任務終(じゅう) 彼もまた一人の戦士

「ここは、稲穂の香り漂う静かな田園風景に囲まれた駄菓子屋。僕たちが属する、人助け研究所の本部がまさにここだ。」

「駄菓子屋の商売スペース奥、和室に円卓を配置して、各々の指定席に座り、何かに悩み苦しむコマッターの救済策を考えて、各地の会員に任務を伝えるのが本部の役目である。所謂、定例会議と呼ばれる集会だが、その日、私たち、いつもの3人の中に、イレギュラーな人物が一人、紛れ込んだ。」

「眼鏡を掛けて灰色のスーツを身に纏った小柄な男性。一見すると、ニュースキャスターでもしていそうな印象を受けると、冴子君は私に耳打ちしてきました。」

「男は、久々に実家に帰ってきた単身赴任の独身サラリーマンのように、所長の隣に腰を下ろすと、色のない表情で私たちの顔を見回した。」

 諸君らの日々の活躍は実に輝かしいものである。これまで、諸君らの勇姿を陰ながら観察していたが、任務成功率100%という偉業を達する諸君らの手腕の高さに、私も鼻高々なのだ。

「上から目線で、しかし表情を変えず、男は私たちに賛辞の嵐を送ると、懐から花丸シールを取り出し、私たちの背中に一枚ずつ貼った。実に迷惑である。」

 諸君らが人助け研究所の中枢に座するのは、紛れもなく必然的な運命だったと思わずにはいられないのだ。この花丸印を更なる向上心への糧として、これからも、人々の自由と笑顔のために、戦え、人助け研究所。頑張れ、人助け研究所。

「顔色一つ変えずに熱い言葉を私たちに投げかけると、男は勝手に湯飲みと急須を持ってきて、お茶を淹れ始めました。ここ、一応私の家なのですが。」

「男は、円卓に置かれたテレビのリモコンを操作して、夕方に放送しているドラマの再放送を見始めた。いい加減、彼の素性を聞くべきだと、耳打ちしてきた冴子君の圧力に押され、僕は思い切って彼に何者なのかを聞いてみた。」

 一人のしがないナレーターである。

「いつぞや聞いた回答に、その場にいた3人は、同時に円卓を叩いて、そうじゃなくて!と声を上げた。彼がナレーターであることは、鍵確固が付かない時点で大方察しがついていた。」

「私はもう一度、ナレーターである彼に、何者なのかを問い質しました。私たちのことをさも部下のように話す口ぶり、特に私と親しいわけでもないのに人の家で我が物顔を貫く傍若無人さ。そしていつまでも移り変わることのない表情。彼が只者でないことは、その場に居合わせた誰もが感じていました。」

 説明しよう。私は、人助け研究所を立ち上げて、諸君らを本部の頭脳に任命した、人助け研究所の創始者であり、真の黒幕であり、裏の最高役職なのだ。なお、名前は個人情報漏洩を未然に防ぐ意味で、トップシークレットとしているのである。

「男、ここではナレーターと仮称しよう。ナレーターの、胡散臭いがどこか説得力のある口調にころっと騙された気分の私たちは、警戒心を持ちつつも、彼の説明に一応の納得を示した。ナレーターは、私たちをもう一度見回すと、ドラマの再放送に顔を戻した。刑事に追い詰められた犯人が、断崖絶壁に立ちながら、事件を起こした動機を長々と語る場面である。どうでもいいが、体を仰け反るほどの突風が吹いていて、撮影陣の苦労が垣間見えたような気がした。」

「CMに入ったところで、所長は彼が何故今になってここに来たのか、理由を聞きました。ナレーターは、眼鏡で光を反射しながら、手に持った湯飲みを静かに円卓に置き、所長に顔を近づけました。」

