体無いぜ、セニョリータ!!」

サジェストンはハンディカムを片手で握り潰し、それを地面に置いて、ピエロの投げていたコップを全て取り上げると、空いた手に名刺を握らせた。ピエロは皿を落とさないようにバランスを取りながら名刺に目を通していく。

「スタジオ自分利会長?何の会社でせ?」

「ウーチューブって御存知?」

「ウーロン茶?」

説明しよう。ウーロン茶とは…じゃなくて、ウーチューブとは、再生数に応じて報酬を貰えるというアマチュア動画クリエイターたちの一攫千金の夢を支える素人動画投稿サイトなのだ。

「このウーチューブでなら、君のパフォーマンスを見てくれる人の数が数字として可視化されるし、それによってお小遣い稼ぎもできます。サイトを運営するうちの会社では、有望なチューバーさんには撮影スタジオをお貸ししてますですますわ!」

「これを利用したら、もっと人が見てくれるね?」

「勿論!今なんて視聴数0に等しいですよ。危ないし。近付きたくないし。でも、スタジオ撮影なら、動画形式なら、お客さんも安全に楽しく見られる!ファンが増えたら、劇場を提供してあげるから独占公演も可能よん!」

「やべ、いいじゃんゑ!」

サジェストンが手を伸ばして握手を求めると、ピエロは快くそれに応じて彼の手を握った。

 こうして、ここに新たなウーチューバーが誕生した。彼がウーチューブ至上最大の成功者へと変貌を遂げるのは、また別の話。


「動画を見てもらうだけでお金が稼げるとは、時代は刻々と変化しているのですね。」

 雨の日の駄菓子屋、着ぐるみをハンガーにかけて干すマスターは、ノートPCとにらめっこする怪物王者冴子の様子を横目で見た。画面にはウーチューブの動画が展開されており、件のピエロが、スタジオと思しき場所でプロ顔負けのアクロバティックなパフォーマンスをしている様子が映し出されていた。投稿時間から半日も経たないうちに再生数は1000万を超えている。

「実力ある人は生業にできるだろうが、そうでない人でも副業にはうってつけだな。私も何か動画を投稿してみようか。」

所長は、コーヒーを飲みながらマスターの干した着ぐるみを指差して笑う。

「コスプレ動画とかどうだい?冴子君の美貌とコスチュームの種類なら、あっという間に人気を総なめだと思うけど。」

「所長、私はこれでも生娘だ!視姦プレイにはまだ早すぎる!」

赤面して顔を覆う冴子に、所長とマスターはまた声を上げて笑った。

 歩きながらだけでなく、何をするにも「ながら」というものはリスクを伴う。自分の心地よさよりもまず、周囲の安全に気を配る思いやりが大事なのだ。




☆帰って来なくてもよかった次回予告らしき未確認飛行物体☆

 突如、首都上空に現れた巨大揚げパン。そこから降り注ぐサトウキビの残渣が、吸引した人々を甘党へと変質させ、全国の書店からスイーツレシピを奪う事態に発展。肩身を狭くした他味党の一団は、打倒甘党連合に立ち上がり、巨大揚げパンの内部に潜入。世界の味覚を取り戻そうと奮起する隊員たちがそこで見たおぞましき光景とは…。


次回、八町味噌のやすじ  みっそん980 田楽女房の不倫

辛味は味じゃない!痛みだ!

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