しぃずんぶれぇくぅ

殺屋哀歌

 俺の名は、スモッガーTR。この業界では名の知れたプロの殺し屋だ。依頼はネット通販の宅配便のように毎日俺のもとへと舞い込んで来る。平穏な日常の中、笑顔を振舞う心優しい人々の中にも、腹の中では恨めしい、目に入れるのも嫌、などとどす黒い感情を抱えている奴が少なからずいるわけだ。理不尽な死の招待状を届けるポストマンとしては、獲物に私怨はないものの、プロとしてきっちりその首を頂かなければならない。我ながら罪な道を歩むに至ったと思うよ。だが、俺がこの道に進んだのには訳がある。大事なグランパ、そう、先代の殺し屋たる祖父が奴らの報復に遭ったのだ。復讐は永劫の連鎖を繰り返し、果てしない悲しみを生み出すことは承知の上。だが俺はグランパの仇を、そして彼の二の舞にならぬように無慈悲な任務の完遂を…俺はいつか、グランパの成し得なかった伝説の殺し屋として世を震撼させるという強い意思を彼の墓前で誓っていた。ニヒルな俺に似合わない所業だが、それが俺の始まりであり、伝説の幕開けでもある。そんなわけで、こうして今日も命懸けの仕事を無事に終えて帰路についているわけだが、ターゲットの死を悼み、黙祷を捧げる。殺した相手に対しての俺なりの、最大級の敬意だ。自己満足と言われてしまえばそれまでだが、死闘を繰り広げた相手とは、不思議と目には見えない強い絆のような感情が芽生える。倒すべきライバル校との試合で接戦を繰り広げる時のあの感情に似ているかもしれない。恐らく相手も同じ気持ちであると信じたい。戦いを終え、握手を交わせないのが部活試合との違い。どんなに気持ちが高ぶろうとも、殺し屋はターゲットにそれを悟らせてはならないのだ。一つの油断が死に直結する。殺し屋って奴は難儀な仕事なのさ。絆といえば、あまり関係はないが、「人助け研究所」なる怪しい宗教だかNPOだかネットのオフ会だか、訳の分からぬ連中からスカウトされたことがあった。連中は、世のため人のため、日々命を張る俺に賛辞の嵐を浴びせ、俺がちょっとその気になったと踏んで、組織に属して共に戦おうと求めてきた。俺は当然その誘いを拒んだ。仲間とは最低限の繋がりがあればいいのだ。組織に属すれば、広がった繋がりが弱点となり、依頼遂行の妨げとなる。殺し屋は基本的に一匹狼でなければならない。集団として機能させるならば、世のため人のためな光の結社でなく、仲間も道具の一つとしか見なさない闇の一団の方が最適である。何より、世のため人のためと口に出して言っている輩は総じて胡散臭い。その裏には「全ては自分のため」が隠されている場合が多いからだ。真に人々の安寧を願っているのであれば、俺のように縁の下の力持ちに徹し、物影から人々の笑顔を見守る、それだけで十分なのだ。訝しい団体の話はさておいて、車内に漂うほのかに香ばしい匂い。これは、うんぺけ保育園の近くにある製パン店T-PANの、焼き立てビスタチオ枝豆砂糖パンのもの。うちの事務所の可愛い受付嬢であるサチーの大好物だ。彼女の朗らかな笑顔を見たいがために、俺はハンドルを切ってパン屋へと向かった。モテる男は、日頃からのちょっとした気遣いを怠らないものだ。パン屋の駐車場に着き、車を止めて外に出ようとすると、俺の真心に感づいたか、サチーからのラブコールが入った。俺という人間は、つくづく罪な男だぜ。

「あっ、太郎?スズメバチの駆除終わったの?悪いけど、飯沼さんちにハクビシンが出たんだって。父ちゃんが先に向かったから、あんたもすぐに現場に向かってな。あっ、母ちゃんこれから夕飯作るけど、何か食べたいものない?」

俺はハンバーグを所望して、電話越しのサチーに口づけをして電話を切った。今度の相手は素早い上に狡猾な獣。殺し屋の本能をくすぐるぜ。ワゴンの後部に積んだキリングアイテムを確認する。檻と網、サスマタもあるな。すぐさまエンジンをかけてパン屋を後にする。私情よりも依頼を優先する、プロの悲しき性である。

 俺は殺し屋、スモッガーTR。今日もどこかでひっそりと命の灯火を絶やす、クールでクルールな狩人さ。


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