 それは、一昨日の出来事であった。帰宅した私の家を、突然の天気雨と共に、ゼウスの怒りの如く、テレビのアンテナに走り落ちてきた白い閃光が襲ったのだ。閃光は、私の家の電気系設備を悉く破壊し、地獄の業火を引き起こして、ものの数分で我が家を全焼させたのである。当然録画しておいたDVDも吹き飛び、先週からの続きで解決編であるドラマの続きが気になった私は、この危機を脱するために、マスターの営む本部で再放送を見ようと、打開策を見出したのだ。資産は膨大に持ち合わせているため、家の再建は簡単であるが、ドラマのリアルタイム視聴は、その場限りの限定的なひと時であるため、時間を巻き戻さない限り、そのときに戻ることは不可能である。連続リアルタイム視聴記録を打ち切られたときの絶望感と喪失感は、味わったものにしか分からない、辛酸を舐める思いなのだ。その悔しさを噛み殺しながらも、なんとか話の続きだけでも見ようと、今日この場に参上した次第である。

「CMが明けてドラマの続きが始まると、工場の機械のように、頭や体の位置を寸分の狂いもなく元に戻すと、ナレーターはドラマを凝視するように見つめた。」

「しょうもない理由ではあったが、彼もまた、一人のコマッターであったことに気付いた私たちは、彼が毎週欠かさず見ているというドラマの再放送を、円卓を囲んで一緒に見ることにした。」

「たとえ身内であってもコマッターがいれば救いの手を差し伸べる、それが私たち、人助け研究所です。」

「そして、救われた人たちの笑顔を胸に、次の任務に全力を尽くす。終わりのない僕たちの戦いを支えてくれるのは、彼らの笑顔なのだ。」

「人々の悲しみや苦しみをこの世から取り除くその日まで、私たち人助け研究所は、これからも、いつまでも走り出す!」


              「輝かしい未来へ!!!」


 この先、遭遇したことのないような長く厳しい戦いが待ち受けていようとは、ここにいる三人を含めた人助け研究所の面々は、この時、誰一人として思ってもいないだろう。しかし、彼らはきっとその戦いに勝利する。人々の幸福が、未来への希望が、彼らを勝利へと導く聖なる刃となるからだ。誰もが安心して暮らせる平和な世界を目指して、


戦え、人助け研究所   負けるな、人助け研究所

君たちの手で、陽の光に満ちた明るい未来を取り戻すのだ。


                                     終




☆次回予不告☆

 九つ集めると、500円を払うことで無理のない範囲の願いならば、ある程度は叶えてくれるという不思議な宝玉、シリコダマール。所長がゴミ捨て場から拾ってきたケツアゴレーダーで、その全てを集めることに成功した冴子。メタン臭漂う宝玉の目の前で呪文を唱えると、耳を塞ぎたくなるような放屁音と共に、宝玉の中からステテコの精が現れた。ふてくされながらも願いを聞くステテコの精に、冴子は、はっきりと大きな声で、世界中に届くように、胸の内を包み隠さずに叫んだ。

「パンツに空いた穴を塞いでおくれ!!」

願いを聞き届けたステテコの精は、黒き雷を身に纏った美しい龍に姿を変えると、けたたましく嘶きながら、天空へと昇っていった。そのまま大気圏を突破した龍は、轟く咆哮を響かせながら、月へとその巨体を進ませた。このままではあの龍が、パンツ製造の月面工場をクレーターを埋め尽くすほどに作り出してしまう。タイムリミットは3時間。製糸を懸けた危険な任務。止めに入った所長とマスターを振り切り、冴子は、対暗黒龍破壊粉砕爆殺完全無敵兵器、マテヤコラに搭乗。月面パンツ化計画を阻止すべく、立ち食いそば屋で一服してから、我らが第二の星、火星へと急ぐのであった…。


劇場版 救え!人助け研究所 任務EX 地球は、ブルースクリーンのように


所長、マスター…この戦いが終わったら私、祐美ちゃんと結婚するんだ…!

☆ーーーーー☆


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